第六話
「この村も……異常は無し、か」
「のどかな普通の村ね……」
街道沿いの農村を周るジーク達。行商から報告があった村については明らかな異常があったが、それ以外の村に関しては特に変化はなかった。
「敵が狙ったのは最初の村だけだったのでしょうか?」
「そうかもしれないけど動機が不明だわ」
以前シエルを襲った黒装束の人物達は未だ現れていない。馬車での移動となれば狙う機会はそれなりにあったにもかかわらずだ。
「地理的にここが農用区の最後だろう。……随分と王都から離れたね」
「仕掛けてくるならここだと身構えていたのに。拍子抜けしちゃうわね」
ホルスターに格納された魔道銃を撫でるセレン。自身の髪色と同じ澄んだ青色をしている。
「一晩は様子見をするとして……一旦は王都にカムバックだね」
「個人的には賛成ね。後はリーダーの意向次第かしら?」
馬車に背を預け腕を組んでいるジーク。興味なさげな表情をしているが視線はしっかりと村人達へと向いていた。
「……すみません。少しよろしいでしょうか?」
声を掛けてきたのは子供を抱いた母親と思われる女性。母親に抱かれた少女は体調が悪いのかぐったりとしている。
「失礼を承知でお尋ねしますが、公爵家の聖女様でお間違いないでしょうか?」
「えぇ、この子がそうだけれど……体調が悪そうね」
母親によると少女は数日前から体調を崩しているとのことである。村には教会がなければ薬師もいない。備蓄の薬を飲ませてみたかが効果はほとんどなかったらしい。
そんな折に王都から来たという集団。公爵家の家紋が刻まれた馬車に銀の髪をした女性。王国中で話題になっている『銀の聖女』だと直ぐに見当が付いた。
「分かりました。診ますので先ずはお子様を「いや、待て」……?」
治療を試みようとするシエルを制止するジーク。
「神聖術なら誂え向きの奴がいる。自分は特別だと騒いでいたチビがな」
「あぁ……なるほど。私が呼んでこよう」
ステップを刻みながら離れて行くアーロン。村人達から不審人物扱いをされたのか、距離を大きく空けられていた。
「これまでの言動を見るに彼に何か出来るとは思えないのだけど?」
「成否はどうでもいい。……奴は羽目を外し過ぎた」
シエルが問診をする傍ら小声で会話をする二人。そこにアーロンに連れられたマエノフと騎士達がやってくる。
「ラギアス……一体何の用だ?」
「見て分からないか間抜け? さっさと役目を果たせ」
ジークが示す先には件の親子がいた。それを見て察したのだろう。マエノフは露骨に表情を歪ませる。
「神聖術はそこらの回復魔法とは訳が違う。それをあのような汚らしいガキに……⁉︎」
「やれ命令だ。従わなければ殺す」
ジーグの殺気に当てられたマエノフ。慌ててシエルや親子の元へと駆け出す。騎士達も同行しようとするがジークに睨まれ動くことができないでいた。
「貴様はこれを見ておけ」
「ん? これは地図……ここが終点では?」
地図を手渡すのみで言葉はない。視線はマエノフへ向いている。
「シエル様! 本調子であれば私は二度も神聖術を行使することが出来るのです!」
シエルに良いところを見せたいのか、自らの有能性をアピールするマエノフではあるが、売り込みに必死なのかシエルの冷たい視線に気付くことができない。
「……分かりましたから早く治療を」
「承知しました! 是非ご覧あれ! では……エンジェルヒール!」
銀の光に包まれる母親と少女。規模は非常に小さいが神聖術であることに変わりはないようである。
ぐったりとしていた少女はたちまち元気を取り戻す。顔を上げ目を丸くする様子は年相応であった。
「ハァ、ハァ……どうですか、シエル様。私はラギアスよりも有能なのです……」
肩を上下させながら苦しそうに呼吸をするマエノフ。それを見て不思議そうにしているシエル。どうしてここまで疲弊しているのか、といった表情である。
「少し安心したよ。これで出来ませんだったら、とんだピエロじゃないか」
「同じ銀色の光……」
多くの者がマエノフの神聖術に注目する中、ただ一人セレンだけはジークを見ていた。――そのジークの口元は若干の笑みを浮かべているように見えた。
「これで御理解頂けたでしょう。誰があなたに……え?」
「⁉︎ これは……」
少女の身体には術式が現れていた。幾何学模様に浮かんだ術式は怪しい光を周囲に放つ。
「これはサプライズ……。隠蔽魔法とは珍しい」
「神聖術に反応している⁉︎ シエル逃げてッ!」
怪しい光は輝きを増しシエルとマエノフを包み込んだ……かに見えたが対象はマエノフだけのようである。
「な、何だこれはッ⁉︎ どうなっている⁉︎」
冷静にマエノフから距離を取るシエル。件の少女や母親を警戒するがどちらからも悪意を感じない。二人とも戸惑いを隠せないでいた。
桔梗色の光が輝きを強め明滅を始める。それを見てシエルは更に離れ、母親達も恐怖からか逃げ出して行く。
残されたのはマエノフ――そしていつの間にか近付いていたジークである。
光に完全に包まれる両者。異変が治まった後には二人の姿はなかった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
白い世界に覆われた空間。頭上に足元や左右。見渡す限り白く染まった不思議な場所にジークと一人の人物がいた。
「驚いたな。お前自らこっちに来るとはな」
「ご期待に添えなかったか? あれも神聖術の使い手だ」
嘲笑を交えて見下すような視線を向けるジーク。
「……計算通りとでも言いたいのか? この状況でよく余裕をかませるな」
「異なる時間軸で存在する異空間。本当なら公爵家の女を閉じ込めておきたかったが、何故か現れたのはゴミ屑とラギアス。しかもゴミ屑に関しては人数オーバーで弾かれた……違うか?」
「お前……普通じゃねーな」
目を細め警戒感を露わにする大柄の男性。だが余裕が損なわれることはなかった。
「まぁいい。時間はたっぷりとあるんだ。少し話をしようや」
✳︎✳︎✳︎✳︎
怪しい光に包まれ忽然と消えたジークにマエノフ。残された者達には動揺が広がっていた。
「一体何が? どうしてジークさんまで……」
「分からないことが多過ぎるわね」
少女に浮かんだ術式は既に消え、体調不良も改善されている。詳しい事情を聞くが有益な情報は出てこなかった。
「お二人から悪意は感じません。本当に何も知らないのでしょう」
「そうね。気になるとすれば……数日前に村に来た旅人かしら」
母親によると何日か前にこの村を訪れた旅人がいたらしい。小柄なその旅人は村の子供達へ自身の冒険譚を面白可笑しく語っていたとのことだ。農村を訪ねてくる旅人は珍しかったことから印象に残っていた。
「もしかしたら他の子供にも」
「それはどうかしら? 無駄に証拠を残す理由はないわ。それよりも恐ろしいのが……」
敵はシエルの行動を完全に読んでいた。体調不良の子供がいればシエルは神聖術を施すと。その上で神聖術がトリガーとなる隠蔽魔法を仕込んでいたのだ。
「彼もまたそれを読んでいた。あのおチビさんをけしかけてね。……敵の狙いがシエルだから敢えて同行させたのね」
(――でも本当にそれだけ?)
引っかかるのはマエノフが神聖術を使う前にジークが浮かべていた小さな笑み。
敵の行動を読んでいたなら態々神聖術を使わせる必要はあったのか。いくらマエノフが無能とはいえ、ディアバレトの象徴とも呼べる神聖術士を簡単に敵に渡してよかったのか。そして自らも光に呑み込まれた。
(初めからこの結果を狙っていた? どこまでがアクトルの指示?)
同じくアクトルの指示で来ているだろうアーロンは地図を確認している。直前にジークから手渡された地図を。
(余り下手なことは言わない方がいいわね。シエルが混乱してしまうわ)
「魔力痕は完全に消えています。これでは痕跡を辿ることは……」
「その辺りはどうなのかしら……近衛さん?」
「やれやれ……今はFランクのアーロンだよ。――これを見たまえ」
アーロンが二人に見せる地図。そのとある地点には印が付けられていた。
「彼は効率主義者だからね。無駄なことはしないのさ」
「……ファルシュ遺跡跡。ここから近いわね」
地図に記されていた場所は農用区の端に位置するファルシュ遺跡跡。古代に建造されたと思われる石像が立ち並ぶ歴史的価値のある遺跡跡であった。
「もうここに用はないね。ネクストステージに進むとしようじゃないか」
「彼らはどうしましょうか?」
デューク・ガードの騎士達は隊長であるマエノフが消えたことにより混乱していた。何が起きたのか皆目見当がつかないといった様子である。
「好きにさせたらどうかな? 元々予定にない同行だった訳だしね……」
「初めから期待されていなかったと。……政治に家の面子に国内の派閥争い。色々と大変ね」
(アーロン・イゾサール。侯爵家の三男だったわね。何故侯爵家の彼がラギアスと関わりを持とうとするのかしら? ジークの周辺はまさに複雑怪奇と言えるわね)
出発の準備を整えて一行はファルシュ遺跡跡へと向かう。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「先ずは自己紹介といくか。俺はデクスだ。この先も何かと面を合わせることになるだろうな」
「貴様に次があると本気で考えているのか? とんだ楽観主義だな」
「そうはやるなよ。……気付いているはずだ。この空間では碌に魔力を練られないはずだ」
向かい合うジークとデクス。
白い空間に閉ざされたこの場ではデクスの言うように魔力を感じることが出来ない。
「それでいい。……お前はこの世界に何を思う?」
デクスからの唐突な問いかけ。吟遊詩人のような物言いではあるが本人にふざけている様子は見られない。
「矛盾と欺瞞に満ち溢れたこのイカれた世界にだ」
「何を言っている貴様? 言葉遊びでもしたいのか?」
「目を逸らすなよ。分かっているはずだ。――ラギアスのお前ならな」
デクスが腕を振ると白い空間が割れ景色が浮かんでくる。そこには王都に住む人々の姿があった。
「見ろよこの無能な連中を。何も知らずに呑気に生きている。馬鹿みてぇにヘラヘラ笑ってやがる」
談笑する者。
走り回る子供達。
巡回する騎士。
そこには王都の日常があった。
「王都に生まれたって理由だけで何の努力もせずにのうのうと生きていやがる。二年前の襲撃や犠牲を忘れて。王都の外に広がる残酷な世界を知ろうともせずに馬鹿みてぇな阿保面を晒して」
「頭がおかしいのか? 貴様らが王都を襲撃したんだろうが」
「そうだ俺達がやった。アピオンや入団試験も。……『鍵』を見つけ出すって目的もあったがな」
景色が切り替わり複数表れる。
荒れ果てた村があれば、剣や槍を掲げて争う勢力、魔法の撃ち合いにより滅んだ国。魔力の枯渇により干からびた大地。
デクスの言う残酷な世界が広がっていた。
「何かと理由を付けて争う人間達。魔物に襲われて消えた村。私利私欲の為に平民を蔑ろにする貴族共。他にも沢山ある。王都の外には……いやこの世界にはな」
浮かび上がった景色の中にはラギアス邸の裏に広がる湖もあった。
「何も知らずに生きている……それは罪だとは思わないか?」
「知るかそんなこと。勝手に死ぬ奴が悪い」
「手厳しいなぁ……けどな、世の中お前みたいに皆が皆強くはねぇんだわ」
過去の景色も映し出せるのか、王都襲撃時の様子も表示されている。逃げ惑う人々に迫る魔物の影。血を流しながらも懸命に戦う騎士達。
「都合の良い時だけ助けを求め、時間が経てば全てを忘れて無関心になる。そしてまたそれの繰り返しだ」
「……結局貴様は何を言いたいんだ? 一貫性のないくだらん主張は止めろ。時間の無駄だ」
「愚かだろう人間共は。……だがそれも仕方がないんだ。この世界から
魔物を前に逃げ出す冒険者達。その冒険者達を非難する王都民。
「不完全な世界だから歪になっちまう。過去の連中は選択を誤った。だからこうなった!」
「
「……やはり知ってやがったか。なら、俺の言いたいことは分かるな? ――お前はこちら側だよ」
景色が再び切り替わる。
平野に立ち並ぶ石像が映し出された景色。そこにはロープで雁字搦めにされたマエノフに性別の判断が難しい小柄な人物。そしてアーロンとシエルにセレン。数人の騎士達もいる。
戦闘が始まろうとしていた。
「代々ラギアスは『番人』を継承してきた。『導き手』が現れるその日までな。そして役割を全うすれば解放される――死という形でな」
「……そこまで知っているなら何故」
「『番人』に『導き手』に『鍵』に『
景色の中のセレンが放つ銃弾は不規則に乱れ、小柄な人物を捉えることが出来ない。
アーロンの雷魔法は見当外れの場所を穿ち、シエルの神聖術は効力が小さくなっている。
「公爵家の女も行商の出来損ないも若手の騎士もどうでもいい。どうなろうが俺には関係ない」
マエノフの部下と思われる騎士が何故かシエルへ攻撃している。そのシエルは結界を張ることで攻撃を防いでいた。
「ラギアスもディアバレトもこの世界にも……全てに思い入れは無い」
セレンがシエルの元へ駆け付けようとするが行手を阻む騎士。その騎士達の表情は困惑していた。何が起きているのか分からないといった様子である。
「俺は俺の好きなようにやる」
「とんだ悪党のようだな。――全てを知りながらも享受するのか……この現状を!」
「ハッ、笑わせるな。俺は抗い続ける。貴様ら『
白い空間が振動する。
「だから……邪魔をするなよ」
軋むような音を上げひび割れてゆく空間。
「馬鹿な……どこからこれ程までの力を……」
「貴様は魔力が無ければ何も出来ないのか? だからこの世界の連中は駄目なんだよ」
迸る力の本流。青く冷たい光がデクスと白い空間を呑み込んでしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます