誰かの前奏曲と後奏曲
第九話
ヴァンとアトリがフリーク商会を離れて行動している理由。それはヴァンの祖父であるマスフェルトの治療法を探すことであった。
マスフェルトに不調が現れたのは半年程前からとなる。当初は年齢によるものだと思いヴァンの指導を続けていたが、日に日に体調は悪化した。今では身体を動かすことすら困難となり寝たきりの生活となっていた。
そんな祖父を見てヴァンはもちろん行動した。町の医者に診てもらい、マリア教会の神官を頼り、薬も沢山買い込んだ。フリーク商会の伝手から高名な治癒魔法の使い手にも頼んだがマスフェルトが快復することはなかった。
「生ある者はいずれは死ぬ。それがこの世界のルールだ」
「何だよそれ……。爺ちゃんは親父の父親なんだろ。何でそう簡単に諦められるんだ」
ヴァンの父親でありフリーク商会の主であるエルゼン・フリーク。孤立した村からアトリを連れ出した張本人でもあった。
非協力的なエルゼンに見切りを付け自分でマスフェルトを助けると意気込むヴァン。幼馴染であるアトリからの協力も得られヴァンは旅に出ていた。
「マリア教会の神官で無理。治癒魔法もダメだった。……薬師協会ならと思ったのにな」
「お医者さんが診て分からなかった病気を私達素人がいくら説明しても無理があるよ」
「……でも諦めるわけにもいかないだろ」
ヴァンとアトリ。剣技に優れ剣聖と謳われたマスフェルトの孫であるヴァン。本職の魔術師顔負けの才能を秘めたアトリ。
特別な力を持つ二人ではあるが、世間から見れば数いる若者でしかない。貴族ではなく平民であり、騎士や魔術師でもないフリーク商会で働く一職員。
世界中に病気で苦しむ人間はいくらでもいる。薬師協会からすればヴァン達を優先する理由は一つもなかった。
「有名な
「分かってる。けど何もせずに待つだけじゃ解決しないだろ」
己の無力を知り力を求めたヴァン。これまで以上に真剣に剣と向き合い高みを目指した。力があれば変えられる現実があると信じていたからだ。
だが、今の自分はどうだ。師であり祖父であり大切な家族でもあるマスフェルト。その師が病気で苦しんでいるのに何一つ助けることが出来ていない。ただ声をかけることしか出来ない。その現実がヴァンを苦しめる。
「……トレートさんが言っていたこと。現実的じゃないけど可能性はあると思う」
「あぁ……おじさんが言ってたことか」
ヴァンがおじさんと呼ぶ者、トレートはフリーク商会で働く職員の一人でヴァンが幼い頃から知っている人物であった。
「未開のダンジョンからは未知の素材や魔道具、旧時代の技術が見つかることがある……だったな」
「雲を掴むような話だけど……待つのは嫌なんでしょ?」
「アトリ……あぁそうだ。まだ可能性はある! 次はその未開のダンジョンへ行くぞ!」
気合いを入れ元気になるヴァン。先程までの暗い表情は吹き飛んでいた。
「……でも、その未開のダンジョンは何処にあるの?」
「……そうだった」
再び表情が曇るヴァン。分かりやすい感情の変化は歳を重ねても相変わらずである。その様子を見てアトリは溜息をついていた。
「未開のダンジョンだって? お二人さん少しいいか?」
ヴァン達に話しかけてきたのは同年代と思われる赤髪の青年。燃え盛る炎のような髪色をした人物であった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「なるほどなぁ……それで未開のダンジョンか」
「悪いな。勘違いさせて……」
王都を目的地とした乗合馬車。三人は王都を目指して進んでいた。
「いや、問題ねーよ。勝手に話を聞いたのは俺だしな。でも王都で情報を探すのは悪くねぇと思うぜ」
「確かにあそこは人が沢山いるからな。……さすがはBランク冒険者だ」
ヴァンと会話をするこの青年。赤髪が特徴的な人物、フェルアートはBランク冒険者であった。
「よせよせ、ランクだけが全てじゃねーからよ」
「……だよな。ランクだけが高くても」
フェルアートがヴァン達に話しかけた理由は未開のダンジョンという言葉が二人の会話から聞こえてきたからであった。
「色々とあるだろうが目的は同じだろ? 俺は未開のダンジョンへ挑みたい。お前らはそこで手に入る物が欲しい。なら一緒に行こうぜ」
「あぁ助かる。二人だけだと危ないからな」
少し離れた位置へ座るアトリ。会話に興味がないのか居眠りをしていた。
「ヴァンにアトリか……嬉しいぜ。同年代でパーティを組むのは久しぶりだ」
「フェルアートはソロ冒険者なのか? 冒険者はパーティを組むってイメージだけどな」
「冒険者の数だけ色々な形があるんだよ。強者は孤独を好むのさ」
「あいつも……一人だったな」
得意げに語るフェルアートではあるが、本人としてはツッコミ待ちでもあった。何とも言えない雰囲気が漂う。
「おいおい、まだ何も始まってねーのに感傷に浸る場合じゃねーだろ?」
「そうだよな。……よし、もう直ぐ王都だ。付き合ってもらうからには最後まで協力頼むぜ」
「――あぁ、もちろんだ」
✳︎✳︎✳︎✳︎
ラギアス領に位置する巨大な密林地域として知られているアンセリー森林。その場を
(人の気配が全然ないな)
ラギアス領で発見された未開のダンジョン。その調査の為に入口付近に設営された仮設の建物が当時はあったが、現在は撤去されている。
ダンジョン入口には立入禁止と看板が設置されているだけで見張りは一人もいない。何ともお粗末な対応である。
(ある意味この程度で問題ないのか。そもそも誰も来ないしな)
第一にラギアス領というだけで誰も近付こうとはしない。ラギアス領に立ち入るだけで拘束されるといった噂が巷では流れているからだ。特に酷い内容だとラギアスの次期領主が殺しにくるといったものまである。
(ここで初めて
時系列的にラギアスダンジョンが発見されたのはシナリオに沿った展開と言える。
フールから話を聞いて自らダンジョン調査へ志願したのがきっかけであった。
その結果、本来死ぬはずだったマルクスやキート、その他調査隊のメンバー全員が生き残り、グランツも己の無力を呪うことはなかった。引退という結果は同じであったが。
(危うく俺まで死にかけたんだよな)
死ぬはずだった者達が生き延び、今も普通に生活している。それはグランツ調査隊だけではなく、
浩人が生き残る為に行動した結果、シナリオに変化が現れた。今思えば原作との乖離が生まれたのは最初からだったのかもしれない。病に苦しむ
(俺がいなければそれぞれが別の道を進んでいたのか?)
シナリオ通りであれば主人公にヒロイン、そしてフォンセルは幼馴染で、シエルの護衛として紹介されたのがヴァン達であった。――そこに悪役の居場所はなかった。
自分の行いの結果で人の生死に影響が出る。果たしてそれは正しいことなのか。考えないよう目を逸らしても、ふとした瞬間に頭をよぎる。
(ならシナリオ通りにジークは死ぬべきなのか……とはならないな。――俺の選択は間違ってない)
生き残る為に力を付けた。死なない為に生存戦略を考えてきた。それは仮にどのキャラに憑依したとしても自分の考えに変化はなかったはずだ。
(俺は俺の為だけに戦う。……ははっ、これじゃあ何処かの悪役と一緒だな)
乾いた笑い声は誰の耳にも届くことはない。
(一旦休んでからまた来るか。主人公達がここに来るのはまだ先のはずだ……多分)
✳︎✳︎✳︎✳︎
王都の冒険者協会。各地の支部とは違い本部として存在するスピリトでは建物の規模から依頼の種類、冒険者の数までと何から何まで違っていた。
「凄い規模だな王都の冒険者協会は……」
「人が多い。酔う」
大陸有数の都市であるスピリト。人の数だけ依頼もあり多くの人で賑わっていた。
「これでへこたれてちゃ王都じゃやっていけねーな。……まぁ俺も王都で活動してないけど。とりあえず受付だな」
フェルアートに案内される形で受付へと移動する三人。
未開のダンジョンの情報を求めて受付スタッフへ尋ねてみるが。
「はぁ……またですか。いいですか? 冒険者たるもの、コツコツと着実に実績を重ねなければいけません。楽をして冒険者ランクを上げようなど言語道断です」
「ぼ、冒険者ランク? いや、俺達は未開のダンジョンについて話を……」
「いるんですよあなた方のような人達は。特別なダンジョンに挑ませろだったり、依頼を受けさせろと言う若者は」
眼鏡を掛けた若い女性の受付スタッフは溜息混じりにヴァン達に説明する。
ランクの低い冒険者が実力に見合わない依頼を希望し、短期間でのランク上昇を目指す。昔からあった問題の一つではあったが、ここ数年でより顕著になっていた。
「そうじゃなくて、俺達はただ情報を教えてもらえれば……」
「教えればそのダンジョンへ行くのでしょう? 分かりきっているんですよあなた方の行動原理は」
聞く耳を持ってもらえない。受付スタッフの毅然とした態度を前にヴァンは怯んでいた。
「……フェルアートどうするんだよ?」
「諦めるなよヴァン。お前ならまだやれる」
「……調子の良いこと言いやがって」
どう切り返すか必死に頭を回転させるヴァン。フェルアートは先程の態度から期待出来ず、アトリは元々口数が少なく戦力になりそうにない。そしてヴァンは口が上手くない。詰みであった。
「? アンタもしかして……ヴァン?」
それでもヴァンは原作の主人公である。人と人を縁で結ぶ物語の中心となる人物。二年前の出会いを起因にした新たな打開策を生むことになる。
不思議な縁により王都で知り合った少女。
共闘したもことあり、何よりヴァンにとって重要な出会いをもたらした人物。
エリスとの二年振りの再会であった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
賑やかな飲食店に若い男女四人の姿があった。茶、白、赤、ピンクとカラフルな頭をした若者達。目を引くような光景ではあるがこの世界では普通であった。
「二年振りか〜アンタ背が伸びたわね」
「当然だろ。てか、皆成長するだろ」
うんうんと頷きながらヴァンの成長を実感しているのは王都出身のエリス・ラルク。父親は騎士団の連隊長を務めていた。
「しかし驚いたわ。まさか冒険者協会にいるなんてね」
「それは……色々と事情があるんだよ。エリスこそ何でまた?」
「ふふん。それは私が冒険者だからよ!」
得意げに語りながら彼女が取り出したのは冒険者のランクを示す金属製のカード。そこにはDランクと記されていた。
「⁉︎ エリスは冒険者になったのか? しかもD!……Dランク?」
「何よその微妙な反応は……?」
「いや、だってな? フェルアートは俺達と歳が同じくらいでBランクなんだぜ。そりゃ……何と言うか」
「ん? あぁそうだな」
ヴァンとフェルアートの態度から大したことはないんじゃないか、といった空気が伝わってくる。それを見てエリスはモグリねと呟く。
「アンタ……王都というよりはディアバレト王国の外で冒険者をしてたんじゃないの?」
「……何でそう思うんだ?」
「そりゃあ有名だからよ。王都の冒険者協会は国一ランクアップが難しい場所に変わったのよ」
冒険者ランクの昇格基準は一定のランクまでは各支部に一任されている。それはこの王都も例外ではなかった。
「二年前の事件で王都本部は改革が行われたわ。適正なランク付けとランクアップ、そして冒険者一人一人の質の向上がね」
王都襲撃事件により多くの被害が生まれた。騎士や魔術師に一部の優秀な冒険者の活躍により沢山の王都民が救われた。だがその分被害も多く出ており、身勝手な行動を取った冒険者が原因だと言われていた。
「ランクだけの冒険者に勘違いした冒険者。そのくせプライドだけは一人前。そんな冒険者で王都は溢れかえっていたし、私も沢山見たわ」
顔を顰めるエリス。苦々しい表情をしている。
「事件をきっかけに、いえ口実かしら? 不要な冒険者は一掃されたのよ」
背信行為を理由に多くの冒険者は資格を剥奪され、実力に見合わないランクの者は降格、昇格の基準はより厳しくなった。
「人はね、良いことよりも悪いことの方が記憶に残りやすいのよ。だから失った信頼を取り戻す為に王都の冒険者協会は変わる必要があったのよ」
他の支部から移動してきた冒険者は依頼を受ける前に適正試験を受ける必要がある。その結果に応じてランク付けがされる仕組みとなっていた。今現在王都での最高ランクはCランクであるとエリスは説明する。一部の例外を除いて。
「一人だけAランクの規格外がいるんだけどね。口も態度も規格外でもう最悪よ」
「……またあいつか」
言葉の割には何処か嬉しそうに語るエリス。だからヴァンの変化に気付けない。
「とにかく、そういうことよ。だからアンタは王国の冒険者じゃないって分かったわけ。有名な話だからね」
「なるほどなぁ。合点がいった」
そうでしょうと満足気に頷くエリスであった。
「だけどアンタ達は運が良いわ! 何故なら私は未開のダンジョンに関する情報を持っているからよ!」
「! マジかよッ! お前やっぱスゲェな!」
当然よと再び満足そうに頷くエリス。
「そのダンジョンの情報は『賢者』と呼ばれる人物が握っているらしいわ。当時の部下だった人から聞いた話だから間違いないわ」
「やったぞ……信じていれば、諦めなければ道は途絶えないんだ。聞いたかアトリ! って何で寝てんだよッ!」
俯き居眠りをしているアトリ。騒がしい店内のはずだがマイペースであった。
「変わった子ね。……その人から話を聞く約束をしているのよ。アンタ達は本当に運が良いわ」
「……ということはお前もダンジョンに挑むのか? なら一緒に行かないか?」
「? 何を言ってるのよ? 私は話を聞きに行くだけよ」
フェルアートの質問を当然のように否定するエリス。本人は目を点にしていた。
「……違うのか? ダンジョンに行くから情報を集めるんじゃあ」
「アンタ馬鹿ね。未開のダンジョンってだけで危険が沢山あるのよ。そこに挑んでいいのは本物だけよ」
あくまで後学の為に話を聞きに行くだけだとエリスは説明する。二年前に経験した死線をエリスは忘れてはいない。救われた命を無駄にするという考えはなかった。
「それでもいいさ。……エリス俺達もその賢者って人に会わせて欲しい。そこからは俺が話をつけるから」
この選択がまた運命の分岐点となる。
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