第三章
本来の居場所
第一話
陽は沈み闇に支配された王都。スピリトを微かに照らすのは街灯と住宅から漏れる光に星の輝きである。
その闇夜に紛れてとある屋敷に侵入を果たした二つの影。全身を覆う黒いローブに顔を隠す仮面。その風貌は怪しさの塊である。
(う〜ん……めぼしい場所は全て確かめた。あとはここくらいかな?)
(……これで何も無ければ奴をシメるだけだ)
無言の二人が言葉を発することなく会話を可能としているのは特殊な魔道具の効果によるものであった。
扉の前に立つローブの人物達。一見何の変哲もない扉ではあるが魔術によるセキュリティがいくつも張り巡らされていた。
(目的の物があるかは分からないが……これでは、ね)
(触れた途端に作動する仕組みか。……拘束、状態異常、攻撃、警報。無駄が多過ぎる。何がしたいんだ?)
目にしただけで的確に術式を読み解き把握する。どうやら魔法に明るい人物のようである。
闇に溶け込むような服装をしている二人。月明かりが雲に遮られ、より一層存在が希薄になる侵入者。月が再び顔を出した時には二人の姿はなかった。
(ふう……相変わらず素晴しいね。その空間を越える力は。これではトラップが幾つあっても意味がない)
(無駄口を叩く暇があるなら役目を果たせ)
扉に触れることなく室内へ移動した二人。念話による会話を続ける傍ら部屋の観察をする。
魔術が仕掛けられた扉とは打って変わり、室内に異常は無い。――部屋の奥に置かれた物々しい金庫を除いて。
(これはまた分かりやすい。如何にもって感じじゃないか)
魔術的な仕組みはなくダイヤル式の金庫。古典的な作りではあるが、シンプルかつ実用性があり高い防犯性を誇る。
(どうでもいい。さっさと始めろ)
(相分かった! ここからは私の役目だ)
ダイヤル錠の解読を始めるローブの人物。その間にもう片方の人物は部屋に設置されている本棚を調べる。
政治本に歴史書、魔法学に関する本など多岐に渡る書籍が確認できる。
(ふん! ふん♪ ふん? ふん‼︎)
テーブルの脇には伏せられた写真立て。少し色褪せた写真には男性と女性、そして二人の子供が笑顔で写っていた。
(ノンノン……つまりこれがファーストアタックだ)
引き出しの中には商会とのやり取りと思われる手紙が仕舞われていた。骨董品の取引について記されている。
(カチ、ガチ、カチ? カチ……?)
(……おい貴様。不要な念話を飛ばしてくるな。殺すぞ)
内心の考えではなく、伝えようと意識した言葉が念話となり対象へと伝わる。非常に高性能で便利な魔道具であった。
(そう焦ることはない。――マーベラス! ご期待に添えたかなマイフレンド)
ガチャリと音を上げ開く扉。物々しい金庫は僅か数分のうちに破られてしまう。
金庫の中からは多額の現金に貴金属、複数の書類が出てきた。
(普通のトレジャーなら光り物が好きなんだろうけど、我々の目的はこちらだ。――ふむ、これは……)
自筆と思われる書状には地方領主や冒険者協会、大商会とのやり取りが記載されているが、特に目を引くのは他国の貴族との内容である。
(国境の警備体制を細かく記している。どうやらチェックメイトのようだね)
(ふん、亡命の手土産にでもする気か? さっさとずらかるぞ)
書類以外は丁寧に金庫へと戻す。ダイヤル錠の状態も元に戻す徹底振り。本職の盗賊も驚きの技術である。
忽然と姿を消すローブの二人。残されたのは闇夜に冷やされた空気だけであった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
ディアバレト王国の盾であり剣となる騎士団に魔術師団。王都スピリトはもちろん、各都市に設立されている支部においても同様の役割を担っている。時に領主の私兵と協力する形で事に当たる。広い国を正規軍だけでカバーするのは現実的ではないからだ。
そして現在、騎士団本部では魔術師団の一部も加わり話し合いが行われていた。
「ここまでがこの二年間で起きた事案の概要となります」
文官が報告を終える。
村に魔物が入り込み被害が出た。街道を進む旅行者が盗賊に狙われた。地方貴族の脱税容疑。どれもあってはならないことではあるが、年間を通して見れば決して珍しい案件ではなかった。
だからこそ逆に目立ってしまい、とある事件が大きく浮き彫りとなる。
「やはり……始まりはアピオンと考えるべきか」
ディアバレト王国の西に存在する地方都市アピオン。貿易や流通、国の要ということはなく、特筆する点のない街であった。
「呪い、か」
住民が次々に倒れ意識を失う。当初は未知の疫病が疑われ街を隔離する騒ぎにまで発展していた。
「王都の襲撃に入団試験。いずれも同一組織の犯行である可能性が高い。そのような調査結果だったな。……どういう訳か、この二年間でピタリと止んだが」
それぞれの事件で拘束した被疑者には共通点があった。ディアバレト王国の物とは思えない術式が体に刻まれ、無理に情報を抜き取ろうとすれば被疑者の命を奪う呪術が仕込まれていた。
これにより取り調べは難航。供述以外で得られる情報はなく、背後にいるであろう組織に犯行の動機や目的が分からず終いであった。
「他の共通点とすれば……ジーク・ラギアス、か」
一人の発言により場に緊張が走る。
「……全ての事件に奴が関わっている。出来過ぎなくらいにな」
アピオンでの疫病騒ぎは呪いによる人為的なものであると特定し被疑者を拘束。
王都襲撃事件においては敵の拘束から市民の保護、事件解決に大きく貢献した。
「ジーク・ラギアスの自作自演。あり得ぬ話ではない」
「全てを知っていたなら当然か」
功績ではなく作為的な行いであると決め付ける騎士や魔術師達。名声を得るために人々を危険に晒した許されざる蛮行であると糾弾する。
「決め付けは良くないんじゃない? 客観的に見た方がいいと思うけどね」
今しがたの発言は茶髪の長髪を横に流した魔術師の男性。ポスト『賢者』と呼び声が高いヨルンであった。
「そもそもアピオンの件は公爵家からの伏せられた依頼だった訳で。領主会談の護衛は公式の依頼。それで自作自演は無理があるんじゃないかな」
自発的に動いていたならともかく、一連の騒動には公爵家からの依頼が関わっていた。
アステーラ公爵家とラギアス家。両家が結託でもしない限りマッチポンプは成立しない。
「火の無い所に煙は立たん。ラギアスは悪。揺るぎない事実だ」
否定的な意見が多くを占める。
事件への関わりからラギアス家やジークの善悪へと焦点がずれてゆく。
「ブリンク連隊長。あなたはラギアスの子息と関わりがあるようだが。その辺りはどうなのだ?」
話を振られたのは騎士団で連隊長を務めるブリンク。騎士団一美しい剣と称される彼は落ち着いた様子でジークについて語る。
「色々と風評はあるが真実は当人にしか知り得ない。……倅を救ってもらった事実がある私の意見は参考にならないのではないか?」
「いいと思うけどね。僕も貴方の考えを知りたいな」
「……彼はラギアス家を変えようとしている。そう感じた」
出会った当初は評判通りという印象を強く感じたが、接する時間が増えるにつれその考えは霧散した。
傍若無人な振る舞いの中に隠された他者を想う優しさ。決して折れないという信念。絶対的な強さ。
現在のラギアス領主とは一線を画す存在であると思った。
「領民に対する重税は今も変わらないが、この数年で多くの変化がラギアス領に現れている。荒れ果てた街道は整備され、蔓延る魔物の多くが駆逐された。魔物による被害が年々減少傾向にあるのがその裏付けと言える」
冒険者活動の一環で危険な魔物の討伐を次々と達成している。中立的な立場である冒険者協会がAランクとして評価しているのだ。ラギアスというだけで全てを否定するには無理がある。
「本人の考えは別にしても、これまでに多くの人々が救われた事実は変わらない。我々は彼に敬意を示すべきであり、必要ならば協力を仰ぐべきだ」
静かに力強く語るブリンクに他の者達は気圧される。
「……同調するわけじゃないが、悪評を鵜呑みにして否定するのは得策じゃないと俺は思う」
長髪を縛った髪型で高い長身が特徴的な男性。同じく連隊長であるハーレスが慎重に、言葉を選ぶように発言する。
「俺は実際に奴を見た。ジーク・ラギアスと私兵団を……」
二年前の入団試験。受験者を小隊の一部として編成し行われた野外演習。度重なる魔物の襲来により多くの騎士や魔術師、受験者が命を落とした。
「奴らは普通じゃなかった。――私兵団は俺達国軍にだって劣らない。ジーク・ラギアスは……化け物だった」
今でも信じられない出来事であるが、五十人規模で発動したユニゾンリンク。
存在する全ての概念を凍結させ破壊する魔法。
ジークの活躍により敵の襲撃は止まったが、今でもユニゾンリンクの爪痕は残ったまま。魔法の領域内であった場所は何かに切り取られたかのような
魔力が失われた死の大地。色褪せた空間に近寄る生き物は皆無であった。
「奴は暴君そのもの。下手に刺激すれば何をしでかすか分からない。……だからこそ公爵家が目を付けたんじゃないか?」
「アステーラ公爵家とジーク・ラギアスか……」
公爵家お抱えのAランク冒険者。その事実は王国内に広く知れ渡っている。
「ラギアス家が公爵家に擦り寄っているとの声もあるが……」
「それこそあり得ないよ。公爵家からすればメリットがまるで無い。重要なのは彼自身。敢えて分かるように関係性を示しているような気がする」
この二年間でジークは公爵家からの正式な依頼の多くを受け達成してきた。
王族の護衛や異常種と呼ばれる魔物の討伐。他国と発生した小競り合いでは国軍や領軍を差し置いて一人で戦いを終わらせた。
「優れた個は時に組織を刺激するが、場合によっては和を乱す」
騎士団を束ねる副団長、ハンハーベル・プラント。
背が高く痩せた体型。顔に刻まれた皺は深く、疲れを感じさせる。末端の騎士から副団長の座まで上り詰めた傑物で現場の叩き上げとして有名な騎士である。
「規律の乱れは国の乱れへと繋がる。――我々の組織にジーク・ラギアスは不要だ。敢えて不干渉を貫く必要も無い」
ブリンクとハーレスの意見を真っ向から否定するハンハーベル。その言葉は強く重みを感じる。
「敵は必ず動く。その時のために剣と魔法を磨くのだ。ラギアスの若造に頼る必要はない。我らで国を守るのだ」
周囲に視線を巡らせるが反対意見は無かった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「今回も無事ミッションコンプリートだね!」
「……いちいち喚くな鬱陶しい」
王都の外れ。閑静な住宅街に建てられた家屋に二人の人物の姿があった。
イゾサール侯爵家の神童と呼ばれたアーロン。
ラギアスの悪童と忌み嫌われたジーク。
見る人が見れば驚く組み合わせではあるが、この場に目撃者は存在しない。
「最近つくづく思うよ。あれは神の導きであったのだと」
「くだらんな」
領主会談の護衛。近衛兵と冒険者。立場が違う二人が邂逅するきっかけとなった出来事は今でも鮮明に記憶に刻まれている。
「そして君は新たな立場を手にした。私は楽しみで仕方がないよ。君が何を成そうとしているのか」
「……他人が何をしようがどうでもいいが、邪魔をするなら容赦はしない。貴様も覚えておけ」
二人の関係性の変化は二年前からとなる。ジークがアクトルヘ持ち掛けた提案によるものがきっかけであった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「我々諜報機関にラギアスである貴方が? ……その意味を理解してますか?」
アステーラ公爵家。王族に連なる銀を継ぐ者達。古くから王家と共にあり、国を影から支え、時にコントロールする役目を持つ裏の組織。
そこに自分を加えろとジークは言う。
「貴様に拒否権があると思うのか? ――黙って従え。でなければ消す」
「……それでこちら側には何のメリットがあるのです?」
功績や実力を見れば申し分ない。たがジークは悪名高いラギアス家の出身であり制御の効かない暴君のような存在である。
アクトルの描いた筋書きが何度狂ったことか。下手に利用しようとすれば待っているのは破滅である。
「……国を騒がしている連中が『導き手』に目星を付けているとしたら、貴様はどうする?」
「⁉︎ 馬鹿な、王家でも追えていない存在を……」
「いい加減理解しろ。貴様らだけで対処出来る段階はとうに過ぎている。――また歴史を繰り返すのか?」
口から出任せを言っているようには思えない。ジークは確実に理解している。この国の成り立ちを。犠牲や闇も含めて。
「一連の騒動は『鍵』を見つけ出すことが目的のはずだ。既に手中に収めているかもしれんがな」
「鍵まで……。でしたら、尚のことラギアスである貴方は」
「バカか貴様は。先人の無能共が勝手に決めたことに俺が付き合う義理はない。今代でラギアスは終わりだ」
ラギアスの終わり。即ちそれは
「――⁉︎ これまでラギアスの横暴が許されてきたのは契約によるものが大きいです。――もう後ろ盾はありませんよ」
「ハッ、奴らの目的が何であれ、碌なことにならないのは事実だろうが。国そのものが消えれば王も貴族も平民も関係ない」
「……貴方の発言の根拠となるものがありません。はいそうですかと素直に全てを信じることは出来ないのですよ」
「当たり前だ。俺は貴様を信用していない。そして貴様もな。……真偽を確かめたいならこれから先、起こること全てから目を逸らすな」
新たな協力関係を築いた両者。
表向きはアステーラ公爵家お抱えのAランク冒険者として。裏では諜報機関として暗躍する。
国の為。危険な存在を排除する。
生き残る為。裏から流れをコントロールする。
お互いの目的はまるで違う。利害の一致のみの関係。
だが確実に着実に前へと進んでいる。
――反逆の意志は途絶えない。
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