第二十一話

「待て待て待て⁉︎ 俺だよ俺ッ!」


「ちょっと待ちなさいッ⁉︎ その魔力は冗談では済みませんよ!」


「賊に対して冗談を吐くバカがいると思うか? 真正面から堂々と攻めて来たことだけは誉めてやる」


 咄嗟に二人は魔力を練る。攻撃のためではなく自己防衛が目的だ。


「その貧弱な魔力は……賢者の部下共か」


「貴方は……。まったく、人を魔力で判断しないで下さいよ」


「マジでな。久しぶりの再会で戦闘とか無いだろ普通」


「ハッ、俺と貴様らで戦闘が成り立つと本気で思っているのか?」


 ジークから感じるプレッシャーは霧散した。やっと落ち着いて会話が出来そうだと胸を撫で下ろす。


「……少しは丸くなっているのかと思いましたが。まあ、いいでしょう」


「そこはまだまだ坊主ってことだな」


 ジークのような不遜な態度を取られれば衝突してもおかしくはない。だが二人はジークの人間性を理解していた。三年前の短い時間ではあったが共に未開のダンジョンを探索し、窮地を救ってもらった。

 言動の裏に隠された他者を思う優しさを二人は知っているのだ。


「俺を暇潰しに使うか? 随分と偉くなったものだな」


「そんな訳ないでしょう。用も無いのに来ませんよ……ここには」


 ジークに対して悪感情を抱いてはいないが父親、ラギアス領主は別だ。黒い噂が後を絶たない領主貴族であるフール。

 国直属である騎士や魔術師である二人の耳にも定期的に入ってくる話題だ。……もっともここ数年は本人だけではなくその子息の話題も増えてきていたが。


「今の時期は色々と忙しんだろ? 領主様は」


「俺は……領主ではない。全ての考えが共有されている訳ではない」


「……少しセンシティブな話題でしたね……失礼しました」


 色々と世間で悪く言われている父親のことを考えれば、あまり触れていい話題ではなかったのかもしれない。場の空気が少し湿っぽくなってしまった、とマルクスは思うが浩人はまったく気にしていない。

 あれと一緒にするなと言いたいところではあるが、何処に耳があるか分からない。下手なことを言ってフール達に伝わるのは面倒なので表立って否定はしない。


「ですが父親としては鼻が高いと思いますよ。何たって最年少ですからね」


「ああ、大物を狩り続けてるらしいしな。知り合いの冒険者からもよく聞くぜ」


「くだらん媚び諂いはよせ。……同ランクの奴は他にもゴミのようにいる」


 冒険者活動はあくまでも資金集めの一環に過ぎない。効率良く金を集める手段として都合が良かっただけであって、地位や名誉に執着しているつもりはない。寧ろラギアス夫妻が自分の手柄のよう誇らしげに振る舞う様子を鬱陶しく感じるくらいだ。


「謙遜か? いや、坊主の場合は嫌味か」


Aなんて数える程しかいません。そういうところを直さないからラギアスの悪童と呼ばれるんですよ。……もちろんBランクも十分凄いですけどね」


「嘆かわしいな。これが国の騎士や魔術師か。情報収集もまともに出来ないのか? 俺はBランクだ」


 冒険者協会が決めた評価に興味など無いがなと吐き捨てるジーク。


「……? 話が噛み合いませんね。貴方は先日Aランクに昇格したではありませんか?」


「王都にまでその話題は届いてるぜ。俺もあやかりたいものだな」


「…………は? 何を言っている?」


 マルクスが言うように話が噛み合わない。自分はBランクだと認識しているが二人が嘘をついているようにも見えない。そもそも嘘をつく理由がない。


「アステーラ公爵家の推薦が一番の理由でしょうね。……アピオンのことは伺っています。僕達が来たのはそれが関係しています」


 ジークの顔から表情が完全に消えた。普段はどこか不機嫌そうな顔をしているが今はそれが無い。感情が消滅していた。


「そうか…………奴らは俺に喧嘩を売っているのか」


「⁉︎ おいッ、何で急に殺気を飛ばしてんだよ⁉︎」


 完全にハメられたと内心で悪態付く。Aランクへの昇格は実力だけでどうこうなる問題ではない。多くの実績を積み優れた人間性を持ち合わせている、そして複数の支部長からの推薦がなければ成り立たない。

 ジークが条件を満たしているのは実績のみで他は絶望的だ。自分には関係無いと端から眼中に無かった。それが本人が知らない所で昇格していた。確実に公爵家が、シエルの兄が絡んでいると容易に想像が付く。


「その様子からすると……まさか知らなかったのですか? 通常、今回のような特例案件は関係者を含めて打ち合わせがなされるはずですが……」


 その打ち合わせの場にジークは呼ばれていない――訳ではなかった。冒険者協会から何度も連絡は来ていたがその書状は凍りついて砕けた後だ。


「あの陰険は処分する。このままタダで済むと思うなよ」


「……何も聞いてませんよ私は」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 場所は変わり現在は応接室にいる。あのまま話を続けてもストレスが溜まる一方だった。気分を変えようと移動したら既にお茶が用意されていた。なんとも優秀な使用人達である。


「お茶に焼き菓子、それにこの食器。どれも高級な物ですね」


「よく分からんがやっぱり凄えな」


「そんなことはどうでもいい。さっさと要件を話せ」


 普段であれば悪態の一つや二つが自然と出るが今は先に話を聞いておきたい。国に属する二人がわざわざこのラギアス邸にまで尋ねてきたのだ。碌なことではない。


「先程も触れましたがアピオンの件になります。国は今回の事態を重く受け止めています」


 マルクスの話し振りからして情報の伝達はされているようだ。シエル達がしっかりと役目を果たしたらしい。


「物は言いようだな。初めは情報を隠蔽していたくせにな……反吐が出る」


「……滅多なことを言わないで下さい。人の数だけ考えもあるのですから」


 ジークが言うように当初国は情報の規制を行った。不確定な情報が広がれば却って混乱を招く恐れがあるからだ。だが別の捉え方をすれば都合の悪い出来事を隠蔽したとも取れる。――少なくともゲームでは今回のような話は出てこなかった。


「アピオンの住民には知れ渡っているからな。今更隠すのは無理だろ。それに被疑者が捕まったのもデカい」


 ゲームと大きく違うのはその点だろう。

 裏設定または外伝のような形でアピオンの騒動が語られていた可能性はある。経緯は不明だがそこでシエルが神聖術に目覚めた――だが犯人を捕らえることは出来なかった。結果的に原因不明のまま情報を隠蔽した……という流れかもしれない。

 側近であるゴルトンやシュティーレは作中で登場はなかったし、そもそもアピオン自体が登場していない。


「素直に供述するとは思えませんが……やりようはいくらでもありますからね」


 シナリオが変わった可能性はある。目の前の二人がいい例だ。ゲームではグランツの部下達は全員死亡していた。


「ふん、そう都合良くいくとは思えんがな」


「確かにそうでしょう。……ですが貴方の功績は大きいと思いますよ。そもそもが表沙汰に出来ない案件だった訳ですからね。本来であれば勲章ものでしょう」


 何らかの形で敬意を表する必要があり、それが冒険者ランクの昇格だったのではないか。


「余計なことを……あの女に全てを押し付けておけばよかった」


「やっぱり知り合いなのか? 複雑な立場だったらしいが……今もまた複雑になったみたいだぜ」


 公爵家の煙たい存在がここにきて大きく台頭する結果となった。巷ではアピオンを救った女神という話まであるという。


「話が逸れましたね。都市一つを呪いで落とす程の存在ですから楽観視はできません……個人ではなく何らかの組織が背後にいる可能性が高い。そしてここにきて領主会談です」


 一瞬何だそれと思うがフールが何か言っていたなと思い出す。


「領主全員が集まるのは数年振りらしいからな」


 今回の騒動が理由ではなく元々予定されていた会談となる。隣接する領地同士では定期的に会談が行われているが全体で行うとなれば自ずと取り扱う議題も大きくなる。


「各地の領主達は準備に追われているのでしょう。領主同士はもちろん、他の貴族への根回しも含めてね」


 だから二人はこのタイミングで来たのかと納得した。領主は不在だろうと当たりを付けて。


「アピオンの騒動でエトラの領主も被害に遭っている。敵の狙いが分からない以上今回の会談が標的にされる可能性は十分あるって訳だ」


 国の主要人物達が一堂に会する。狙いがそこならまさにかっこうの的だ。


「会談は王都で行われます。形式上会談の初めは陛下も参加されます。……ここまでくれば何を言いたいか分かりますね」


「公爵家は坊主の事を評価している。騎士団や魔術師団もダンジョン調査の件は知っている。Aランク冒険者っていう肩書もあるから国としては冒険者協会も巻き込みやすいって寸法だ」


 二重三重と策が用意されている。くだらないと一蹴することは可能だが浩人にはそれが出来ない。断ればフールに伝わり結果的に顔に泥を塗ることになる。

 浩人としてはフールの面子が潰れたところで何とも思わないが確実に反感を買い後々面倒なことになりかねない。

 誤解が含まれてはいるが、こちらが嫌がることをよく理解していると言える。


「……クククッ」


「……何だよ急に笑い出して。気味が悪りぃな」


 静かに堪えるように笑うジーク。二人が見たジークの笑顔は不気味なものだった。


「ここまでコケにされたのは初めてだ。……さて、どうしてくれようか」


 楽しそうに笑みをこぼしているが周りからすればまったく笑えない。悪党が何かを企んでいるようにしか見えないからだ。


「いいだろう。護衛だろうが何だろうがやってやる。……この俺を動かすわけだ。対価は払ってもらうがな」




✳︎✳︎✳︎✳︎




「変化があったのは約三年前から……ですか」


 シエルの異母兄、アクトルは継続してジークの身辺調査を行っていた。

 国の諜報機関でもあるアステーラ公爵家は以前からもラギアス家の調査をしていた。領民へ対して過度な重税を課すことで有名なラギアス領主。わざわざ調べなくとも黒い噂は絶え間なく入ってくる。にも関わらず定期的に監視を行なっていたのは別の理由があったからなのだが。

 その過程でジークについても調べていたが特筆するような点は無く、フールの息子でしかなかった。両親の意思を継いだ強い選民思想の持ち主であった。


「……護衛依頼に素直に応じるでしょうか」


「応じますよ彼なら。……それにラギアス領主には先んじて要請済みですから」


 他者との関係性はともかく両親に対しては恭順のようだ。だからこそ思惑通りに動くと読んだ。


(手痛いしっぺ返しが怖いところではあるが……)


「調査は継続してください。護衛中の彼の動きも見逃さないように」


 国を揺るがしかねない程の騒動が発生したのだ。本来であればそちらに注力するべきなのだが、アクトルはそれを良しとしない。

 ある種の直感と言ってもよい。何かが囁くのだ。ジーク・ラギアスから目を離すなと。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「ハァーーーア!」


 茶髪の少年が剣を構え魔力を練り上げる。込められた魔力は次第に熱を帯び赤く色が変化する。


「今度こそ!」


 少年の周囲に熱気が伝播し陽炎が立ち上がる。

 やがて練り上げられた魔力は収束し剣へと集まる。――発動の合図だ。


「いっけぇーーー!」


 渾身の一振りを放つ……が。収束した魔力は霧散し辺りには静寂が訪れる。どうやら失敗に終わったようだ。


「くそッ! 何で上手くいかないんだよ……」


「バッカモーーーーン‼︎ 何度言えば分かる! 余計なことを意識するからそうなるんじゃ!」


「お、俺は別にそんなことは……」


「……会ったこともない相手に何を焦っておる? そんな暇があるなら剣を振らんか愚か者が」


 図星を突かれ思わず口籠る。意識しないよう言葉にはしていなかったが、他者に指摘されることで自身の中で明確になってしまう。


 懐かしい記憶に浸りながら意識が覚醒していく。三年前の当時を思い出していた。

 

(夢か……よく怒鳴られてたよな)


 今でも一人前とは言い難いが成長したと自負している。皆を守れるよう強くなったつもりだ。


(親父達とは別行動か……。せっかくだし王都でお土産でも買っておくかな)


 王都での取引が予定されているため父親達とは別行動を取っている。

 商談は苦手……というよりはそもそも任されていないが、護衛ということなら慣れている。

 商会のメンバーも家族同然。必ず守ってみせる。

 

 青年へと差し掛かった茶髪の少年。子供っぽさが影を潜め、落ち着いた雰囲気を漂わせるようになった、かもしれないと自分では思っている。


『ウィッシュソウル』の主人公であるヴァン・フリークが王都に向かおうとしていた。


 様々な思惑が絡み合いながらも物語は進んでゆく。

 





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