第八話

 激しい戦闘により喧騒に包まれていたファルシュ遺跡跡。一転して今では物静かな雰囲気が漂っていた。


「完全に気配が消えたね。古代魔法を連発とは……」


「旧時代の魔法。未だ解明されていない技術のはずですが」


 不思議な雰囲気を纏っていたパリアーチと名乗る子供のような見た目をした人物。見慣れない力でセレン達を翻弄していた。


「それも気になるけれど……あのおバカさんが連れて行かれたわ。――代替案って言っていたわね」


「私を見て『鍵』とも言っていました。神聖術が狙いではなさそうですが……」


 自分の代わりにマエノフが捕まってしまった。その事実がシエルの中で重くのしかかっていた。


「自惚れるなよ。貴様がどう足掻こうが結果は同じだった」


 パリアーチが消えた地点へ足を運ぶジーク。痕跡を探っているのか何かを調べているようである。


「シエル嬢。マイフレンドはこう言っているのさ。……愛が世界を救う、とね」


 何処からか取り出したバラを口に咥えポーズを決めるアーロン。心なしかアーロンの周りはキラキラと輝いているように見える。


「さ、さすがにそれは違うような……セレンやはりこの方は少し変わっているかもしれません」


「直視してはダメよ。どんな影響が出るか分からないわ」


 小声で会話する二人。アーロンの奇行にドン引きしているが空気は和らいでいた。ジークなりの励ましであるとシエルは理解していたからだ。


「さて、これからどうしようかな……」


「もうこの場に用はない。王都へ戻るぞ」


 帰還の準備を始めるジークを見て慌てた騎士が駆け寄ってくる。


「ま、待ってくれ! マエノフ様はどうなってしまったのだ?」


「バカなのか貴様は? 貴様らの失態であれは拉致された。……誰が責任を取らされるんだろうな」


 ジークの発言により顔を青くする騎士達。責任の擦り合いが始まっていた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 騎士団と魔術師団を統括する国軍本部。その建物の一室には主たる面々が集まっていた。


「何たることだ……我が国の神聖術士が敵に囚われてしまうとは」


 国軍本部の重鎮が嘆くように発言する。


 農民の失踪事件から始まった今回の事件。該当の農村では全ての村人の死亡が確認された。

 容疑者と思われる敵対組織と接触し、アピオンから始まった一連の事件への関与も確認できた。だが拘束には至らず敵の逃走を許し、神聖術を修めていたマエノフ・プロトコルが拉致される事態へと至った。


「遠縁とはいえ王家の血を引く若者を。何故今回の件に同行させたのか……」


「左様。敵の目的も全容も不明。何を考えておる」


「一人でも拘束出来ていれば……」


 飛び交う非難の嵐。口を開けば否定的な意見ばかりが出てくる状況となっていた。


「……本題からズレていますよ。事件の概要を共有する為にこの場が開かれたと私は認識していますが」


 銀色の髪が混ざった青年。アステーラ公爵家の次期当主であるアクトルが溜息混じりに発言する。


「しかしですなアクトル様。責任の所在をはっきりとさせねば対策案も練れません」


「左様。我が国が発展してきたのは神聖術の存在が大きい。事態は決して軽くはありません」


「誰かが責任を取る必要がある」


(とんだ出来レースだな。まぁそれはこちらも同じだけどね)


 内心でも溜息をつくアクトル。

 責任の所在を明確にする。落とし所をどうするのか。

 会議の目的は誰が見ても明白となっていた。


「責任も何も……農村民の失踪事件はそちらに連絡が入っていたはずですけどね。――第一報が。いつまで経ってもそちらが動かないから公爵家我々が対応したのですが」


「……その辺りはどうなのだ?」


 話を振られた騎士団副団長のハンハーベル・プラントが発言する。


「もちろん報告は受けておりました。対応を後に回したのは優先順位を設けたからに過ぎません」


 農民が村を打ち捨てることは珍しくはない。

 王都から離れた位置に多くの騎士を派遣することはリスクでもある。

 いつまた王都が狙われてもおかしくはない、というのがハンハーベルの主張であった。


「……理に適っていると言えるか。結果など誰にも分からないのだからな」


「左様。命は皆一つでも平等とはいかん」


「王都の襲撃を忘れてはならん」


(必死だな老人達は……)


 無理のある釈明ではあるがそれがまかり通る会議。何の為の会議なのか疑問に思う者もいるだろう。騎士団や魔術師団の連隊長クラスの中には顔を顰める者も存在していた。


「だが……敵の目的は分からぬとも狙いは予測がついたはず。公爵家のお方が標的なら、自ずとプロトコルにも注意を払う必要があった」


「左様。何の為に護衛がついていたのか」


「冒険者の質も随分と落ちた。これがAランクとはな」


 全員の視線が一人の人物へと集まる。興味が無そうに腕を組む不遜な態度の黒髪の青年。ジークもこの会議に参加させられていた。


「……皆さんは貴方とお話をしたいようですよ」


「知るか。特に用がないなら俺は帰るぞ」


 態度だけではなく言葉も不遜である。周りの全てに喧嘩を売るような発言に参加者達は憤る。


「大体何なんだこのくだらん茶番は? 貴様らは暇なのか? まさか年中これじゃないだろうな」


 純粋な疑問からくる発言に絶句する参加者達である。


(本当に容赦ないな。これなら王にだって噛み付くだろうな)


「な、何を言っている若造がッ! 立場を弁えぬ狼藉者が!」


「何だ? 図星を突かれて癇癪を起こしているのか? 情けない奴め」


「⁉︎ ラギアスの分際で許さんぞ!」


「貴様の許しなぞ必要ない」


 眼中にないという態度が余計に逆撫する。


「着地点が欲しいなら俺が決めてやる。被害が拡大した理由は貴様らが無能だからだ。今回だけじゃない。アピオンも王都も入団試験も含めて全て貴様らの失態だ。よって……貴様らは死刑だ。良かったな」


 嘲笑うジーク。貴族とはいえ国軍本部の重鎮達に死刑判決を下すのは前代未聞である。


「我らが死刑だとッ⁉︎ 愚弄するのもいい加減にしろ! 神聖術士が拉致されたのはお前の責任だろうが!」


「ハッ、ボケたのか老人。俺の役目は失踪事件の調査と公爵家の女の護衛だ。冒険者協会を通じて契約が取り交わされている」


 ジークが懐から取り出した依頼票。そこには依頼の内容と冒険者協会、公爵家双方のサインが記されていた。


「あのマエノフチビは勝手についてきて勝手に消えた。俺には何の関係もない」


「補足しておきますが、公爵家側でも彼らの同行は依頼していませんよ。誰の差し金なのかは分かりませんが……」


(目障りだったからなプロトコルは。自爆してくれて助かった)


 ジークの発言に便乗するアクトル。陰険である。


「ラギアス貴様! そのような戯言が通ると本気で考えているのかッ?」


「貴様こそ何を言っている? 俺は事件の詳細を調べ、公爵家の女も守り、奴らを撃退までした。それに引き替え貴様らは何をした? 引きこもって茶でも啜っていたのか?」


 怒り狂う彼らをせせら笑うジーク。完全にジークの独壇場であった。


(舌戦で勝てるわけがないでしょうに。それに……万が一彼の責任にしたところで大きな処罰はされない。ラギアスを殺すことを王家は認めない)


 ラギアスの役割を知る王家と何も知らされていない国軍本部。どれだけラギアス家が悪行を重ねても処罰されずに存在するのはそのような背景があるからであった。


「Aランク冒険者の肩書が目障りなら降格させるなり、資格の剥奪でもするんだな。俺にはもう必要ない」


 Aランクはこいつが勝手にやったことだとアクトルを見ながら吐き捨てるジーク。冒険者活動はジークからすれば金稼ぎの手段でしかない。


「ラギアスが気に入らないなら王にでも泣きついたらどうだ? 馬鹿にされましたとでも進言するんだな」


 重鎮一人一人に目を向けて悪態を吐くジーク。


「命には優先順位があり平等ではないんだろ? だったら貴様ら老害から消えていけ。未来ある若者の為にな」


 席を立つジーク。そのまま会議室を後にしようとする。


「ま、待たんか貴様! このまま終わると思うなよ!」


「何だ……貴様は終わりにして欲しいのか?」


 一瞬で凍りつく会議室。部屋全体が冷気に覆われ堅氷に包まれる。

 冷たい殺気により怖気付き、中には泡を吐いて気絶する者までいた。


「おめでたい奴らだ……危機感の欠けたゴミ屑共が」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 王室特別区を進む馬車。公爵家の家紋が刻まれた馬車の中にはアクトルとジークの姿があった。


「毎度毎度よくあのような罵詈雑言を吐けますね。ある意味感心しますよ」


「貴様に感心されるようでは俺も落ち目だな」


「何度も何度も言いますが私は次期公爵ですよ?」


 相変わらずのやり取りである。当初はアクトルの周囲がジークの言動を咎めていたがまるで効果がなかった。


「……ラギアスである貴方に責任の全てを押し付けたかったのでしょう。彼らからしてみれば末席の神聖術士の一人が消えたところで問題ありませんから」


「本当に使えない連中だな」


 悪評に塗れたラギアス家。各方面から敵意を向けられているが、長らく続く王国の歴史の中で処分されたことは一度もない。それが同じような悪評貴族からすれば腹立たしく感じ、正義感の強い者達は義憤に駆られる。


「無能なはずのラギアス家が八面六臂の活躍をする。彼らはそれが許せなく、全てが作り話だと考えていたのでしょう。まぁ今回の会議で釘を刺せたとは思いますが」


「どうでもいい。無能なゴミ屑に無様な老害が何をしようが俺には関係ない」


 人気の少ない特別区を馬車は静かにゆっくりと進む。


「……アンセリー森林で発見されたダンジョン。あれは今どうなっている?」


「あぁ……ラギアス領に現れた未開のダンジョンですか。当時の調査隊や隠居したグランツ賢者からの報告もあり、まともな調査は出来ていませんが。もう五年も前になりますか……」


 最深部に仕掛けられた古代魔法により調査隊は全滅しかけた。その報告からダンジョンへの立ち入りは禁止され、国も本格的な調査に踏み込めずにいた。


「なら貴様から話を通しておけ。単独で入る」


「貴方一人でですか……理由は?」


「奴らは代替案がどうこう宣っていた。その邪魔をしてやる」


「もう少し具体的な説明を……と言ったところで話してはくれないのでしょう? ――今からでは正規ルートは時間がかかります。裏から進めますからそのつもりで」


 原作の流れは狂いつつある。ならば自分にとって都合の良い選択をするまでである。


 ――その選択で誰かを犠牲にしたとしても。




第三章 本来の居場所 終




✳︎✳︎✳︎✳︎




 大陸全土の国に拠点を置く薬師協会。ディアバレト王国も例外ではなく数多くの拠点が存在する。その一つに二人の男女が訪れていた。


「ここもダメか……」


「……この薬師協会は規模から見ても大きな支部だと思う。ここが無理なら他も」


 二人の表情は浮かない。酷く落胆しているように見える。


「……商会の皆も動いてくれてる。一度帰った方がいいよ」


「商会は……親父はダメだ。まだ他に手段はあるはずだ。道は途絶えていない。爺ちゃんは俺達が助けるんだ」


 己の無力を知り力を求めた少年。

 剣聖と謳われた祖父の元で修行に励み強くなった。

 少年から青年へと成長したヴァン。


 己の存在意義を見失い全てを諦めていた少女。

 最強と呼べる存在に救われ、ずっとその背中を追い続けてきた。

 忌子の面影はなく女性らしく成長したアトリ。


 物語の主人公とヒロインが動き出していた。

 

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