第七話

 激しい銃弾が降り注ぐ。多彩な属性の魔力で彩られた魔弾の雨がパリアーチに迫るが全てが明後日の方向へと流れてしまう。


「手元が狂うわね。あの子供は何なの?」


「不可思議な存在だね。見えない何かに阻まれているかのようだ……おっと」


 アーロンの背後から迫る騎士の剣。それを余裕を持って躱す。

 戦況は一対多数の戦闘から乱戦へと様変わりしていた。


「ほら、ほら、ほら! もっと遊ぼうよ!」


 浮遊するように移動するパリアーチ。アーロンとセレンの攻撃を嘲笑うかのように躱す。


「魔法は当たらないし、ナイト達には下手に攻撃出来ない。参ったね……」


「連れてきたのは失敗だったわ。……明らかな敵対行為。覚悟は出来た?」


「ち、違うッ! 身体が勝手に動くんだ!」


 振り下ろされる剣を避ける。騎士達の表情は動揺と混乱に満ちていた。


「可哀想な騎士達。抵抗出来ない彼らを痛め付けるのかい?」


「……性格の悪い子供は嫌いなのよね」


 騎士の攻撃を掻い潜りながらパリアーチを狙うが攻撃が届くことはない。銃弾が当たる直前で不可思議な軌跡を描き攻撃は逸れる。もう何度も目にした現象であった。


「そらそらいくよ〜マジックミサイル!」


 パリアーチが描く魔法陣から魔力の塊が一斉に発射される。空から降ってくる魔力の塊は無差別にセレン達を攻撃する。その対象には操られている騎士達も含まれていた。


「⁉︎ させません――サンクチュアリ!」


 セレンやアーロン、自由を奪われた騎士達全員を銀色の結界が包み込む。邪を祓う銀の輝きにより騎士達は全員が無事である。だがその光は平常時より小さく感じる。


「へぇ〜よく頑張るね。使い捨ての騎士なんかの為に」


「……無駄な命などありません。生きている人全てが平等であるべきです」


「君がそれを言う? ――ムカつくんだよね」


 再び魔法陣から放たれる魔力弾。その数は先程の倍。空中で弾けて更に数を増やしシエルの結界へとぶつかる。

 激しい衝撃に見舞われるがシエルは持ち堪えていた。


「いつもの半分も力を出せてないはずだけどね。さすがは血統書持ちだ」


「今の私があるのはあの人に救われて……多くの方に支えてもらっているからです」


「へぇ〜……」


 攻撃の手を止めるパリアーチ。楽しそうな玩具を見つけた子供のような笑顔をシエルに向けている。


「欠陥品の妾の子がよくここまで成長したよね。廃棄寸前だったのにさぁ」


「……」


「言われたままに動く操り人形。君が必死に守っている騎士達と同じだね。――昔の自分と重なって同情したのかな?」


 過去の傷を抉るような発言で動揺を誘うパリアーチ。決して目を背けないシエル。


「君が大きく変わったのはラギアスに出会ってからだったよね? 国も公爵家も大層驚いたことだろう」


「否定はしません。彼は私に道を示してくれました」


「それは都合のいい解釈に過ぎないよ。――ラギアスは君のことは何とも思ってない。使い勝手の良い道具くらいにしかさッ!」


 急激に距離を詰めシエルの結界へ蹴りを入れるパリアーチ。魔力を纏った蹴り技により結界に亀裂が入る。


「その瞳にその態度……気に入らないね」


 セレン達の反撃を警戒して再び距離を取り、マジックミサイルを乱射する。

 

 操られている騎士達は人質に近く、無造作に放たれる魔法により身動きが取れない。


「この世の悲劇全てを知ってますって顔してさぁ! 不幸なお姫様でも演じてるつもり? ムカつくんだよホントに!」


 パリアーチの左右の手に現れる黒と白の球体。異なる魔力の波長は混ざり合い巨大な混沌となる。


「これは……複合魔法? この規模は不味いわ」


「アハハッ、一緒にしないでよ。君達とは年季が違う。――これは古代魔法だよ」


 現れた球体には引力が発生しているのか周囲に存在する物体を呑み込もうとしている。一人の騎士が手放していた剣は球体に引き込まれ消滅してしまう。


「本当は『鍵』の一つである君は生かしておくべきなんだけど……もう止めだ。何も知らない勘違い女はここで始末することにするよ!」


 狂喜で歪む表情。その顔に浮かび上がる術式。それはディアバレト王国を騒がしている事件で確認された物と同じ術式であった。


「シエル! 結界が持たないわ! ……残念だけど騎士達はここまでよ。分散した力を解いて自分に回しなさい!」


「……大丈夫ですよ私は」


「強がりはやめなさい! 本調子じゃないことは皆分かっているのよ。あなたに何かあれば……」


「大丈夫なんですよ私は。だって……彼が来てくれますから。ジークさんが来るまで持ち堪えれば私達の勝ちです」


 汗を流しながら浮かべる笑顔。その瞳に恐怖の色はない。心から信頼しているという意思が伝わってくる。


「くっ……アハハハハッ! この期に及んで他人任せかいッ? しかもその相手がラギアスだなんて。本当に何もかもが皮肉で喜劇だよ! ――死んではいないだろけど出てくることも出来ないよ。あの災厄には退場してもらう。新しい世界にはいらないよ」


 シエルの形成する結界がひび割れてゆく。他の結界も同じようにダメージを負っていた。

 パリアーチの前方に存在する球体は更に大きくなり威力を増す。


「よそ見してる場合じゃないでしょ聖女様? こんな時でも偽善とは感心するよ」


「――君もよそ見している場合ではないのでは? ガラ空きだよ」


「イゾサールッ⁉︎ どうして君が……現に君はあそこに」


 シエルが一人一人を守るように発動した結界。セレンや騎士達、そしてアーロンも対象である。否、対象であった。

 結界の中に存在するアーロンに目を凝らせば姿が揺らいで見える。


「あれは……虚像?」


「ご明察。キッズでも扱える初歩的な見掛け倒しの魔法さ。……だから気付けない。その意外性にね」


 二年前の戦闘で見たジークの氷像。それと比較すれば天と地ほどのクオリティではあるが、上々の結果である。


「君が展開したこの領域。君を中心に他者へ影響を与えている。込めた魔力が大きいほど狂う仕掛けだ……違うかい?」


「侯爵家の三男坊のくせに……スペアにすらなれないお荷物が……!」


 パリアーチの背後を取ったアーロン。その手に握られたレイピアは静かに帯電していた。


「構わないさ。三男坊でもお荷物でも。存在全てが否定されてもね。――だが君は……私の友を侮辱したな」


「ラギアスの何がいいのさッ⁉︎ あれは災厄だ。下手をすればこの世界全てを壊すよ⁉︎」


「ならば私はその災厄の手となり足になろう。それが私の生き様だ」


 古代魔法の制御で身動きの取れないパリアーチ。強力が故に行動が制限されてしまう。制御を見誤れば自身を巻き込むことになるからだ。


 青白く発光したレイピアを構えるアーロン。その細剣に派手な輝きはない。静かに研ぎ澄まされた一閃は瞬きする間も与えない。


「イゾサール流宮廷剣術 翡翠!」


 光速に迫る刺突がパリアーチを貫いた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 胴の中心を貫かれたパリアーチは静かに倒れる。

 古代魔法は魔力の供給が止まり霧散していた。


「感覚が元に戻ったわね」


「はい、騎士の皆さんも解放されたみたいですね」


 パリアーチの影響を受けていた全ては解消されていた。騎士達は安堵からか腰を下ろし天を見上げている。その彼らの頭であるマエノフは端の方で転がっている。ロープで拘束されており、身動きが取れないでいた。


「侯爵家の神童……だったかしら?」


「多くの顔を持つ近衛師団の秀才……」


 パリアーチの沈黙を確認し結界を解くシエル。

 

 話題に上がっているアーロンはパリアーチから静かに距離を取る。レイピアを構えるその様子は


「レディ達……まだ気を抜くのは早いかもしれない」


 倒れ伏したパリアーチから光が漏れる。レイピアに貫かれた場所を中心に淡く輝き出す。


「⁉︎ そんな……致命傷だったはずです」


「あーあ……今回のは割と特別製だったのに。ラギアスはともかく三男坊にやられちゃうとは想定外だ」


「ふぅ……手応えが無いと感じはしたが」


 宙へ浮かびながら身を起すパリアーチ。顔に現れた術式が明滅を繰り返していた。


 ――ピキ


「三男坊君? 君へのお仕置きはまた今度かなぁ。とっておきの舞台を用意してあげるよ」


「やれやれ……人気者は辛いな」


 発言からこの場を離れようとしていることが分かる。それを聞いて魔道銃を構えるセレン。


「ふざけないで。あれだけのことをしておいて逃げ果せるとでも?」


「その通りです。罪の無い大勢の人々をあなたは……」


「だから何さぁ? 人間なんて何時何時何処でも死んでるよ。そんなに可哀想ならご自慢の神聖術で助けてあげたらどう? いや、無理か……死者には効果が無いんだったね。アハハッ」


 ――ピキ、ピキ


 笑いながら魔法を紡ぐパリアーチ。見慣れない術式に三人は警戒する。


「……ミスセレン。下手に撃たない方が賢明だ。あれは実体じゃない。つまり、その気になればいつでも自爆出来るってわけだ」


「外道ね……」


「心外だね。大体君だってその銃で何人の人間を傷付けてきたのさ? 都合のいい正当化はやめなよ」


 紡がれた魔法術式は立体的に組み上げられパリアーチを覆ってゆく。


「今回は失敗だったけど……まぁラギアスを拘束出来ただけでも良しと……⁉︎」


 ――ピキィ、ピギィィ!


 パリアーチの頭上からひび割れるような音が鳴り響く。

 ガラスが割れたような音の後に宙から降ってくる大柄な人物。意識を失いボロボロになったデクスであった。


「なっ⁉︎ 何でデクスが降ってくるのさッ⁉︎ ……ということはまさか……⁉︎」


「ハッ、くだらんお遊戯だったな」


 上空から降り立つジーク。デクスとは対象的に負傷した様子は見られない。いつもと同じ不遜な態度である。


「あの空間でどうやって……抜け道は無かったはずだ」


「貴様らの尺度で俺を測るなよ」


 ジークの他人を見下すような嘲笑に絶対的な自信の表れ。

 冷や汗をかくパリアーチ。上手く笑うことができない。


「どうした? まだ踊れるだろう?」


「……だから言ったんだ。この化け物をどうこう出来る訳ないって」


 パリアーチを包む術式に変化が現れる。幾何学な模様は色を変え、構成する方程式を組み替えてゆく。

 パリアーチとデクス、そして離れた位置にいるマエノフと結び付く。


「今回は素直に引くけど……の為にこれは貰っていくよ。偽善聖女は僕の個人的な希望で殺しちゃうからね」


「させると思うか? 手出しをすれば消す」


「……君ってもしかして女誑し?」


 二人の会話を聞いたシエルは顔を赤くしていた。セレンは何処か不満げである。


 術式が完成し妖しい光がパリアーチ達を呑み込む。視界が晴れた後には三人の姿は消えていた。

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