第十一話

 大きな扉が異彩を放つ。異質な部屋の前にヴァン達の姿はあった。


「なぁ? 流石にこれは何というか……」


「……反則」


「賢者様だからよ。文句言わない」


 数々の試練を乗り越えてこの場にたどり着いた……わけではない。グランツの魔法によって一気に奥まで移動してきたのだ。


「ダンジョンの解析は既に完了しましたからね。私達は冒険に来たのではありません。ダンジョンを攻略するのであればボスを倒してしまうのが一番です」


 グランツの索敵と空間把握に転移を組み合わせた新たな魔法。それにより一同はボス部屋の前に転移していたのだ。


「一番良いのは最奥にまで行くことですが……この部屋は特別なようですね」


 他と断絶された空間。扉を開くことで空間同士が繋がり具現するのだとグランツは説明する。


「ここから先は勝手が違います。皆さん……覚悟はよろしいですか?」


「よろしいですかっていうか……グランツさんは魔力大丈夫なんですか? かなり消費してると思うけど」


「ほっほ……爺もまだまだ現役ですよ」


 全員の意思を確認して扉を開ける。

 ボス部屋の天井は高さがあり植物が生い茂っている。そして部屋全体は丸い地形であった。


「……猿?」


「大きさ的に魔物でしょ……かなりデカいわね」


 部屋の中央には猿型の魔物がいた。巨大な猿は自身よりも長い尻尾が特徴的で、手には円盤のような物体が握られている。


「初めて見る魔物です。皆さん注意してください」


「分かりました。セオリー通りにいくわよ!」


 短杖を取り出し全員へバフを掛けるエリス。高速詠唱による魔法の行使は目を見張るものがある。


「力が漲る。フェルアート行くぞ!」


「最後くらいは働かないとな」


 剣を抜くヴァンに装着したガントレットを構えるフェルアート。前衛の二人にサポーターのエリス、後衛のグランツとアトリ。バランスの取れたパーティである。


「ウ、ウキャャャァァアアーーーー!」


「な、何だッ⁉︎」


 突然騒ぎ出した大猿は尻尾をバネのように使い空中へ飛び上がる。そのまま天井を覆う植物の蔦に尻尾を絡めて宙吊りのような態勢となる。


「皆さんご用心を! 何か仕掛けてきます」


 大猿が手にした円盤が回転すると同時に周りに変化が現れる。


「部屋の色が青色に変わったわ……何か気持ち悪いわね」


「これは……」


 大きな眼でヴァン達を見下ろす大猿。一人一人に目を向ける様子は観察しているかのようである。


「……お猿さんに付き合う必要はない。一撃でお仕舞い」


 アトリが宙吊りの大猿を仕留める為に魔法を紡ぐ。宣言通り一撃で終わらせるつもりなのだろう。膨大な魔力の奔流は魔法となり敵を穿つ……はずだった。


「⁉︎ ――――――」


「おい⁉︎ どうしたんだアトリッ⁉︎」


 アトリの異変を感じ直ぐに近付くヴァン。そのアトリは必死に杖を振るが魔法が発動する気配はまるでない。懸命に何かを伝えようとしているが言葉が出てこない。


「まさか喋れないのかッ⁉︎ どうなってやがる!」


「これは魔法封じ……皆さん魔法の使用は控えてください!」


 新たなバフ魔法で援護を試みようしていたエリスが慌てて止める。アトリとは違い喋ることは可能なようである。


「グランツさん! アトリはどうなっちまったんだ⁉︎」


「おそらく、これもギミックの一つかと。アトリさん、魔法が使えない、会話が出来ない。それ以外に不調はありますか?」


 首を振り意思表示をするアトリ。グランツからの冷静な声掛けにより落ち着きを取り戻していた。


「ヴァンしっかりしなさい! アンタが取り乱してどうするのよ!」


「くそッ……分かってる」


「あの猿、降りてくる気配がねーぞ」


 尻尾を器用に使い天井を移動する大猿。魔法が封じられた状況では攻撃手段に限りがある。エリスが短剣を投擲するが距離があり過ぎるためか中々命中しない。


 攻めあぐねる状況でダンジョン内に再び変化が現れる。魔物が持つ円盤の回転に合わせて室内の色が変わる。


「今度は赤色……何なのよこれは」


「規則性は必ずあるはずです」


 距離を取っていた大猿がいきなり急降下して突っ込んでくる。持っていた円盤を尻尾で掴み、両手には黒い石が握られている。それを器用に打ち合わせて火花を散らす。


「これは……ブレスがきます!」


 咆哮と同時に炎の渦がヴァン達を狙う。グランツの事前の注意喚起によって全員躱すが炎の余波により少なからずダメージを受ける。


「熱ッ⁉︎ 何であいつは火を吹けるんだ⁉︎ 卑怯な猿め!」


「部屋の色と関係あるんでしょ……」


 戦闘スタイルが変わった大猿を警戒して離れるグランツ達。――だが、ただ一人魔物の背後を取る人物がいた。


「⁉︎ ヴァンの奴いつの間に……」


「火の流れは読めるんだよ! ――アトリの分もくらいやがれ……緋剣抜刀!」


 ヴァン渾身の剣技が大猿を捉える。限界まで込めた魔力を居合に乗せ解き放つ。


 ――ガキィィン!


 甲高い音が鳴り響いた後に静寂が訪れる。時間が止まったかのように全員が静止していた。


「は……?」


 確実に捉えたはずだった。驕りはなく慢心もない。これまでの修行により培われた経験から断ち斬ったと確信した。だがヴァンの剣は魔物の体躯によって阻まれている。

 

 放心からくる一瞬の油断からヴァンの反応が遅れる。


「ヴ、ウキャャャーーーーァァアア!」


 激しい体当たりを受けて壁まで吹き飛ばされるヴァン。同時に円盤が音を立てて回り出す。室内は赤一色から灰色へと様変わりする。


「ヴァン⁉︎ 今度は何よ⁉︎ ……簡単な回復魔法なら私が……」


「いけません! 下手に動くのではなく敵の行動から予測するのです。この空間の影響は敵も受けていると思われます」


 グランツ達の周囲を走る大猿。大きな動作を交えながら挑発するように駆け回る。


「そんなこと言われても……鬱陶しいわねこの猿! ――魔法は封じられて剣もダメ。どうすればいいのよ」


 アトリは未だ言葉を発することが出来ないようだ。得意の魔法を封じられ完全に沈黙している。


「……どうする賢者さんよ?」


「仮説は既に立てています。後は確証がほしいところですが……焦る必要はありません。ヴァンさんを連れてここは一旦」


「尻尾を巻いて逃げるのか? 畜生相手に惨めだな」


 聞こえてくるのは不遜な声。五年前と変わらない他者を見下したかのような傲慢な態度。普通の者なら怒りを抱くだろうがグランツが感じたのは別の感情であった。


「……このような場所で再会するとは思いもしませんでした」


「余裕だな、いや間抜けなのか? この状況で呑気なものだな」


「心にゆとりができましたからね。貴方の存在が戦局を大きく変えてしまいますから」


 新たに現れた人物。黒髪の青年を警戒して大猿は距離を取る。


「他人任せの考えは弱者特有の思考だな」


「そうかもしれません。しかしながら……私は貴方のことを他人とは思っていませんよ」


 少年から青年へと成長したジークを見てグランツは嬉しそうに目を細める。


 ダンジョン探索にそぐわない貴族服。最奥のボスモンスターを前にしても動じない態度。

 突如として現れたジークを見て各々が感想を抱いていた。


 体の痛みを忘れて目を見開く者。

 目標を前に感情が昂る者。

 いつでもフォローに回れるよう気合いを入れ直す者。


 僅かなうちに場の空気を変えたジーク。

 シナリオが動き出す。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 辺り一面を覆う灰色。赤や青と比べれば幾分マシに感じられるが、ダンジョンのギミックによるものと考えれば警戒感が薄れることはない。


「気を付けなさい。あの猿は厄介よ」


「ふん、貴様のような底辺冒険者には荷が重いだろうな」


「……文句は後で言うとして、手短に話すからしっかり聞きなさいよ」


 エリスから状況説明がありグランツが時折補足する。アトリはジークに何かを伝えようとしているが未だに話すことは出来ないようだ。


「貴様らの拙い援護も半端な情報も要らん。そこで見ておけ。そして理解しろ。如何に貴様らが無能であるかということを」


 魔物へと向かうジーク。言葉通り単独で挑むようである。


「まったく、相変わらず口が悪いわね。……それにしても賢者様とも面識があったのね。――フェルアートあれが噂のAランク冒険者よ……フェルアート?」


 ジークが現れてから無言になったフェルアート。

 そのフェルアートはジークを凝視していた。憎悪に満ちた表情を浮かべながら。


「フェルアート、アンタ……」


 エリスの声がフェルアートに届くことはなかった。良くも悪くも全員がジークに注目している。


「この魔力の質は……治癒魔法?」


「畜生には出過ぎた力だ。泣いて喜べ――クイック・ハイレンス」


 ジークが選んだ攻撃手段は治癒魔法であった。回復魔法よりも優れた回復能力。それを何故か魔物に使用していた。


「魔法が普通に使えてる? ていうか何で敵を回復してるのよ⁉︎」


「……いえ、よく見てください」


 治療の光が魔物を包み込むと叫びながら苦しみだす。魔物からは黒い煙が上がっていた。


「灰色は反転……ですか。一度目にしただけで理解するとは……」


「反転? 何のことよ……? くっ、また青色に」


 円盤の変化と共にダンジョン内の様子も変わり青一色となる。


「くだらん猿知恵だな。他の間抜けに通用しても俺には無意味だ」


 背後から一閃。特徴的だった長い尻尾は無残にも斬り裂かれてしまう。痛みからか魔物はのたうち回っている。


「ヴァンの剣は歯が立たなかったのに。……大体読めてきたわ」


「青色は条件付きの魔法封じ。ならば赤色は……」


 室内が赤く染まる。

 恨みを乗せた灼熱のブレスが大猿から放たれるがジークに届くことはない。氷壁によって完全に防がれている。


「所詮はただの畜生か。もう消えろ――ネヴェレスト」


 足元から突き出すように生成された巨大な冷剣。

 魔物を貫きながら天井まで伸びて最後は砕け散る。

 

 決着は一瞬だった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 ダンジョンの主であるボスモンスターの消滅と同時に新たな扉が現れる。最奥へと続く扉である。

 怪奇な色に包まれていたダンジョンも元に戻っていた。


「その慧眼と戦術。流石ですねジークさん」


「ふん、貴様がいつまでもグダグダとしているからだ」


 戦闘後にもかかわらず息切れしている様子はない。ジークからすれば脅威とならない相手であった。


「よく分からないけど、とりあえずは解決ね……ってアトリどうしたのよ⁉︎」


「――――――!」


 ジークに近付き必死に何かを訴えているアトリ。だが言葉を紡ぐことが出来ていない。言葉が出ないのではなく物理的に会話が不可能な状態である。アトリにかかった魔法封じは未だ継続していた。


「この手の状態異常はダンジョン特有のもの。一度外に出れば治るでしょう」


「良かったわ。……でもアトリは何を伝えようとしてるのかしら? ――何か怪しいわね。アンタ達知り合いなの?」


「知るか。このような不気味な女に知り合いはいない。さっさとラギアス領から出て行け」


 ジークの発言を受けてピタリと静止するアトリ。その瞳からは色が失われている。目が据わっている様子は何とも不気味である。


「だから言ったんだアトリ。そいつはお前のことなんか何とも思ってない」


 痛みを堪えながら歩いてくるヴァン。吹き飛ばされた時の怪我によるものか、所々から出血していた。


「アンタを忘れてたわ……ヒール!」


 エリスの回復魔法によりヴァンの傷が癒やされてゆく。

 

 エリスは二年前の王都襲撃事件で怪我人を沢山見ていた。傷付いた彼らを前にエリスは応急処置程度のことしか出来ず歯痒さを感じていた。

 この回復魔法は二年間で身に付けた力の一つであった。


「何処かで見た無能面だな」


「……俺はヴァンだ。ヴァン・フリークだ」


 空気が変わる。

 二人を見てグランツは目を細める。


「それで……大口に見合う実力は身に付いたのか出来損ない?」


「俺は強くなった。力を付けた。もうお前の剣に俺は負けない……!」


「ふん、……貴様が王都で俺に言ったことを覚えているか? ――貴様がしていることは俺と同じだ」


「どういう意味だ? 言えよ……言わなきゃ分からないだろ」


 両者を中心に剣呑な雰囲気が漂い始める。


「力が全てという俺の持論を貴様は否定したな。弱くても一緒なら変えられるとほざいていたが。この周りにいる連中……これがその答えなのか?」


「違う! ……俺はあれから力を付けてきたんだ。俺一人で強くなったんだ」


「ハッ、語るに落ちるとはこのことだな。……己の信念も守れず他者の真似事をする。猿知恵の次は猿真似か?」


「お前と一緒にするなよ。俺とお前では目指す強さが違う」


 見下すように嘲笑うジーク。憤るヴァン。両者の間には深い溝が出来ていた。


「悪徳貴族のお前が何でここにいるんだよ?」


「話す義理はないが特別に教えてやる。俺は公爵家からの依頼でこの場にいる」


 公爵家。その発言を受けて一人顔を歪める人物がいた。


「お前もこのダンジョンの奥に用があるのかよ?」


 新たに現れた扉に視線を向ける両者。


「当然だ。まぁ猿一匹まともに対処出来ない貴様には関係の無い話だがな」


「……関係なくは無い。俺はこの先に用があるんだ」


「それは認められん。ここから先に貴様らが進むことはない」


 ジークの敵対とも取れる発言により場に緊張が走る。

 ヴァンは剣の柄に手を掛けフェルアートはガントレットを打ち鳴らす。


「ちょっと⁉︎ アンタ達何をする気よ⁉︎」


「戦うんだよ。爺ちゃんの為にも引けないんだ」


「……冒険者ならこういう場面は少なくはない。援護するぜヴァン」


 戦う意思を見せる二人。アトリは無表情で佇み、グランツは少し離れた場所に位置を取る。


「何でそうなるのよ! 理由を話せばジークだって……いいえ、そもそも望む物があるかは分からないのよ。アンタ達が戦う理由はないわ!」


「俺にはあるんだよ。……邪魔しないでくれ」

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