第三十四話

 一次試験が終了して数日が経過した。騎士、魔術師それぞれで合格者の発表があり、試験を突破した一同が集められていた。


「それではこれより二次試験の概要を説明する」


 試験官を務める騎士団側の人間が順序立てて説明を行う。例年と比べ大まかな変化はないが、異なる部分があるとすれば合同で試験が行われる点だろう。


「我々の方で事前に班分けをしている。一つ一つが小隊となり魔物の討伐を行ってもらう。いわゆる野外演習、それが二次試験となる」


 多少のばらつきはあるが基本的には騎士、魔術師側でそれぞれ二名ずつ計四名の組み合わせ。そこに試験官が二名付く形となる。

 六名からなる小隊で行う野外演習。新人にも満たない受験者からすればかなりハードな試験と言える。


「諸君で魔物を全て倒せというつもりはない。上官の指示の下行動してもらう。それに対する結果が試験の評価対象となる」


 より実戦を想定した試験を行うのは、入団前の一種の通過儀礼である。魔物を前にした時にどこまで行動出来るのか。恐怖に抗い己を鼓舞出来るのか。

 実力があってもそれを活かせないなら意味は無い。騎士や魔術師として活動するなら、遅かれ早かれ命の危険はあるのだ。恐怖と向き合い己を知る機会は実戦でしか得られない。


「それでは班分けを発表する。それぞれで纏まり試験開始までの時間を有意義に使うように」


 発表された班分けに従い人溜りが出来る。ルークは第一小隊として試験に臨むことになった。


「どうやら、俺達が同じグループらしいな」


「そうね。基本通りの四名ということかしら」


 魔術師志望の二人は共に杖を携帯している。一人は眼鏡を掛けた神経質そうな男性。つり目がちの目からは少し気難しい印象を感じる。一方は整えられた綺麗な髪をした女性。自信の表れか泰然とした雰囲気が特徴的だ。


「おいおい、こっちには優等生がいるじゃねぇか?」


 ルークを見ながら発言した騎士志望の男性。長身ではあるが比較的細身な体型。ひょろっとした枯れ木を連想させる。


「どういう意味だ?」


「騎士団連隊長の息子さんだとよ。しかも十五歳ときた。随分と敷居が下がったもんだな」


 因縁を付けるようにルークの説明を始める枯れ木。周りに聞こえるようわざと響くような声を出しているようだ。


「ふーん。なら実力は申し分ないわけね。期待してるわ」


「あ? 聞いてなかったのかよ? こいつはコネ組の坊ちゃんなんだよ」


 髪をかき上げながら枯れ木に向き合う女性は見下したかのような視線を向ける。


「バカね。彼がどのような人間かは関係ないのよ。実力さえあればいいの」


「同感だな。二次試験突破の鍵は小隊として成り立つかどうかだ。……そもそも縁故採用があったとして、それが何か問題あるのか?」


 思わぬ発言に目を白黒させる流木。ルークはルークで少し気の毒に感じていた。


「元気を出してください。……えっと、ガーリーさん?」


「予想して名前を呼んでんじゃねーよ! 俺はスキニーだ! 覚えとけ」


 結果的に自己紹介の流れになったことから一人一人が発言する。


「俺はナハルだ。魔術師志望だ」


「カルムよ。同じく魔術師志望ね」


「僕はルークです」


 全員に距離感があるのは仕方がない。そもそも初対面なのだ。


「初めましてって感じは懐かしいね。僕も当時を思い出すよ」


「引退した身からすれば、随分と昔で思い出せませんな」


 試験官の二人が合流する。一人は年配の騎士。魔術師の方は茶髪の髪を流した男性。ジークと面識がある魔術師団所属のヨルン・グリンであった。


「これはまた大物だな」


「えぇ、期待の表れかしら」


「そうだね。僕を前にしても変わらないその態度は大物かもしれないね」


 笑顔で少量の毒を吐くヨルン。毎年のように同じやり取りをするのは上席の性なのかもしれない。


「げっ、爺さんが担当かよ⁉︎」


「若いのぉ……オーパじゃ。よろしく頼む」


「ルークです。よろしくお願いします」


 一次試験でスキニーはオーパにあしらわれている。全力で挑むも、のらりくらりと剣をいなされ苦い経験をした記憶は新しい。


「これで第一小隊は全員だけど。後の流れは説明にあった通りだよ」


「左様。王都を南に進んでいくと大きな平原が広がる。そこが試験兼演習の場となる。老体にはキツいの……」


 徒歩で現地まで向かい、魔物との戦闘を含めた野外演習が目的となる。小隊で分かれて試験に臨むが活動自体は同じ平原となる。


「う〜ん。二人は普通で一人は微妙。そして最高と……騎士団ばかりずるいなぁ」


 色々な思惑が絡み合う二次試験が始まろうとしていた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 各小隊は演習場所を目指して進んでいた。それなりに距離があり移動だけでも骨が折れる。脱落者はいないが、例年何人かはたどり着く前に力尽き不合格となっていた。


「遅れておるぞ、スキニー」


「俺は頭脳派なんだよ……」


 移動の過程で魔物との接敵があれば試験官の判断によっては戦闘となる。王都を出てからの全てが試験と言える。


「若いんだから頑張らないと。それ、ワンツーワンツー」


「……馬鹿にしやがって」


 ナハルやカルムからは特に発言は無い。二人とも不要に体力を消耗しないよう気を付けているようだ。一方のルークは常に索敵を行なっていた。周囲の気配を探り、いち早く行動出来るようにと。


「後どれくらいで着くんだよ?」


「お馬鹿さんだね。そんな口の利き方で大丈夫?」


「毎年一定数はいますからの……たわけ者は」


 何気ない会話のようだが、試験官の二人はしっかりと一人一人を観察している。歩くことに精一杯な者、行進をただの移動としか捉えていない者、そして小隊としてではなく、単騎で試験に臨んでいる者。

 連携、協調性という観点からは全員プラスとはならない。


「! 前方に魔物の気配があります。二体です」


 スキニー達三人は慌てたように武器を構える。口や態度で見繕ったところで恐怖は拭えない。実戦を繰り返すことで確かな自信となるのだ。


「……早いの。種はタイニーウルフですかの?」


「そうですね、さてどうしようかな?」


 ヨルンが受験者達に視線を向ける。


「じゃあ、君達……何かやってみて」


「はぁ⁉︎ 何だよそれ! 指示をくれるんじゃないのかよ」


「……同感だ。聞いていた話と違う」


 ここにきて久しぶりにナハルが発言する。冷静に見えるが目は泳いでいた。カルムも似たような反応である。


「指示がなければ、話と違えば……君達は死ぬの?」


 目視出来る範囲にまで魔物は迫っている。四足歩行の犬型の魔物。体は小さいが素早く、鋭い牙や爪を持ち合わせている。


「……僕が行きます。みなさんは下がっていてください」


「お、おい、無茶するんじゃねーよ⁉︎」


 スキニーの静止を聞かず前へ出るルーク。タイニーウルフ達はルークを目標に定めたのか一直線に向かってくる。


「リラクション」


 ルークの姿が複数に増え、タイニーウルフは混乱し脚を止めてしまう。そこが運の尽きであった。

 ルークの鋭い斬撃に二体のタイニーウルフは反応出来ずに首を刎ねられる。自慢の素早さが活かされることはなかった。


「うむ……綺麗な剣捌きであった」


「さすがに簡単過ぎたかな?」


 スキニー達三人は未だに緊張状態から抜け出せていない。経験の差が表れていた。


「ありがとうございます。……ナハルさんかカルムさん。お二人は火属性の魔法は使えますか?」


「火属性の魔法? もう戦闘は終わったはずでしょ……?」


「魔物の死骸はきちんと処理しないと、他の魔物が集まってくるんです」


 魔物の処理の重要性を説明するルーク。冒険者としての活動で得た知識だ。


「理解は出来るが……試験前に魔力を消費するのはな」


「これも試験の内と思われます。……指示はありましたからね」


 ハッとなる受験者の三人。指示の下行動してもらう。確かに試験前の説明にあったことを思い出す。


「気付いていたんだね。まぁ大したことでもないけど」


 ヨルンの魔法により魔物の死骸は圧縮され散り散りとなる。


「これは、多属性魔法……?」


「さぁ、行くよ。時間は有限だからね」


 三人の目の色が変わる。彼我の差を認識した瞬間であった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 王都の南に位置する広大な平原。イグザ平原と呼ばれる場所に小隊は到着していた。遠くを見渡せば他の小隊も目に入る。


「さて、ここからが本番だよ」


「魔物の数が大きく増える。まさに演習にはもってこいじゃな」


 道中でも魔物との戦闘はあった。初陣とは違い、四人全員で連携を取り確実に対処していく。ヨルンの言動がスキニー達の意識の変化に繋がったようだ。


「……よし! 気合い入れていくぞ」


「気合いは十分そうだが、もうボロボロじゃないか……」


 戦闘能力以前にスタミナはダントツで最下位のスキニー。今にも折れてしまいそうだ。


「そうね。後方支援に回った方がいいんじゃない。ルークはどう思う? ……ルーク?」


「……少し妙じゃありませんか?」


 平原の遠くを見つめるルーク。ここまで慌てることなく冷静な対応をしてきたルークにしては珍しく、緊張感が伝わってくる。


「イグザ平原は魔物が多くて有名のはずですが……それにしては静か過ぎます」


「確かにの。毎年試験をしとるが……これは」


 イグザ平原までは魔物を確認できた。たが今は視界に入らなければ気配も感じない。


「……ん? 空に何か上がってるな」


「⁉︎ 何かじゃないわ……あれは魔術師団で使っている魔法による信号じゃないの……?」


「よく分かったね。あれは非常事態を知らせる合図だね」


 第一小隊から見て西側に位置する方角からの合図。別小隊の試験場に該当する。


「そんな悠長に構えてる場合かよ⁉︎ 助けに……」


「どうやら、そんな余裕はないみたいです」


 ルークの索敵に反応がある。大量の魔物の気配が第一小隊を目指して移動してきている。接敵は時間の問題だ。


「嘘だろ……あれだけの魔物が急に出てくるなんて」


「狼狽えても仕方ないでしょ。ここからが本番って言ったよね?」


「クソが! お前分かってたなッ⁉︎」


 全員が武器を構える。

 ルークとオーパが前衛。ヨルンとスキニーが中衛となり、ナハルとカルムが後衛を務める即席の隊列。セオリー通りの配置と言える。


「とりあえず魔物を倒しながら中央を目指すよ。この広い平原で分断は不利だ」


「老体には堪えるがそうも言ってられんの……スキニー! シャキッとせんか」


 前方から迫る魔物の大群。イグザ平原には生息していない魔物ばかりである。


「こちらから仕掛けます! 貫け、ディバインアロー!」


 ルークの魔法を口火に戦闘が始まる。それは終わりの見えない長い戦いの始まりであった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「ゴホッ……もう魔力がない」


「私もよ。生きているだけでもマシなのかしら……」


 戦闘をこなしながらイグザ平原の中央まで移動してきた第一小隊。何とか他の小隊と合流することが出来たが、スキニー達は満身創痍だった。


「上手くしてやられたようですな」


「そうですね。例年より試験通過者が多いとは思ったけど」


 中央に移動しながら戦っていた各小隊。その小隊を追うように集まる魔物。そして魔物の背後から現れた騎士や魔術師。増援にしてはタイミングが良すぎた。


「? 俺達を助けるために来たんだろ?」


「それにしては数が多過ぎます。あれだけの人数を急に増援として送るのは……」


 全ての小隊が中央に揃っていることは確認できた。だが全員の安否は定かではない。小隊だけを見れば出発前と比較して明らかに数を減らしている。


「分からないかい? 僕達は体よく囮に使われたんだよ」


「中央に集まったところを、背後から効率良く叩くためですか」


 驚愕の表情を浮かべる周囲の受験者達。疲労でぐったりしていたスキニーも飛び跳ねるように起き上がる。


「はぁー? 何でそんなことになってるんだよッ⁉︎ というかお前知ってたんじゃないのかよ?」


「僕やオーパさんは二次試験からの応援組で入団試験の実態は知らされていないよ。一応僕、偉いんだけどね……」


 入団試験を取り仕切る者達の思惑による可能性が高いと述べるヨルン。場合によっては更に上からの指示かもしれない。


「若者達の夢を壊すようで忍びないが、これが組織というものじゃ。それだけの非常事態がディアバレト王国に起きようとしておる」


 イグザ平原には存在しない魔物の襲撃。先日起きた王都での魔物騒ぎを否応無しに連想させる。


「敵さんが仕掛けてくると読んで兵を集めていたんだね。やってくれるなぁ……」


「しかし、襲撃は一段落したのだろう? 色々思うところはあるが危機は脱したはずでは?」


「そうね。いくらなんでも入団前にこれだけのことはキツいわ」


 憔悴しきった者が多いが命は助かった。やっと王都に帰れると安心した表情をしている者も多数存在していた。


「おい、ルーク? お前はさっきから何で突っ立ったままなんだよ……まさか」


「はい、僕は索敵にはそれなりに自信がありますが……魔物特有の嫌な気配は消えていません」


 ふざけんなよ!と声を上げるスキニー。意外とまだ折れないのかもしれない。


「ルーク……魔力はまだ持ちそう?」


「はい、まだ余力はあります」


「悪いけど、戦力に数えさせてもらうよ。この子達を守りながら戦うのは結構大変だからね」


 後方に陣取っていた部隊に魔物が迫る。遠くから見たそれは黒い大波のようだった。

 増援部隊と小隊に受験者達。全てを巻き込んだ乱戦となってゆく。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「ハーレス連隊長、この数は当初の想定からかけ離れています」


「分かってる! 口を動かす前に体を動かせ」


 今回の入団試験の裏には一部の上層部と諜報機関が関わっていた。表向きは騎士団、魔術師団合同での入団試験。直近での非常事態を鑑みて、組織間の連携を強めるという理由付けがされていた。


「こっちにどれだけの被害が出たと思ってる⁉︎ 上の連中は何を考えてやがる」


 作戦の実態を知らされた時は驚愕したハーレス。理屈は理解出来るが、少なからず被害は生まれることは明らかであった。それでも指示通りに動いたのは、小を捨てて大に就くという精神からであった。


「これじゃあ全部捨てることになるぞ……」


 巨大なゴーレムの行進に吹き飛ばされる騎士達。グリフォンの上空からの飛来により魔法を撃てない魔術師達。増援部隊を突破した魔物は、戦場を知らない素人を含む小隊に向かって突き進む。

 応援に行くことが出来なければ撤退も不可能に違い。


「連隊長! このままでは……」


「恨むぞ……くそ上司共……!」


 ハーレスの部隊に魔物が押し寄せる。個々の能力以前に魔物の数が多過ぎる。迫り来る高波に飲み込まれそうになるその直前に変化が現れる。


「「ナブラサイクロン!」」


 強烈な風魔法が高波を吹き飛ばす。魔物達は抗う術もなく嵐によって消されてしまう。


「連携魔法……⁉︎ どこの部隊でしょうか?」


「いや、家紋が印された鎧を身に付けている。あれは……あり得ん⁉︎ ラギアスの家紋だと⁉︎」


 ある意味では有名な家紋。知名度だけで言えば公爵家にすら引けを取らない国中で最も嫌われている貴族。そのラギアスの私兵が何故かイグザ平原に現れていた。


「我らはラギアス私兵団! 主人の命により助太刀致す。総員……かかれーー!」


 おおぉーーという掛け声と共に五十人近くいる兵士達が一斉に魔物に突っ込んでゆく。剣に魔力を纏わせた斬撃により魔物を斬り刻む者がいれば、水魔法による高圧噴射によって魔物をまとめて射殺す者。連携による魔法で広域殲滅する者など様々である。


「分かっているな! 我らの主人に恥をかかせるな」


 一人一人の戦力と士気が異様に高い。押されていた戦線を押し上げる活躍を見せている。戦況は一気に変わっていた。


「馬鹿な……あれだけの兵力を何故ラギアスが所有している? そもそもこの場にいる目的は何だ?」


 空を飛び回るグリフォンを始めとした飛翔型の魔物は軒並み撃ち落とされ、ゴーレムのコアは槍によって貫かれている。勢いに気圧され逃げ出す魔物もいるくらいだ。


「国の象徴である騎士団や魔術師団に劣らない戦力……。ラギアスは……国に戦争でも仕掛けるつもりなのか?」


 ハーレスは目の前の魔物のよりもラギアス私兵団の方が余程恐ろしいと感じた。下手をすれば本当に戦争になり兼ねない。それだけの脅威を示していた。


「怪我人を確認したら直ぐに治療しろ! 一人も死者を出すな。誰も死なすなとの御命令だ!」


 戦場を駆け回りながら回復魔法を施す者がいれば、剣と魔法を当たり前のように扱う兵士が大多数を占めている。分業という言葉はラギアスには存在しないのだろうか。


「ダメだ……考えたら終わりだ。今はいい、この場を切り抜けることだけを考えるんだ」


 原作ではあり得なかった国軍とラギアスの共闘が繰り広げられていた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 戦場が騒がしくなり始めた頃に一人の少年が佇んでいた。戦場には似つかわしくない貴族を思わせる豪華な服装。腰には飾り気のないシンプルな剣。そして目の前には魔物の大群。竜種を含む討伐難易度Aランクの魔物が押し寄せていた。


「悪いがここから先は通行止めだ。……あいつの邪魔はさせん」


 言葉に頷く魔物は皆無だった。


「死にたくなければ引き返せ……まぁ全て消すがな」


 絶対的な力を前に抵抗出来た魔物もまた皆無だった。残されたのは冷気に呑まれて息絶えた亡骸のみであった。

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