別れ

第三十二話

 剣による応酬、体術を交えた牽制、魔法による撹乱。実力からして少年とは思えない二人の人間が激しくぶつかり合う。騎士の立会人がいなければ決闘と誤解されても仕方がない状況であった。


 鎧を着た少年の剣に光が集まり眩い輝きを放つ。次第に剣の刀身は伸び巨大な大剣となる。


「セイントキャリバー!」


 相対する黒髪の少年目掛けて剣を振り下ろす。剣筋を見切られ、命中することなく躱されてしまうがそれは想定済み。攻撃の手を緩めることなく連続で振り回す。

 巨大な大剣の質量を無視して扱えているのは実態を持たない魔法で作られた剣だからである。魔法による精密なコントロールと剣術に長けた実力を合わせ持つからこそ成せる技であった。


「やっぱり速いね、僕の剣より!」


 攻撃を止め光の剣を持ち替える。刀身を真下に向け大地へ一気に突き刺す。

 途端に地面が揺れ、足元からは光の柱が立ち昇る。黒髪の少年、ジークの行動を制限するかのように光の柱が現れ、身動きが取れない。

 不規則に放たれた技のように映るが金髪の少年、ルークには光の道筋が見えていた。上手く軌道を読みながら最短距離でジークの元まで駆け抜ける。


「面倒だな……」


「君にだけは言われたくないよ!」


 ルークの右手には光輝く魔力が集まる。夜空に瞬く星を連想させる光のようだ。


「あの時のお返しだ……返すよ――振衝波!」


 ジークの戦闘を間近で見てきたルーク。得られる技は自分なりに改良し体得してきた。


「知らんな、そんなことは……」


 ルークの技がジークを捉えた、かに見えたが一足遅かった。魔力を鎧のように纏い跳躍することで強引に光の柱を突破するジーク。そのジークの背後には無数の氷槍が形成されている。


「剣を手放したのは失敗だったな」


「……魔法は君だけのものじゃないよ。ホーリーランス!」


 ルークも負けじと魔法で対抗するが、即座に発動出来たのは半分程度の規模。物量で押し負けてしまうのは明らかである。


「まだだよ……リラクション!」


 ルークの姿が複数に増えたかのようにブレる。虚像を作り出すことで回避、撹乱を狙う魔法。凌いだ後のカウンターに全てをかけるつもりだ。


「悪くはない。だが相手は俺だ……」


 二人の魔法がぶつかり合う、その直前に戦闘は終わる。ブリンクの合図を確認したからだ。


「両者ともそこまで……。これ以上は模擬戦とは呼べないな」


 互いに魔法を解き、張り詰めた空気が緩まる。


「毎回命懸けだよ。恐ろしい悪魔を相手にしてるようだ」


「ほざけ。戯言を吐く暇があるなら王都に向かえ」


 軽口を交わす二人。関係性を知る者からすれば毎度の光景となる。ブリンクもつい笑みが溢れてしまう。


「ルーク……調子はどうだ?」


「問題ないよ。後は当日次第かな」


 騎士団の連隊長であるブリンクは立場的には入団試験に関わることになる。だが今回は身内が対象者となるため自ら試験官を辞退した経緯があった。


「何があるかは分からない。予定通り早めに出るとしよう」


 休暇を利用してレント領に戻っていたブリンク。入団試験で王都に出向く予定だったルークと共に王都入りする手筈となっていた。


「そうだね。……じゃあ僕は一休みしたらお世話になった人達に挨拶をしてくるよ」


 二人の元を離れてゆくルーク。


「気を遣われたようですね」


「気が早い奴だな」


 騎士団入が決まれば王都での生活が基本となる。新人の間は厳しい訓練と雑用、強制的な集団生活などの自由が無い生活が待っていると言える。今後気軽に帰省するのは難しいだろう。


「……ルークは無事に入団出来るでしょうか?」


「あれで試験に落ちるなら騎士団は終わりだ。……無論、貴様の気掛かりはそちらではないんだろうがな」


 昨今ディアバレト王国を騒がしている事件。その背後にいると思われる謎の組織。未だに王国は手掛かりを掴めていなかった。


「ルークを含む入団希望者が狙われる可能性はあります……」


「だろうな。だがその程度で死ぬならそこまでということだ」


 四年前の出来事が脳裏に浮かぶ。全てを失ったかのような喪失感を思い出すブリンク。あのような思いはもうしたくはない。


「貴様が今考えていることの全てが無駄だ」


「……もちろんです。騎士として国を守るのが私の責務です」


 違う、とジークが語気を強めてブリンクを睨む。


「いい加減理解しろ、あれは特別な人間だ。……そもそも魔力硬化症が発症して一年持ち堪えている時点で普通ではない」


 ジークによると『魔力硬化症』が発症した場合、治療がなされなければ数ヶ月で命を落とすのが通例らしい。


「死ぬはずの奴が生きている。……信じ難いが世の中には特別な人間が存在するんだよ」


 確信めいたジークの言葉に引きつけられるブリンク。未来を見てきたかのような発言だ。


「王都で何かあれば貴様がどうにかしろ。……外での出来事なら俺が終わらせる」


「――! 私はいつになれば貴方に恩を返せるのでしょうか……」


「ふん、勘違いするなよ。俺の名を出す逆恨み集団がいる。そいつら全員に理解させる必要がある。ただそれだけだ」


 表面上の言葉は強いがその裏には優しさが隠されている。それをブリンクはもう知っている。


「……分かりました。ラギアス家や領地内に変化はありませんか?」


 拘束した者達の全員がジークの名を口にしている。それは一種の殺害予告とも取れる。例の組織に真っ向から対立し、叩きのめしたジークだからこそ目の敵にされてもおかしくはなかった。


「それこそ杞憂だ。今更悪化の仕様がないあれを狙ってどうする?」


 領主の息子であり領地に住むジークから見ても態々ラギアス領で事を起こす可能性は低いと言う。被害を受けたところで現状と大した差は無いからだ。


「では狙われるならジーク様ご本人と……」


「二度と思い上がらないよう叩き潰す。徹底的にな」


 何事も無く終わればいい。ルークとジーク。この対照的な二人の少年が、この先も違うことなく肩を並べて歩いて欲しい。そう願わずにはいられないブリンクであった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「公爵家や王都冒険者協会からの礼状か……よくやったジーク!」


 ラギアス領へ戻ってきたジーク浩人。今頃ルークは王都へ向け出立しているだろう。


「立派になりましたね。あなたを誇りに思うわ」


 喜ぶフール父親と涙ぐむノイジー母親。この場面だけを切り取れば感動的な光景だが悪徳夫婦である二人は普通ではない。


「ああ、ラギアス家の株は急上昇だ。目障りな他の貴族共の追従を許さんだろうな」


「沢山の宝飾品が私達を包み込むのよ。なんて素敵なことなんでしょうか」


 相変わらずなフール達を見てげんなりする。どれだけ功績を挙げたところでラギアス家の名声となる。浩人が評価されたくない理由の一つであった。無論、どのような功績であったとしても、それがラギアス家となれば得られるのは名声ではなく醜聞となるのだが。


「それで父さん……この前の頼みはどうかな?」


「私兵団を連れての遠征か……許可しよう。最早ラギアス家の敵は存在しない。多少領地を離れたところで問題ないだろう」


「ジーク、あなたが思うようにしてみなさい」


 本当に馬鹿だなと内心思う浩人。これ以上の恥を晒さない為にも早めに退場した方がいいのではないだろうか。敵は何故領主会談を狙わなかったのか。


「それにしても……ジークももう十五か、早いものだな」


「えぇ、そろそろ縁談の話があってもいいかもしれませんね」 


 世継ぎの話に夢中になる悪徳夫婦。会話に気を取られ周りの様子が見えていないから気付けない。ジークが二人を見つめる視線は何よりも冷たかった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 ディアバレト王国を支える二大組織である騎士団と魔術師団。その団長を始めとした上層部は例の組織に関する会議を連日のように行なっている。日によっては近衛師団やマリア教会、冒険者協会などの外部組織を交えて意見交換を行っていた。


「ラギアスには正式に協力要請は行わない……ですか」


 国の諜報機関でもあるアステーラ公爵家。その一員であるアクトルにも情報は共有されていた。


「増長のきっかけになり兼ねない、と。分からなくもありませんが今更でしょう」


 領地内はもちろん領外の人間にまで蛇蝎の如く嫌われているラギアス家。これまでの汚名を雪ぐことはそう簡単ではない。


(かつては王家の盟友として認識されていたらしいが。増長というのなら当時の王家が原因だろう……)


 役目を与えられ今もその責務を果たしていると言えるラギアス家。だがその実態を正しく認識している者は今ではほとんど存在しない。現当主であるフールですら怪しいところだ。


「しかし宜しいのでしょうか? 戦力としてなら申し分ないかと思われますが?」


「あれを使おうなどと考えてはいけません。自由に動かした方が賢明です」


(そう、あれは災厄だ。それを正しく認識せずに近付いた者は消される)


 身をもって体感したアクトル。あのような存在が国の貴族として存在することは寒心に堪えない。


「ラギアス家の監視はこれまで通りです。ジーク・ラギアスの方は……今はいいでしょう」


(何か手を打たなければ。後々国を揺るがす存在になりうるかもしれない)


 描いていた未来の筋書きが狂い出していた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 王都を少し離れた廃村。移住計画により打ち捨てられたかつての寒村に複数の人間がいた。


「どうして俺達はこんな場所にいるんだ……⁉︎」


「……知るかよ。冒険者協会は俺達じゃなくてラギアスを選んだってことだろ」


 王都で活動していた元冒険者達。資格を剥奪され行き場を無くした者達が仕方なく潜伏するように選んだ場所が今いる廃村であった。


「これじゃあ盗賊じゃないか……」


「嫌なら王都に戻るか、地方の冒険者として一から始めるんだな」


 市民を始め騎士や魔術師、かつての同僚にまで向けられる侮蔑の表情。罪人ではないため王都で生活しても問題はない。だが多くの者から感じる視線に耐えられなかった。


「王都に戻る選択肢はない。下手をすれば火消しに使われるのが落ちだ」


 冒険者協会の処分内容に納得しないという声も多く上がっていた。方針が変われば資格剥奪だけではなく罪に問われる可能性もあったのだ。


「ジーク・ラギアス。奴だけは許せねぇ」


「……それに関しては同感だ」


「全員で囲うか? いや、他にもっと……」


 この場にいる複数の元冒険者達。意見や考えの違いはあるがジークに対して強い恨みを持っている点は同じであった。――だから容易く利用されてしまう。


「フフッ、可哀想な人達。そんなみんなに価値を与えてあげるよ」


 暗闇で妖しく光る瞳。視線に呑まれた彼らが意識を取り戻すことはなかった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「ジーク様、この前のお話は……?」


「許可は下りた。全員準備しておけ」


「承知しました。……それにしてもよく許可が出ましたね?」


「時間の問題だ。精々次の働き口を探しておくんだな」


 ラギアスの悪童が静かに動き出す。

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