第三十三話

 騎士団入団試験。王都スピリトで行われる騎士を目指す者達にとっては登竜門とも呼べるイベント。毎年のように国内から多くの者が試験を受けるために集まっていた。


「何度来ても王都は凄いね。人が大勢いる……」


「多くの意味を持った要だからな。私も当時は驚いていたよ」


 入団試験に年齢制限は存在しない。極端な話をすれば実力次第では誰もが受験資格を持っていると言える。もちろん、実力さえあれば誰もが入団出来るという訳でもないが。


「父さんが試験を受けた時は一発合格だったんだよね?」


「そうだが……お前より三歳上の年齢だからな」


 仮に不合格となったとしても見込みありと判断されれば翌年も受験資格は与えられる。一度の試験で全てが決まる訳ではないのだ。


 試験自体は一次と二次で構成が分かれている。一次試験では試験官を相手取った模擬戦が行われる。

 武器の扱いから体捌きに魔力の扱いと様々な点が評価の対象となる。


「例年と違い今年は魔術師団との合同試験だ。二次試験に関しては読めない部分が多い」


「騎士と魔術師の連携を想定した試験みたいだね」


 一次試験を突破すれば次は二次試験となる。王都を離れ、魔物を相手にした戦闘能力が見られる実戦形式の試験である。

 試験官を含む受験者数人で小隊を組み魔物との戦闘を行う。実力だけではなく、指示に対する受け答えや、魔物を前にした時の冷静さや判断力、仲間との連携に協調性など、こちらの試験も多くの観点から評価されることになる。

 それに加えて、今回は魔術師志望の受験者も小隊の一員になることから、試験の難易度は高くなると言えるだろう。


「元々予定されていたことだが、渡りに船だったのかもしれないな」


「……より各組織の連携を強める必要があるから。多くの事件が続いているからね」


 アピオンでの事件はルークも当事者の一人と言える。大勢の市民を巻き込んだ凶行。呪いによる影響を受けたルークにとっても印象深い出来事であった。


「気の所為かもしれないけど……なんだかピリついた雰囲気を感じるね」


「間違いとは言えないな。……魔物の襲撃など前代未聞だった」


 王都に多くの被害が生じた魔物騒ぎ。王都民全員の心身共に影響を与えた事件であり、今でも復興作業は続いている。

 大陸有数の安全な都市と言われていたスピリト。城壁と結界からなる絶対的な守り。その裏をかく形で侵攻を許してしまった事態を国は重く捉えていた。


「何かが起きようとしている。僕には何が出来るだろうか……」


「お前は目の前の試験に集中するんだ。騎士になってからでも遅くはないだろう?」


「……今はそうだね。でも、無条件で平和を享受出来るなんて考えはよくないよ。生きているみんなで努力するべきだと思うんだ」


 すれ違った通行人に目を向けるルーク。彼らは騎士に対する不満を述べていた。騎士団の不手際で被害が拡大したと。


「……多くの人間がいればそれだけ考えもある」


「分かってるよ。……今の僕が何を言ったとしても口だけだからね」


 王都入りして数日経つが多くの声を聞いていた。批判があれば称賛する声もあったが、多くが冒険者協会の批判であった。そしてラギアスに関する悪評が含まれていたのも事実。


「理想を実現することは難しい。……そのための一歩が今日なんじゃないか?」


「そうだね。僕は僕の出来ることをしよう」


 不安はある。事件に対する手掛かりはほとんど無いに等しいのだから。それでも、立派に成長したルークを見て心強く感じたのはブリンクの気の所為ではないだろう。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 ブリンクと別れ入団試験が行われる会場まで移動してきたルーク。かなりの人数となっているが全体的に若めの印象を受ける。その中でもルークは特に若いのだが。


「これより受付を始めます! 順番に並んで下さい」


 騎士服を着た団員の掛け声により受付が開始される。特に混乱することなく順調に流れていきルークの番となる。


「ルーク・ハルトマンです。年齢は十五、レント領出身です」


 指示のあった情報を伝えていく。基本的な内容が多いがこれらの情報も場合によっては評価の対象となる。身辺調査に用いられるからだ。


「冒険者としての活動経験もある、しかもBランクか。王都の冒険者なら評価は却って下がったかもしれないが、レント領なら信頼できるな。あそこは新進気鋭と呼べる評価の高い冒険者が多いからな」


 ジークと一緒にされたら困るだろうなと苦笑いを浮かべるルーク。謙遜したような驕らない態度がルークの心証を良くしていた。


「受付は以上となる。……年齢はもちろん、身内の件など色々あると思うが自然体で臨めば問題ないだろう」


 最後の一言は小声で伝えられる。さすがにブリンク連隊長の息子であることは分かっているかと、少し申し訳なく思う。気を遣わせてしまったかもしれない。


 受付が終われば次は訓練場へ移動となる。普段実際に使われているその訓練場は広さはもちろん、古びた様子から伝統のようなものを感じる。自然と身の引き締まる思いとなるルーク。


「なぁ? 王都の噂を知っているか?」


「噂なら沢山出回ってるだろ、今の王都は……」


 入団希望者の二人。待ち時間を面倒に感じたのか世間話を始める。


「魔物の襲撃騒ぎがあっただろ? あれは現体制に不満を持った冒険者の仕業だったらしいぜ」


「俺の聞いてる話と少し違うな。ラギアスがやらかしたって話だ」


 これまでの悪はラギアスの一辺倒であったが今では王都の冒険者達が肩を並べている。この話をジークが聞いたらどのようなリアクションを取るのだろうか。


「後はそうだな……黒髪の少年か? 魔物を片っ端から蹴散らしたらしいな」


「それは聞いた。王都の空に大地にと駆け回っていたらしい」


 王都を陰から救った貴族風の少年。助けられた者もそれなりにいて目撃者が多い。


「黒髪は目立つからな。ここにいても不思議ではないが……いないようだな」


「残念なのはラギアスの子息と黒髪が被るってところか」


 黒髪で少年。おまけに貴族となればジークだろうと見当が付く。今度会った時には黒髪少年の英雄譚を伝えて揶揄うのも悪くないかもしれない。


「全員注目! これより一次試験の概要を説明する」


 ざわついていた訓練場が静まり返る。この状況で騒ぎ続ける者はさすがにいないようだ。


「知っている者もいるだろうが、一次試験は試験官との模擬戦となる。勝敗は問わない。諸君らの実力を見せてほしい」


 グループ分けが行われ担当する騎士と順番に模擬戦を実施する流れとなる。


「時間は最大五分。使用する武器に制限はない。緊急時用の回復役は用意している」


 負傷を恐れることなく戦えるということだ。

 

 その後騎士の説明が終わり順番に模擬戦が始まる。ガチガチに緊張している者、小慣れたように剣を振る者、空回りする者など様々であった。彼らに共通して言えることは勝敗が付かなかったことだ。勝敗を求めるのではなく素質を見定めた結果であった。


「次の者、前へ」


「はい! ルーク・ハルトマンです。よろしくお願いします」


 遂にルークの番となる。


「連隊長殿のご子息か……。悪いが手を抜くつもりはない。実力を見せてくれ」


 両者が剣を構え模擬戦が始まる。

 上段からの振り下ろしになぎ払い、刺突に逆袈裟斬りなど基本動作を繰り返す。


(騎士団基本の型を既に身に付けている。連隊長殿の教えか……)


「次はこちらから行く」


 攻守が入れ替わり次はルークが剣を受ける。基本的な動きに加えて我流の剣技を織り交ぜていく試験官。急な型の変化にルークがどこまで対応出来るのか確認するためだ。


(よく見えている。冷静な判断力もある)


 慌てることなく確実に捌いていくルーク。その流麗な動きは演舞のようだった。


「次で最後だ。俺の守りを崩してみろ」


 剣を中段に構え魔力を練る。騎士団に伝わる守りの型と呼ばれる基本的な構えだ。


「……行きます」


 ルークから感じる魔力の流れに変化があったと思ったら、騎士の手から剣は消失していた。ルークの鋭い踏み込みとなぎ払いによる攻撃により、剣は後方へ飛ばされていた。


「……見事だ。一次試験の在り方を見直す必要があるかもしれないな」


 一次試験の合格者一覧にはルークの名前が刻まれていたのは至極当然と言えるだろう。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「今のところは順調といったところでしょうか……」


「そのようだな。特に問題はない」


 一次試験を終え総括のために集まった試験官達。普段騎士として現場に出ている者もいれば、試験監督専門として働いている者など様々であった。


「例年との違いはある……だが俺達の役目は変わらない。有望な人材を見出すのが務めだ」


 入団試験を取り纏める代表の騎士。長髪を縛った髪型。周りよりも高い長身が特徴的な男性。連隊長の立場を持つハーレス・ワイルダー。彼が採用の責任者となる。


「有望という意味なら……ルーク・ハルトマン。彼は逸材と言っても過言ではないでしょう」


 ルークの試験官を務めた騎士の発言に全員が同意する。


「ブリンク連隊長の息子か。決まりとはいえ不要な試験を受けさせるのは心苦しいな」


 実力だけを見れば多くの人材を確保出来るかもしれない。だがそれでは騎士団の本質からかけ離れてしまう。力を持っただけの集団はならず者と変わらないからだ。


「少し疑問なのが、例年に比べて合格者の基準が低いような気がしますが……」


「構わん。それが上からの指示なら俺達は従うのみだ」


 小さな違和感を覚える者も少なからずはいた。それでも一度動き出した流れを変えるのは難しい。小さな者達は役割に徹するしかなかった。


「……騎士を志望するなら覚悟は出来ているだろう」


 小さな呟きに気付いた者はいなかった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「これだけ集まれば十分かな?」


 古びた骨董品のような見た目をした石。それが大量に集められている。一つ一つの石からは大きな魔力を感じる。


「実験とはいえスピリトでのやり方は甘すぎたね。半永久的に使おうと考えるから半端になるんだよ」


 廃村で独り呟く影。応じる者はどこにもいない。


「やっぱり派手にいかないと。死んじゃったけどその分得られた物は大きいよね!」


 積み上げられた、かつては人だった存在。彼らは王都で活動していた元冒険者であった。


「ジーク・ラギアスに復讐出来るなら本望だよね! さて、こっちはこっちで準備を進めようか……」


 魔法陣の構築を始める黒い影。暗がりの影響からか姿は窺い知れない。

 悪意の波が王国に迫ろうとしていた。

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