第十二話
一行は今回の疫病騒ぎで倒れた人を収容している隔離施設へ向かっていた。対策本部の人間も数名同伴する形だ。
「……貴様、何をしている?」
「運んでんだよッ! お前が甚振ってた対策本部責任者……前対策本部責任者のヤンさんをな!」
兵士に担がれ搬送されるヤン。呼吸はあるようだが相変わらず意識は無い。
「バカか貴様は? まともな治療法が無いならその辺りに転がしておくのと変わらん。余計な仕事を増やすな」
「変わるわッ! 病人を床に放置するやつがあるか! ……患者は一箇所にまとめて面倒を見るって方針なんだよ」
兵士が顔を歪める。
疫病騒ぎが発生して約一月が経過した。実態が明るみに出るまで時間を要することを考えれば、もっと前から被害はあったかもしれない。
「止めを刺した事への罪悪感か? くだらん後悔だな」
「だから違うって言ってんだろッ⁉︎ 意識が戻ったら……ちゃんと謝る」
この兵士、モーブはアピオン出身だ。アピオンで生まれ、育ち、成人した後にこの町の兵士になった。
若い時は不満に思うこともあった。娯楽に溢れた大都市とは違い面白みがない、変化がない日常にうんざりしていた。
冒険者として活躍するにも周囲にダンジョンが無ければ魔物も少ない。武の心得があったモーブだが、それを活かす道も限られていた。
「ハッ、一月以上眠り呆けた奴がいる状況で随分と楽観的だな。そいつが目を覚ます保証が何処にある?」
「っ! そんなことは……分かってる。だから躍起になって皆頑張ってるんだ!」
若い世代は刺激を求めてこの町を離れていく者が多い。モーブも同じように機会があればと考えていたが、結局この町で兵士として働く道を選んだ。明確な理由は無かったが今思えばこの町、アピオンが好きだったのだろう。代わり映えの無い日常をモーブは大切に感じていた。
「その結果がこの惨状か? 一月もかけて何の成果も得られない。終いには公爵家のガキに当たり喚き散らす……本当に無様だな」
「ぐっ……それは、だな」
モーブ自身も理解していた。少なくとも今日この町に来たばかりのシエルは何も悪くない。寧ろ頭を下げ感謝を述べるべきである。普通は得体の知れない死地へ赴こうとは思わないのだから。
だが止まらなかった。やり場のない怒りをぶつけずにはいられなかった。自分の故郷が、家族が、友人が未曾有の危機に直面している。どうにかしたいと空回りする日々だった。
「まぁどうでもいい。使えない貴様らにはそれが限界だ。……俺ならもっと効率良く対処するがな」
「……? 何だよそれ。というかお前は誰だ?どういう立ち位置でここにいるんだ?」
「答える義理はない。……貴様らは疫病被害の拡大を抑えたいんだろ? だったら簡単だ。一箇所にまとめて処理すればいい」
「いや、だから隔離施設を準備したんだろ。……患者には申し訳ないが」
顔を顰めるモーブ。当初は患者を隔離するなんて話が出た時はかなり揉めた。だが患者の数が増えるに連れてそうも言ってられない状況となった。
「元を断てば終わる。……疫病をまとめて焼却処分すればいい。そうすれば徒に広がることもなくなる。患者が最後の一人になるまでな」
無表情にただ冷淡に告げるジーク。その瞳はこれから訪れる隔離施設と思われる場所へ向いていた。
「なっ⁉︎ ガキ、お前本気か⁉︎ 冗談でも言って良いことと悪いことがあるんだぞッ! 人の命をなんだと……まさかお前の魔法でやるつもりじゃないだろうな⁉︎」
「低能だな。何故俺が貴様らのために魔法を使う必要がある? やりたければ貴様らで勝手にしろ」
「⁉︎ やるわけ、あるかッーーー‼︎」
モーブが大声で叫ぶ。周りは何事かと目を丸くするがルークは苦笑いだ。
「ふん、効率的な手段に変わりはないがな。……本当に疫病ならな」
「それは、どういう意味だ? 待て⁉︎ 俺を無視するな!」
モーブを置いて足早に移動するジーク。モーブの相手に嫌気が差したのか、それとも。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「ここが隔離施設だ。元々は病院だったんだが」
モーブ達アピオンの人間に案内されて辿り着いた、比較的大きな建物。おそらくこの町の代表的な医療施設だったのだろう。
「憔悴しきってますね。手が回っていないようですが」
「医者や看護師に対して患者が多すぎるんだ」
患者は退院するどころか増え続け、共に治療に当たっていた人間がある日突然、患者側へ回ってしまう。今では正規の病院関係者は数える程になってしまった。
「病室やベッドにも限りがある。……他の隔離場所を急いで準備してるんだが」
「……仮に準備出来たところで、看る人間がいないなら意味を成さない」
「全くだな、これでは時間の問題だ。一通り確かめているとは思うが、魔法や薬を我々で試してみるしか。……シエル様、それでよろしいでしょうか?」
ゴルトンの呼び掛けにシエルは答えない。上の空のようだ。
ルーク、そしてジークがモーブに視線を向ける。
「……おいガキ共。何で俺を見るんだ? 何だその目はッ⁉︎」
ルークは困ったような、少し責めるような表情をしている。ジークは――侮蔑した明らかに蔑んだ目でモーブを見ていた。
「金髪のガキはまだ分かるが、お前のそれは何だッ⁉︎」
「貴様に常識は無いのか? 場所を考えて喚け。みっともない」
慌てて口を噤むモーブだがその表情には不満を残していた。
「……まぁ、あれだ。その、悪かった。一方的に捲し立てて。あんたらに非は無いのにな」
シエルに反応は無い。シュティーレに声をかけられやっと反応した。
「っ! こちらこそ失礼致しました。……患者の皆様の状態を確認しましょう」
看護師の案内で患者がいる病床を訪れる。
説明によると患者の症状に大きな違いはなく、全員が意識を失い昏睡している状況。薬の投与や回復魔法、その上位に当たる治癒魔法を試したが目覚ましい効果はなかったという。
「これは……酷い」
「はい、実際に目の当たりにすると」
大勢の患者がベッドに横たわっている。寝ているのではなく昏睡状態。被害の大きさを如実に表していた。
「くそ……また人数が増えてやがる」
魔術師や教会の人間が魔法を行使しているが変化はないようだ。患者が人間であるように治療を行うのもまた人間である。体力や魔力には限りがある。この場にいる全ての人間が疲労困憊といった様子だ。
「このままでは……。ジーク、ここに来る前に面白いものが見えるかもしれないと言っていたね。あれはどういう意味だい?」
「そう言えばさっきも。結局何なんだよ?」
「……」
腕を組み押し黙っているジーク。傍から見れば無関心を装っているように映るが、目はしっかりと周囲を観察していた。
モーブが再び声を掛けようとするがルークに制止される。
「……おい、アステーラの女。何か感じないか?」
「えっ⁉︎ 何のお話でしょうか?」
いきなり話を振られ困惑するシエル。言葉の意味を理解することができない。
「……は? 貴様……何を言っている?」
尋ねたはずのジークまでが困惑している。今まで見たことない友人の表情にルークは内心驚いていた。
「ありえん……。貴様は本当に……公爵家の、王家の血を引いた人間か?」
気付かないはずがなかった。シエル・アステーラなら。
アピオンに入っても感じることはなかったが、ヤンが倒れたその瞬間には確かに感じ取ることができた。
――その小さな違和感に。そして隔離施設を訪れ、大勢の被害者がいる病床で確信した。
これは疫病ではない。これは――呪いだ。
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