第十九話

 隔離施設の病床にいた被害者達を含め全員の意識が回復した。完全復帰には時間がかかる者もいるだろうが、とりあえずは一段落といったところだ。


「呪い問題は解決した……という認識でよろしいでしょうか?」


「そうなります。アピオン全体を調査する必要はありますが今は出来ることから始めましょう」


「シエル様が神聖術を……遂にやりましたね!」


 シエルから事の顛末を聞いたルーク達。相変わらず無茶をすると内心嘆息したが、終わりよければと考えることにした。


「……即興でのユニゾンリンク。そんなことが本当に可能?」


「何とも言えませんが、ジークならやってしまいそうではありますが……」


「ユニゾンリンクと呼べるかは分かりません。ですが彼の助力があったからこそ今があるのです」


 ジークとの連携以降、手に取るように力の使い方が分かる。ポーションで魔力を回復させた後、神聖術の一つである『エンジェルヒール』を唱えてみたが問題なく発動させることが出来た。

 衰弱し重症だった患者達は即座に元気になる。その絶対的な効果に隔離施設が軽く騒ぎになったほどだ。


「それに被疑者はまだ捕まっていません。真相を解明するためにも押さえる必要があります。きっとジークさんが何か手掛かりを見つけてくださるかと」


「口振りからして追いかけたのだと思いますが……やり過ぎなければいいのですが」


 二人の認識は若干異なる。ジークをよく知るルークからすれば手掛かりを見つけるだけ終わるとは思えない。犯人を捕らえ拷問するぐらいはしてもおかしくないと不安になるくらいだ。


「……? ゴルトン煩い」


「……俺ではない。建物の外からのようだな。対策本部の愚か者共が来たのかもしれんな」




✳︎✳︎✳︎✳︎




「――⁉︎ ガキ、お前……まさか本当にやりやがったな⁉︎」


「何を喚いている? 目障りだ口を閉じろ」


 外には大勢の人だかりができていた。対策本部と隔離施設で意識を取り戻した者達だ。その彼らのほとんどが顔を真っ青にしていた。


「だ、黙る訳ないだろッ! 人を氷漬けにして何を考えている⁉︎ 正気を失ったかッ⁉︎」


「こちらのセリフだ。貴様気は確かか? 頭がイカれているなら隔離施設から出てくるな、鬱陶しい」


 駆け付けてきたユン達は恐怖で身を震わせ、意識を取り戻したヤン達は正確に情報の把握ができていない。そして声を荒げる男性、兵士であるモーブが少年と対立しているという構図だ。


「⁉︎ 鬱陶しいだとッ⁉︎ 疫病で昏睡していた人間に対してその言い草は何だ⁉︎」


「バカか貴様は。疫病ではない。呪いが原因だ」


「――⁉︎ 呪いだと⁉︎ なお悪いわ!」


 話の流れから一つの共通認識が生まれている。経緯は不明だが黒髪の少年の近くに佇む氷像は……人を凍らせてできた物らしい。


「今すぐ元に戻せ! こんなこと許されないぞ⁉︎」


「貴様の許しを請う必要はない」


 二人の話は依然平行線のまま。

 兵士であるモーブが凄めば萎縮しそうではあるが少年は意に介さずといった様子だ。


「これはどういう状況だ?」


「……決起集会?」


 シエル達が合流する。大勢の人間が集まっている状況に目を丸くするが、視線は騒ぎの中心と思われる場所へ移る。――そこには氷像と泰然と構えるジークの姿があった。


「ジーク、一応確認するけど……それは何? あといつの間に戻ってきたんだい?」


「見ての通りだ。呪い騒ぎの首謀者……いや、実行犯を捕らえた。……ラギアスダンジョンでの経験が活きたようだ……癪だがな」


「⁉︎ 実行犯だとッ⁉︎ そんな話は一言も……まさかそれで殺したのか?」


「本当に使えないな貴様は。情報を吐かせないでどうする?」


 殺した訳ではない。仮死状態にして拘束していると煩わしそうに説明する。


「本当に……生きているんだな?」


「疑うならこれを蹴り飛ばしてみろ。……死ねば生きていたことの証明になるだろ?」


「な⁉︎ やるわけッあるかぁーーーーー‼︎」


 余りにも酷い言い草に思わず声を荒げるモーブ。

 この二人……案外相性が良いのかもしれない。シエルはどこか羨ましそうにしている。


「ラギアス、その実行犯とやらをどうするつもりだ?」


「ふん、貴様ら公爵家の手土産にはちょうどいいだろうな」


 素直に身柄を引き渡す様子に胸を撫で下ろすゴルトン。過大な要求をされるのではないかと身構えていたが杞憂に終わったようだ……現時点では。


「……それでは皆様。今回の顛末を含め一度話し合いの場を設けましょう。アピオンの今後についても確認する必要があります」




✳︎✳︎✳︎✳︎




「以上が事の顛末となります」


 一同はアピオンで会議等に使用されている一室に集まり話し合いを行っていた。

 シエル達公爵家三名、依頼として協力していたジーク達二名、今動ける町の人間……対策本部を中心とした者達で構成されている。


「……まさか疫病ではなく呪いによる被害だったとは。私が意識を失った後に多くのことがあったのですね」


 領主やアピオンの代表はこの場にはいない。大事を取って隔離施設で療養中だ。その彼らの代理としてヤンとユンが出席していた。


「仕方がないかと……これだけの被害が出た訳ですから。アピオンだけでの対処は難しかったと思います」


「皆様にはお礼の申し上げようがございません」


 感謝の言葉を伝えるヤンであったが、ユンを始めとする対策本部の一部の人間は表情を強張らせていた。


「実行犯と思われる人間は既に拘束していますが単独での犯行とは思えません。背後には大きな組織が潜んでいる可能性があります」


 今後は国による本格的な調査が行われるであろう。そしてアピオン復興に向けた支援も働きかけると伝える。

 以前のシエルでは考えられない凛々しさに目頭を押さえるゴルトンであった。――その様子にシュティーレは軽く引いていたが。


「何から何まで……お二方もありがとうございます」


「僕は何もしていませんよ。ただアピオンが狙われた理由がよく分かりませんね。……ジーク、犯人は何か言っていたかい?」


「知らん。それを調べるのが公爵家そいつらの役割だ。……お膳立てをここまでしてやったんだ。何も出ませんでしたで済むと思うなよ」


 呪いによる被害は多大なものとなったが、容疑者を捕縛出来た点は何よりも大きい。そういう意味ではジークはシエルと並び功労者と言える。


「……ラギアス何度言えば理解する? 態度を改めろ」


「ハッ、態度を改めるべきは他にいるだろう?」


 侮蔑を含んだ表情でユン達を見据えるジーク。


「ある意味感心する……面の皮の厚さにはな。あれだけ否定しておいてよくこの場にいれるな」


 ルークが呪い対策の協力を求めたのがヤンから立場を引き継いだユンだった。色々と理由を並べていたが要は責任を取りたくないと協力を突っぱねたのだ。

 

「俺は説明したはずだ……その女の価値を。素直に媚を売っておけば公爵家との繋がりができたかも知れないのにな」


 シエルのことを手酷く否定していたがそこはどうでもいい。浩人としてはお前達が素直に協力しなかったから俺が動かざるを得なかったと根に持っている。


「今後そいつは公爵家……いや、国から見ても重要な立場になる。それを貴様らは……随分と楽しそうに貶していたな」


 そんなことはしていないと弁解をしたいが異様な空気を感じて言葉を発することができない。ゴルトン達が睨みを効かせていることも拍車を掛けている。


「誰が責任を取らされるんだろうな? ……何か言いたそうな顔をしているな。お前はどうなんだ、といったところか? ……俺なら相手が誰だろうと関係ない。向かって来るなら叩き潰す」


 傍若無人な言い分だがそれを成し得るほどの雰囲気をジークから感じる。半ば本気でやりかねないと頭を悩ませるルーク。


「一体何の話を……ユン⁉︎ お前は何をしたんだッ⁉︎」


「黙れよ前責任者。今は現責任者のそいつに話をしている」


 顔を青くするユンとその周囲の者達。全員が理解していた。

 立場が特殊であったとしても公爵家の人間であることに変わりはない。王家の血筋とも言える公爵家に喧嘩を売ったのだ。非常事態で錯乱していた当時はともかく、問題が解決した今では理由にならない。


「公爵家が国の代表として動き、冒険者協会へ働きかけた。他領の人間……ラギアス家の子息である俺まで駆り出されたんだ。その意味が分かるよな?」

 

 普段であればラギアスの名を前面に出すことはしない。自らのウィークポイントを相手に晒すようなものだからだ。――だが今はそれでいい。

 根に持っているのもあるが、この場にはシエルがいる。訳の分からない状況で十分働いた。だから見返りを求めてもいいだろと。


「し、しかしですね……状況が分からないことには」


「知るか、それは貴様らの問題だ。救援を求めて貴様らが俺達を呼んだんだ。現にその女は結果を出している。……ボランティアじゃないんだよ」


 浩人は公爵家の名を利用する腹積りだ。今後の活動資金として対価を絞り取ろうと考えている。

 ラギアスの名を出し過ぎれば後々被害を被る恐れがあるが今回は公爵家を前面に出せる。シエルを矢面に立たせることで自分が危険に晒されずに事が進む。

 何とも打算的な考えだ。


「ラギアスということは、やはりラギアス領主で間違いなかった。……おかしいと思ったんです! 子供がこんな場所へ!」

 

「⁉︎ 止めなさいッ⁉︎ ……皆様、愚弟は混乱しているようです。この場は一旦――」


 取り乱す様子を見て嘲笑うジーク。


「そうか、なら話は単純だ。――貴様ら全員を反乱分子として捕らえる。実行犯が貴様らのことを……口走っていたような気がするからな」


 余計な口出しをさせないよう威圧的に脅す。

 場の空気が凍る。――文字通り室内は凍てつき水差しには薄氷が張っている。


「ユン⁉︎ 本当に何をしてしまったんだッ⁉︎ 早く説明しなさい!」


「無様だな……病み上がりのエトラ領主にせいぜい泣き付くんだな」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 色々な意味で会議は荒れた。ジークが凄むことで意識を失う者がいれば、ゴルトン達は嬉々として対策本部の者達を拘束しようとし、それを必死に止めるシエル。

 脅しはしたがまさか本当に実行するとは思わず、浩人はドン引きしていた。傍から見れば無表情で我関せずのジークに対してルークもまた引いていた。


「本当に大変でした……」


 少し疲れた様子でため息をつくシエル。

 場所は変わりシエルやルーク達五人のみ。もうここには用がないとジークがアピオンを出ようとしていたため引き留めた形だ。


「ふん、間抜けな部下を持つと苦労するな」


 シエルが恨みがましい目をジークへ向ける。段々と遠慮が無くなってきていた。


「君は悪党そのものだったよ。……将来何処を目指しているんだい? 世界征服でも企んでいるのかい?」


 笑えないな、と内心苦笑する浩人。


「それはまた……楽しそうですね。その時はご助力させて頂きますよ」


「……」


 全員が冗談だと分かっていたが浩人は内心無表情になる。本当に笑えない。生きてさえいれば無限に回復を続けるゾンビ部隊が誕生するのだ。


「この度は本当にありがとうございました。お二人には――」


「要らん。余計な前置きは不要だ」


「……ふふっ、変わりませんね貴方は」


 ジークが無意味に力を振るうとは思っていない。会議中の言動は自分を慮った結果なのだとシエルは理解していた。――浩人からすれば盛大に誤解しているが。

 常に否定されてきた。だからこそジークの言葉は何よりも嬉しく特別なものとなっていた。


「分かりました……では手短に。今回の件はお二人の協力があったからこそ解決したと家には伝えさせて頂きます」


「好きにしろ。だが合わせて貴様の異母兄に伝えておけ。――俺に用があるなら直接出向けとな」


 シエル達三人が驚愕の表情をする。


「知らないとでも思ったか? 貴様らの背後にいる、いや国を裏から支える諜報機関がアステーラ公爵家の裏の顔だ」


「……待つんだジーク。僕はそんな話聞きたくはないよ」


「聞いておけ。お前も後々関わることになるだろうからな。……今回俺達に話が来たのは俺の素性を探るためで必要ならそのまま処分する……そんなところだろう。そしてその処分対象にはその女も含まれていた」


 そんなバカなと今度はルークが驚く。


「ジーク、君は全て分かった上で協力していたのかい?」


「依頼を受ける必要はないと言った。……今更苦情は受け付けん」


「あぁ、どうして君は……いつもいつも」


 苦労が絶えませんね、とシエルが苦笑いをしながら同情している。


「ラギアス……そこまでの決意があったのか。なら俺からは何も言うことはない」


「……やはり消すべき」


 ゴルトンは何故かジークへサムズアップをしている。シュティーレはジークへ殺気を飛ばす。

 場は混沌としている。収拾がつかない。


「……おい、貴様の部下二人がイカれているぞ。――アステーラの女、一つ忠告しておいてやる」


 空気が引き締まる。全員がジークへ注目する。


「過程はどうあれ貴様は自身の価値を示した。公爵家や国は否応無しに貴様を認めざるを得ない」


 これまでのことを思い出すとまるで想像が付かないがジークが言うのであればそうなのだろうと思い直す。


「立場が変われば周りの連中も変わる……狂ったようにな。同調して貴様も狂うか、己を貫くか。結局は貴様次第だ」


 未来を見通しているかのような確信めいた言葉に全員が惹きつけられる。


「矮小な貴様では対処不可なこともあるだろう。その時は……賢者を訪ねろ」


「……賢者? ……⁉︎ 引退したグランツ・フォルト⁉︎ 有望な若者を見つけたと言われていたらしいが……まさかッ⁉︎」


 ディアバレト王国屈指の魔術師で国の英雄でもあるグランツ。魔術師であれば誰もが知っている魔術の第一人者だ。


「奴や貴様の立場が邪魔をするなら……ルークを頼れ」


「僕? それはどうして……?」


「……お前は騎士になるんだろうが。何も不思議な点は無い」


 言うべきことを言い終えたのか、ジークは口を閉じた。――随分と長くなったが浩人としては、パーティキャラは纏まっていてくれと言いたかったのだが。


「……承りました。胸に刻みます。また……お会い出来る日を楽しみにしておきます」




✳︎✳︎✳︎✳︎




(まさか、あのシエル欠陥品が神聖術を物にするとは思わなかった)


 謎の昏睡事件の報告を受け、真っ先に案として浮かんだのがシエルの赴任だった。

 資格は誰よりもあるはずなのに神聖術を使えない。国の沽券に関わると問題視されていたことからこの男性、シエルの異母兄は今回の策を目論んだ。

 

 手を下さずにシエルを処分でき、事態の緊急性を国に伝え、神聖術の使い手を派遣する口実とする。

 尊い犠牲が生まれその思いを受け継いだ神聖術師が地方都市を救う。


(筋書きとしては悪くなかった。だが結果は真逆になった)


 命欲しさの出任せの可能性があったが目の前で神聖術を使い証明した以上無碍にはできない。


(証人もそれなりいる。しかも……かなり高度な力だった。いずれはトップクラスになる可能性もある)


 自身も神聖術を扱うからこそ、その異常性を理解できる。


(色々と方針を変える必要がある。……それにジーク・ラギアス)


 シエルの話を鵜呑みにすればジークはこちら側の存在を認知している。国の重要人物しか知り得ない情報を掴まれている。アステーラ公爵家からすれば大失態だ。


(呪いの特定やシエルの覚醒目覚めのきっかけ、容疑者の捕縛まで……全てラギアスの功績だ)


 これまでの調査からラギアス領主は無能で汚職まみれだったはず。――上手く擬態をしていたのか。


(……さすがにそれは無いか。ジーク・ラギアスが特異であると考えれば違和感は少ない)


 頭が切れ戦闘力も群を抜いている。しかもこちら側の情報を掴まれている以上、下手に処分もできない。


「如何致しましょうかアクトル様」


「調べてみればグランツ卿とも面識があるようです。……さて、どうしたものか」


(いっその事、こちら側へ引き込むのも悪くなさそうだ)


 銀の混ざった髪の毛を触りながら先を見据えるアクトルであった。




第二章 銀色の少女 終

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