第二話

 王室特別区。王族専用の住居が建てられた関係者以外の立ち入りを制限した特別区。そこにはアステーラ公爵家が所有する邸宅も含まれていた。


「相変わらずバカ広い建物だな。無駄が多い」


「……公爵家が所有する建物が貧相だと逆に不自然でしょう」


 アステーラ公爵家のアクトルとラギアス家のジーク。

 両者の表向きの関係は王族や貴族だけではなく国全体に知れ渡っていた。


「そんなことに興味を持つのは暇人だけだ。……これが貴様の欲しがっていた物だ」


 胸元から取り出した書物を放るようにアクトルヘ手渡すジーク。先日、アーロンと共に回収した密書とも取れる手紙。中には他国の貴族とのやり取りが記されていた。


「――確認しました。やはり睨んだ通りですね。大人しくしておけばいいものを……」


「貴様ら国の連中に嫌気が差したのかもしれんぞ」


 アクトルの指示によりアーロンと共に任務を行なっていたジーク。特にイレギュラーも無く予定通り完遂していた。


「……毎回思いますが、決して楽な任務ではないのですよ。今回は特に警戒されていたはずですが」


「ハッ、それは貴様ら凡人の基準だろうが。力無く生まれた己の悲運を精々嘆くんだな」


「…………毎回思いますが口が悪過ぎませんか? 私は次期公爵なのですが」


 アステーラ公爵家の長男であるアクトル。神聖術の扱いに長け頭脳明晰であり武もそれなり。文句無しの後継者であるがジークの態度は一向に変わる様子がない。


 形だけではあるがジークがアクトルの配下に入り二年が経過した。

 当初アクトルはジークが何か企んでいると警戒しながら様子を見ていたが、国や公爵家に害をなすことはなかった。それどころか与えた任務は毎回のようにこなし、時にはそれ以上の成果をあげ、罵詈雑言を交えながらも助言をしてくるようになった。誰よりも早く隣国の異変に気付き、己の武力のみで小競り合いを治めた出来事は記憶に新しい。

 

 それは王国全土を掌握しているかのような知謀であり、未来予知とも取れる慧眼を持ち合わせ、国一つを単騎で落とす絶対的な力。

 野放しにしてはならない。目の届く場所に置かなければ国の崩壊を招くことになり兼ねない。

 だが同時に惜しいとも思った。ラギアスでさえなければ迷うことなく本当の意味で招き入れたことだろう。


 ――色々と考えを巡らすアクトルであるが、浩人は特に深く考えてはいなかった。

 

 多方面へ精通しているのは原作意識から来るもので未来予知が出来るわけではないし、力があるのは命懸けの鍛錬や経験というのもあるが、単純にジークが優れているだけである。隣国での戦闘は力を試す目的で出向いただけで、仮に責任が生じるなら全てをアクトルの所為にしようと考えていたくらいだ。


 アクトルは盛大に勘違いしていた。


「……まぁいいでしょう。貴方が仕事以外で私の指示に従うとは思えませんからね」


 コホンと咳払いをし、仕切り直すアクトル。


「例の組織かどうかは分かりませんが――シエルが襲われました。幸い撃退は出来ましたが次もあると踏んでます」


 馬車での移動中に黒装束の人物が現れ戦闘になったとのことだ。護衛の活躍により事無きを得たが敵は気になる発言を残していたという。


「シエルを見て『門を開く鍵』と言っていたようです。言葉の意味としては当たり前なのですが、そうではないのでしょう」


「……公爵家の女が『鍵』の一つで決まりだ。……奴らの目的が達成されるか、死ぬまで狙われ続けるんだろうな」


 淡々と己の所見を述べるジーク。そこに感情は含まれておらず、一歩引いた一定の距離感を感じる。


「私が言える立場ではありませんが、もう少し驚いてもいいのではないですか?」


「その通りだな。殺そうとした貴様よりはマシだ。まぁ死んだところで次に引き継がれるだけで何も変わらんがな」


 シエルが神聖術を使えることは国全体に広がっている。アピオンを救った出来事は有名な話である。だからこそ狙われることが何度かあったが、今回は明らかに目的が違う。


「貴様らからすればあの女を失うのは都合が悪い。神聖術にしても鍵でもな。……誂え向きの護衛を俺が紹介してやる。泣いて喜べ」


「? 何を言っているのです? 貴方以上の適任はいないでしょう? 面識もありますし、何より彼女がそれを望んでいます」


「……考え直せ。殺すぞ」


「家の総意です。今更覆りませんよ。――入りなさい」


 アクトルの指示により入室してきたのは二人の女性。


 目を引くのは星空を映し出したかのような銀色の髪。視線をさまよわせる様子はどこか落ち着きがない。

 もう一方は女性にしては高めの身長で、その表情は自信に満ちている。

 どちらも少女から女性と呼べる成長を遂げていた。街を歩けば視線を集めるのは間違いないだろう。


 公爵家出身で今では筆頭神聖術士と呼んでも過言ではないシエル・アステーラ。

 そのシエルを守るのはセレン・ブルーム。何人もの狼藉者を監獄送りにしてきた凄腕の護衛である。


 原作と変わらない二人の姿に関係性。

 ジーク浩人の天敵が姿を現していた。


「お、おひひゃひぶりです‼︎」


「……おバカさんね。もっとクールにいかないとダメよ」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 セレンからすれば二年振りの再会でありシエルにしてもそうであった。

 全てを見透かすような冷たい瞳に艶やか黒髪は同じ。だが顔立ちはより精悍なものへと変化しており、意志の強さを感じる。気を抜いてしまえば引き込まれてしまいそうになる。


「何だジロジロと……死にたいのか?」


「……安心しましたよ。口が悪いのは私にだけではなくて」


 相変わらずの口の悪さ。不機嫌そうな表情も前と変わらない。ある意味順当に成長をしたと言えるだろう。


「お久しぶりね。救国の英雄さん?」


「誰だ貴様は? 馴れ馴れしく話しかけるな」


「え? ジークさんとセレンは面識があるのでは……?」


(なるほど、ね。そういうことにするのね)


「無理もないわ。ワーテルは大混乱に陥っていたから。それどころじゃなかったもの」


 セレンが二年前の出来事を掻い摘んで話す。ジークと深い関わりはない。内戦に巻き込まれたくらいの関係であるとアクトルやシエルに言い聞かせるように説明する。


 セレンがディアバレト王国に辿り着いてからジークに関する多くの情報を集めた。

 領主貴族であるラギアス家出身。冒険者の顔も持ち最年少でAランク冒険者になった天才。魔法と剣技両方に優れ、王国内で有名な『賢者』という魔術師も一目置く存在であると。

 ワーテルでの活躍からすれば当然だと内心誇らしく感じていたセレンであったが、それ以外の情報は悪い内容しかなかった。


 領民から税金という名の金を巻き上げている。

 集めた金で冒険者ランクを買った。

 村を魔法で滅ぼした。

 疫病や呪いを撒き散らした。

 王都に魔物を放った。

 騎士団の入団試験に乱入し暴れ回った。

 公爵家に取り入ろうとしている。


 どれも耳を疑うような話ばかりであり信憑性に欠ける。セレンがその情報を信じることはなかったが、国民全体にここまで嫌われているのは却って不自然に感じていた。

 だからこそ真偽を確かめるためにこの二年間は護衛の傍ら独自に調査を続けていた。

 ジークに直接聞くのも手ではあったがその前にシエルと出会い、一悶着の末に今の立場となっていたのだ。


(彼と親しいと世間に広まれば、私の立場を悪くするから……。納得は出来ない。だけどあなたの考えを尊重するわ)


 自分から遠ざける為にわざと他人のふりをした。セレンを守る為に。そこが嬉しくもあり悲しくも感じていた。


 ――ちなみに浩人は別のことを考えていた。


 ブラッド時代に戦闘に発展。仕方がなかったとはいえ、思い切りぶっ飛ばしてしまった。意識がしばらく戻らない程の勢いで。

 

 何故シエルといるのか。原作の影響かは分からない。ただ一つ言えることは両者から恨みを買っているということ。二人で結託して復讐しにきたのではないかと警戒していた。


 ――誰も彼もが勘違いしていた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「とりあえず二人とも座りなさい。今後について説明します」


 アクトルに促され席に着く二人。シエルはアクトルを意識してからか少し離れた位置に。セレンはジークの隣に着いた。広い部屋でスペースに余裕があるにもかかわらず。


「……おい、貴様。俺に近寄るな」


「あら、次期公爵様からは特に指定はなかったわ」


「殺すぞ」


「死なないわ」


 言葉による応酬を繰り広げる両者。その様子を見てアクトルは感心していた。ジークを前に引かないその度胸は評価に値すると。シエルは何を思ったのか、こそこそと席を移動していた。セレンとは反対のジーク寄りの席に。


「喧嘩は後にしてください。皆さんのこれからについてですが……身を潜めてもらおうとは考えていません」


 アクトルの考えは守りではなく攻めの姿勢を保つことであった。


「これまで通りです。シエルには普通に行動してもらいます」


「ハッ、貴様ら王族共の威光を示す旗振り役か。浅知恵にしてはよく出来ているな」


「良いのですジークさん。私の力で多くの人が助かっているならそれで」


 神聖術に目覚めたシエルはアピオンの復興に尽力し、以降は王国内を周り多くの傷病者の治療を行ってきた。回復魔法や治癒魔法までも物にしたシエルは回復のスペシャリストへと成長していた。


「となれば、いつものように訪問診療かしら? そこへ、のこのことやってきたこの前の人達を拘束すればいいの?」


「結果はそうかもしれませんが過程は違います。皆さんには向かって頂きたい場所があります」


 アクトルが地図を広げて示す場所は王国の東側。農村が広がる農業地区であった。


「ここは地図通り農用地となりますが、仕事に合わせて農村があるのは必然と言えます」


「バカなのか貴様は。そんなことは誰もが知っている。さっさと結論を述べろ」


「そうね、時間の無駄だわ」


 少し得意げに話していたアクトル。年長者としての面目が丸潰れである。


「くっ……この農村ですが――村人が忽然と姿を消しました。一人、二人ではなく全員が、です」


 村から人の気配が全て消えていた。定期的に行商で訪れる商会がその異変に気付き国へ報告した経緯となる。


「その村だけなのでしょうか? 周囲はどうだったのですか?」


「商会は順番に村を回りその最後だったようですね。つまり、報告時点では他に異常はないことになりますが……」


「今は分からないと。……貧しい村なら打ち捨てることもあると思うのだけど」


 それはないと否定するアクトル。村を捨てるなら必要最低限の物資は持ち出すはずだが、何かが持ち出されたような形跡はない。それどころか馬や馬車、家畜は残されたままであったらしい。


「色々と不自然な状況。ですから商会は国へ伝えたのでしょうが、私はという点が気になります。――二年前の出来事と酷似していますからね」


 王都で資格を剥奪された元冒険者達。スピリトの外で燻っていたことは把握していたが、ある日突然姿を消した。そして起きたのが魔物のスタンピードであった。


「二年前にあった事件を否応無しに連想させます。シエルが狙われた件との因果関係は不明ですがね……」


「どちらにしても動く必要があるのですね。確かに放っては置けません!」


 意気込むシエル。アピオンでの被害を直接見たからこそ見過ごすは出来ない。


「騎士団や魔術師団の連中は何をしている?」


「どうやら重くは受け止めていないようですね。……あなたならこの意味が分かりますよね?」


 不本意だがなと返すジーク。二人のやり取りを不思議そうに見つめるシエルに静観するセレン。


「馬車やその他諸々はこちらで手配します。準備が出来次第向かってください」


 シエルにセレン。そしてジーク。

 異色のパーティで失踪事件の調査に赴くことになった。

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