第十三話

「……ラギアス、貴様こそ何を言っている?」


「腰巾着は黙っていろ。……もう一度聞く。この状況、貴様の目にはどう映る?」


「どうと言われましても……一刻も早く解決する必要があるとしか」


(どうなってる? ジークでも呪いの痕跡を感じることが出来たのに)


「まさか貴様……神聖術を使えないのか?」


「っ⁉︎ ……確かに私にはその才能が無ければ……資格もありません」


 落胆、失望、幻滅。ジークがシエルへ向ける目はこの瞬間、明確に変化した。

 ――シエルの心が冷えてゆく。


「ラギアス、何故今その話題が上がる? 関係無いはずだ」


「本当に使えないな貴様らは。関係無いだと? だったらここで寝ている連中一人一人にもう一度同じことを言ってみろ」


 冷たいジークの視線がシエル達を射抜く。


「なぁ神聖術ってたしか……何か凄い回復魔法だろ?」


 神聖術。モーブが言うように高度な回復魔法の総称として一般には認識されている。だが認識されているだけで実際に目にする機会はほとんどない。効果が絶大である点とそもそも使い手が極端に少ないからだ。


「回復という一面のみを見たらそうなりますが……」

 

 怪我をした際の治療には基本的には回復魔法を使うか薬師が調合するポーションを使用することが多い。        

 魔物が跋扈するこの世界は常に死の危険がつきまとう。その上で傷を癒せる手段は重宝される。


「僕は専門ではないのでそこまで詳しくはありませんが……回復魔法、治癒魔法、神聖術。これらが回復魔法として一括りにされることが多いです」


 魔法による治療の基本は回復魔法で行われる。鋭利な刃物等による切傷からハンマー等の鈍器による打撲、魔法による火傷や凍傷、外的要因による毒や精神混乱等の状態異常まで様々な場面で回復魔法が活躍する。効果は魔法の種類や使用者の力量によってまちまちとなる。

 その回復魔法をより強力にした魔法が治癒魔法と呼ばれている。回復を専門とした魔術師、ヒーラーであったりマリア教会に所属する神官に使い手が多い。


「回復魔法よりも治癒魔法が強力なら皆そっちを使えばいいんじゃないか?」


「習得難度は回復魔法と比べ物になりません。効果が大きい分使い手を選ぶんです」


 部位の大きな損傷の回復であったり時には切断された腕を綺麗に付け治すことも可能となる。普通の回復魔法では不可能な回復速度を誇る点も強みと言える。


「魔力の消費も激しいですから連続使用は厳しいそうです」


「なるほど、よく出来てるもんだな。……つまり黒髪のガキは治癒魔法よりも凄え神聖術で皆を助けられると考えてた訳だ」


「……貴様は分かりやすいほどモブだな。……そんな単純な話じゃない。少しは頭を使え間抜け」


「――⁉︎ ガキッ⁉︎ お前なんで俺の名前を知ってやがる⁉︎ …………何だその残念そうな物を見る目はッ⁉︎」


(は? マジで名前がモブだったのか……。何か可哀想だな)


「いちいち喚くな鬱陶しい。……神聖術の使い手は国全体で見てもほんの一部だ。マリア教会の枢機卿クラスの数人と王家の血を濃く継ぐ者。そしてその使い手達は善意だけで動く連中じゃない。金や政治に己の面子。希少性を高めるために出し渋っている節すらある」


 神聖術は神の御業とも呼ばれ回復系統魔法の最上位に位置する。部位欠損を完全に再生し寿命以外による死の要因を完全に取り除く。先天性の病も関係無く完治する。


「何だよそれ……この一大事に。何とかするのが国の役目じゃないのかよ」


「効果は術者によって左右される。そもそもこれだけの人間に神聖術を使用するには莫大の魔力が必要だ。そんな都合の良い奴は更に限られる」


 神聖術はその希少性から政治に持ち出されることも多くあり、教会では誓約を設け使用に制限がある。

 どちらも本来あるべき姿とは大きくかけ離れていると言える。


「それでも、治して貰わないと皆が……アピオンごと死んじまう」


「まぁ結局のところは、元を正さなければ同じことの繰り返しだがな」


(ゲームでは呪いなどの呪術に最も効果的だったのが、シエルが使う神聖術だった)


 どういう訳かゲームと違いシエルは神聖術が使えないようだ。

 浩人の直感とゲーム知識から今回の事象は呪いによる物だと当たりをつけたが、呪いの出どころやその詳細が分からなければ意味が無い。呪いの痕跡を感じるまでが浩人の限界だ。


「その元とやらは一体何なんだよ?」


「それを対処する役目がその女だ。出来なければ……全員が死ぬ」


 シエルの表情が見る見るうちに青ざめる。


(ご丁寧にこれは呪いですと説明したところで根本的な解決にはならない。やっぱりシエル自身でやらせないと。……いわゆるこれが覚醒イベントってやつか? クソッ)


「……神聖術が必要なら国に掛け合うべき」


「ハッ、俺が言うことをバカ正直に国が聞くと思うか? 仮にそうなったとして神聖術の使い手はいつここに来る? ……その女がどうにかするしかないんだよ」


(神聖術を完全にものにする必要はない。使い方を感じて呪いの根源までたどり着けば活路はある。多分)


「生まれや髪色だけで神聖術と結びつけるのは早計だ」


「ふん、訳の分からん神託とやらを受けているはずだ。『邪を祓う銀の輝き』。イカれた宗教としか思えんがな」


「⁉︎ 何故王族に伝わるそれを……貴方が?」


(ゲームで知ってたからだよ!)


「そんなことはどうでもいい。……やるのかやらないのか、ハッキリしろ」


「……何故私なのでしょうか? 他にも適任はいるはずです。……どうして……私が」


「知るかそんなこと。俺からすればどちらでも構わん。役に立たないならこの町にはもう用は無い」


 同情はする。シエルの生い立ちを考えれば自己否定に陥るのも無理もない。だが――だからといって無条件で手を差し伸べられる程、浩人に余裕がある訳でもない。


(やっぱり藪蛇だったか……)


「話についていけない……。結局どういうことなんだよ? 俺達はどうなっちまうんだ?」


「何度も同じことを言わせるな。その女が神聖術を身に付けるしかない。貴様やアピオンの連中に出来ることはそいつを信じて待つことだけだ。……最後の一人になるまでな」


 神聖術を身に付ける。モーブ達のような素人でもそれが如何に難しいことなのかが分かる。一朝一夕でそれが叶うのなら――世界はもっと優しいからだ。

 

 ジークの言葉は一種の死刑宣告に等しかった。


「現状を見る限りでは……期待出来んがな。俯いているだけの奴には何も出来やしない。……俺は貴様らと心中するつもりはない」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 病床を離れ一人思考の海に沈む。


(相変わらず口は悪いな……けどこのまま時間が過ぎても事態は悪化する一方だろうしな)


 呪いの対象がどのように指定されているのか現状では不明確だ。町に住んでいる人間を意図して狙っているのか、呪いに近いという理由から偶々だったのか。

 どちらにせよ、被害者全員を確認して規則性を調べる時間はもう残されていない。

 そもそも悪意のある呪いなのか、偶発的な発生による物なのかも分からない。

 

(規模や強弱もよく分からないし。でもこれだけ被害が増えてるなら強悪だよな。……考えることが多すぎるなこれは)


 ゲームで猛威を振るったボスキャラであるジークなら呪いをレジスト出来る可能性は十分ある。状態異常無効に近い耐性値を誇っていたからだ。

 だがゲームの状況全てが反映されているとは限らないし今はルークもいる。


(こうなったら神聖術の使い手を無理矢理連れてくるか?……いやダメだ。そもそもそんな時間は無いし、普通に犯罪者だろそれは。原作開始前に捕まるとか本末転倒だ。やっぱり撤退した方が確実かな)


 アピオンの人間に残された時間は少ない。だがそれは浩人にしても同じであった。


 

 

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