主人公と悪役と
第二十話
「ジーク様。冒険者協会より便りが届いております」
豪華な家具を所狭しと並べた一室に浩人はいた。惜しみなく
落ち着かないから最低限の家具でいいと遠回しに断ったことがあったが認められずに現在に至る。貴族には相応しい環境で生活をする義務があるのだとか。
「寄越せ」
使用人から手紙を受け取るが内容は確認しない。先日のアピオン関係のことだと想像が付くからだ。
(公爵家もそうだけど冒険者協会の連中も卑怯だよな)
自分達は仲介をするだけ、といったスタンスを取りながら、事が終わった後でその他諸々を確認してくる。何とも都合が良い連中だと辟易する。
(そんなに知りたいなら公爵様にでも教えて貰えよって感じだな)
魔力を込め手紙を凍結させる。その後手紙は音も立てずに散って消えてゆく。その様子はキラキラと舞う細氷のようだった。
「お返事は……宜しかったのでしょうか?」
「放っておけ。どうせくだらん内容だ」
所詮Bランク。腐るほどいるから他を当たれと相手にしない。使用人からすればBランク冒険者は名誉な事なのでは、といった形で認識に齟齬が生じていた。
「畏まりました。本日のご予定は如何されますか?」
「……両親はどうしている?」
「お二人で外出されています。……しばらくはご不在のようです」
それなら都合が良いと席を立つ。
ラギアス夫妻との関係は良好だ――表面上は。
二人の目があるうちは下手なことはできない。優秀で従順な息子でなければならない。見限る前に目を付けられては面倒だからだ。
「兵士達は演習場で訓練をしている最中かと思われます」
「ふん、気晴らしにはちょうどいいか」
邸を出て演習場へ向かう。
フールが雇っている私兵の数は決して多くはない。領民から巻き上げた税金を領地経営に回せばかなりの人間を雇うことができ領地還元へと繋がる。――だがそれは絶対にしない。
あくまでも最低限のみで残りは全てラギアス家の為に使用するのだ。
(極端過ぎるよな。実は裏で何か企んでいるとかの方が信憑性が湧くんだけど……何も無いんだよな)
過去に調べたことがあったが本当に情報は出てこなかった。何かに取り憑かれたかのように金集めに勤しんでいただけであった。
領地経営に税金を回さないのであれば必然的に使用人や兵士達へ支払われる対価は低くなる。平民に金は必要無い。それがフールの基本思想である。
労働に対して報酬が少なければどうなるか。武力や士気は低下し仕事の品質も落ちる。
結果的に領地経営に支障を来たし自らの首を絞めることになる。原作ではそこに気付けず破滅への道を辿るきっかけとなってしまったのだ。
演習場まで移動してきた
剣や槍を力強く振る者がいれば、魔力を練り多彩な魔法を放つ兵士もいる。
彼らに共通して言えることは練度が高く士気の低下が見られない点だ。フールから不当な扱いを受けているにしては全員が真剣に訓練を行っている。
(よくやるなこいつら……俺なら適当に流すのに)
彼らに限らず浩人も同等以上に鍛錬を積んでいる。貴族の一員として領地を守る為に……といった考えはまるで無く、単に自分が生き残る道を模索した結果、強くなるしかないという考えに至ったからだ。
兵士である彼らは任務によっては命の危険があるが必ずしも死ぬ訳ではない。ジークと違いストーリーの都合で退場することは無いのだ。だからこそ上手く立ち回ってラギアス家が取り潰されるまでやり過ごせばいいのに、というのが浩人の考えだった。
どれだけ訓練を続けたところで所詮は領主が雇った私兵に過ぎない。しかもラギアス領地だ。
作中では詳しく語られていなかったがフールが雇い主である以上大した実力は無かったのだろう。必死に訓練を続けているようだが、良くて他領の私兵と同じくらいの実力だと浩人は認識していた。
「訓練止め!」
指揮官の合図で兵士達の動きが止まる。どうやら訓練は終わったようだ。
一人の兵士がジークの方へ向かって歩いてくる。
「来る日も来る日もよく飽きないな」
「日頃の鍛錬を蔑ろにしては実戦で成果を出せませんから。……我々は凡人です」
「よく自己分析が出来ているじゃないか。そのまま死なないよう精々励め」
声を掛けてきた兵士は三年前にノルダン原野の任務で分隊を率いたシモンだ。当時は分隊長レベルの扱いであったが今では私兵団全体の指揮を取るほどの出世を遂げている。
本人の力量も出世の要因の一つではあったが何より大きかったのが異常種の討伐だ。討伐した魔物の遺体を遺棄せず持ち帰ったことから結果的に多額の報酬を得られた。――雇い主であるフールが。
兵士一人一人に興味はないが金を呼ぶ存在は目に入る。要は験担ぎとしてシモンを出世させたのだ。
(給料は少ないしバカな理由で出世させられたり大変だなこいつら)
「今の我々があるのはジーク様の存在によってです。ジーク様の手足となってこのラギアス領をお守りします」
「……剣の振りすぎで頭がおかしくなったようだな。もう失せろ」
「承知しました。――全員聞け! ジーク様よりお暇を頂いた。訓練は終了とする。……各自節度を守り行動するように」
兵士達からは歓声が上がっていた。飲みの話をしている者がいれば自主訓練に移る者、素直に休息を取る者等様々だ。
(……何をどう解釈したらそうなるんだ? こいつら本当に大丈夫か?)
やはり国内最弱の領地かもしれないと認識を改めた浩人。史実通りラギアス家は潰されるだろうなと冷静に分析していた。――後者はともかく前者については実態が大きく異なるのだが。
✳︎✳︎✳︎✳︎
三年前から浩人は冒険者として資金集めに勤しんでいた。
大物を狩り続ければ金が集まり強さも手に入る。結果を出せば誰もが評価される。そのような理由から冒険者として活動を始めた。
金と経験。浩人の狙い通りどちらも物にするにはもってこいの天職と呼べたが唯一浩人が懸念していたこと……それは対人戦闘になる。
依頼は討伐や素材の納品、護衛など多岐に渡るが浩人は基本魔物の討伐依頼を中心にこなしてきた。
ゲームで魔物の戦闘パターンや生息地を把握していたことから効率が良かった。いつ自らの立場がどうなるか分からない。だからこそ手早く結果が欲しかったのだ。
そんな折に目を付けたのがフールが雇っている私兵達だ。
「よく聞け、穀潰しの劣等種共。光栄なことに貴様らは俺の踏み台として選ばれた」
「ジーク様、それはどういう意味でしょうか?」
「理解する必要は無い。全員まとめて掛かってこい」
顔を見合わせる。領主がまた思い付きで何かを始めたのかと安易な考えを持つ者もいたが、顔を青くする者も一定数いた。――ノルダン原野の任務に参加したシモン含む十五名の兵士達だ。
「そうか……まともに動けない奴は今日限りでクビにしてやる」
言葉と同時に剣を抜くジーク。魔力を剣に纏わせ冷気を放つ。実戦さながらの雰囲気に萎縮する者が大多数だ。
「ジーク様は本気だ。皆……剣を抜くんだ」
「ど、どういうことだッ⁉︎ シモン⁉︎」
「俺凍死は嫌ですよ⁉︎」
反応は様々だ。ジークの強さを知る者は即座に戦闘態勢となり、そうで無い者は狼狽えていた。
ノルダン原野での出来事をシモン達は同僚に話していたが信用されなかった。だからこそ認識の違いが生じている。
「五分保ったら特別報酬をくれてやる」
✳︎✳︎✳︎✳︎
結果は
その後も定期的にジークとの戦闘訓練は行われた。時には領内の討伐任務に同行したり、自身の冒険者活動に兵士達を連れて行ったこともあった。後者に関しては子供だからという理由で一部の依頼に難色を示す冒険者協会を黙らせる目的だった。
一貫して言えることはどちらも討伐対象は強力な魔物であった点だ。兵士や一介の冒険者ではまず相手にならない凶悪な魔物だ。ジークがいたことで死者を出さずに任務や依頼を達成出来たと言っても過言では無いだろう。
そのような経験を積みながらジークが実力を付けると同時に兵士達の実力も大きく向上した。文字通り死に物狂いで戦ったのだ。否応なしに強くもなる。
依頼の達成が続けば冒険者協会からの評価は自然と上がる。そして領内の討伐任務が無事に完了すれば領地は自ずと平和になる。――当人が知り得ないところで。
無理矢理死地に連れ回されればジークに対する兵士達の心象は悪くなる、ということは無かった。
討伐任務に関しては本来自分達の仕事だ。故郷である領地を守る為に兵士となった。危険が伴う任務があるのは当たり前で覚悟の上だ。
にもかかわらずジークは自分達と肩を並べるどころか率先して先頭に立った。守るべき自分達が領主の子息に守られている。情けなく感じる兵士も多くいた。
依頼に関しては完全にジークの私用だ。領内ならともかく領外での依頼がほとんどだったため職務外と言える。だが連れて行く兵士はあくまでも任意での参加で強制はしなかった。そして参加をすれば死者や重症者は一人も出さなかった。常にジークが目を光らせていたからだ。
達成報酬は不思議なことに平等に配られた。一回の依頼で月の給与を超えることもあった。金にがめついラギアス家の子息には思えない振る舞いだった。
給与と言う面では他にも変化があった。ジークが冒険者活動を始めた頃から定期的に『特別手当』なる物が支給されるようになったのだ。
「何だその身窄らしい格好は? ラギアス領に相応しい装備をくれてやる」
「魔法を学びたいだと? ラギアス家の恥を晒すつもりか? 俺が徹底的に躾をしてやる」
「家族が出来た? 貴様ら庶民は祝う金も無いのか……貧乏人は目障りだ。これでなんとかしろ」
兵士や使用人全員に対して支給されるのだ。初めは罠を疑う人間もいたが特に何も無かった。ラギアス夫妻は関係無くジーク個人として支給しているようだったのだ。
昔からジークを知る者からすれば信じられない変化だ。疑われるのも無理はない。金を使って何かを企んでいるとも取れたが変化は他にもあった。
兵士や使用人が些細なミスをすればジークがそれとなく擁護に入る。理不尽な物言いでクビになる者が年間何人もいたが今ではその数は0となった。ジークの働きかけの結果だ。
口は相変わらず悪いが両親とは真逆な行動に一つの噂がラギアス家内で流れるようになる。
「ジーク様は反旗を翻そうとしている」と。
浩人からすれば寝耳に水だが使用人達は本気でそう考えている。絶対的な力と資産を使ってラギアス領を変えるのだと。
浩人が知らない所で評価が上がっていた。崇拝し過ぎて土下座する者もいたくらいだ。だが残念なことに認識の変化は一部だけ。使用人や兵士のように身近でなければ分かり辛いのがジークという人間だ。
現に領内ではラギアス夫妻よりも恐れられている場所もある。
多くの勘違いが生まれてきたが、何だかんだで浩人はまだ生きている。
もちろん当人としてはラギアス領をどうにかしようなど微塵も考えていない。
金を配ったのは口止め料として。色々してるけどお金をあげるから黙っていてね、と言った具合だ。ミスを庇ったのは逆恨みをされたくなかったから。――何とも情けない理由だった。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「ジーク様、お客様がお見えです。如何致しましょうか」
「客だと? 何処の物好きだ?」
「……何でも死地を共に乗り越えた間柄だと」
(何だそれ? 思い当たる節がない……訳でもないけど)
「通せ。不審者だったら俺が叩き出してやる」
使用人に案内されて来たのは二人の男性。
魔術師団の制服を着たマルクス、騎士団のエンブレムが刻まれた鎧を身につけたキートだった。
「お久しぶりですね。……色々と伺っていますよ貴方の話は」
「久しぶりだな坊主。……結構背伸びたな」
「…………誰だ貴様らは? 邸に土足で踏み込んだんだ。覚悟は出来ているんだろうな」
ラギアスダンジョンで共に調査を行ったグランツ調査部隊との再会だった。
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