第十一話

「シエル様、こちらが対策本部のようです」


 ゴルトンの案内で対策本部として利用されている建物に到着した。建物内は役人と思われる者、兵士や魔術師に医療関係者など様々な人間が忙しなく動いていた。


「これは、アステーラ公爵家の皆様でしょうか?」


 四十代と思われる男性がシエル達に声をかける。目元には深いクマが刻まれ、ひどく憔悴した様子だ。


「はい、私はアステーラ公爵の命によりこのアピオンに赴任することになりました、シエル・アステーラと申します」


 周囲からは様々な反応が飛び交う。安堵の表情を浮かべる者もいれば、不安や疑念に怒り、無関心などバリエーション豊かだった。


「お心遣い痛み入ります。……ご挨拶が遅れました。私はこの対策本部を預かるヤン・クルースと申します。早速ではございますが、状況の共有をさせて頂ければと思うのですが」


「もちろん構いませんがその前に一つ、エトラ領の領主にも同席願いたいのですが?」


 ヤンの顔が曇る。見渡せば他の者達も同じような表情をしている。


「……領主様は隔離施設に。この都市の責任者や兵団のトップ、教会の司教もそうです。全員意識を失い倒れてしまいました」


「……! まさかそこまで被害が。我々が事前に聞いていた話では四十名近くの方が倒れたとありましたが現在は?」


「優に二百名を超えています。ここまで数が増えれば患者の共通点があってもおかしくありませんが、原因含め特定は出来ておりません」


 魔法や薬による治療は何度も試した。症状から過去の文献を漁り似た事例がないか調べもした。だが結果は変わらなかった。


「患者は増えるばかりですが、治療の糸口は見つからない。……限界が近づいています」


 この場にいる誰もが離脱しても不思議ではない。現に対策本部の人間も当初から大きく様変わりしていた。


「シエル様。国は、公爵家は何と仰っていましたか? この状況を打開する策は? 増員はあるのですよね?」


 国からの物資の支援は手厚く行われていた。移動に制限がある以上当然と言える。しかし問題解決の根本的な処置は未だにない。物がいくらあってもそれを有効活用する人がいなければガラクタと変わらない。

 対策本部の人間だけではない。都市全体の限界も近づきつつあった。


「……我々は先遣隊の意味合いを成しています。その報告次第で」


「ふっ、ふざけんじゃねーッ‼︎」


 やり取りを聞いていた兵士の一人が声を荒げる。


「何が、先遣隊だ⁉︎ お前ら五人だけじゃねーかッ! 一体何をしに来たんだよ⁉︎」


「⁉︎ こ、こら止めなさい⁉︎」


 ヤンが慌てて止めようとするが兵士は止まるどころかヒートアップしていく。


「お前らに分かるかッ⁉︎ 普通に生活してたらある日当然、人が昏睡したんだ! 初めは体調が悪いって人もいたが、今じゃあ前触れなく意識を失う。しかも一人や二人じゃない、沢山だ!」


 激昂する兵士を別室へ連れ出そうとするヤンだが、てんで動かない。それどころか兵士に突き飛ばされてしまった。


「原因が分からない以上、都市に人を留めるのは分かる。けどな、それはいつまでだ? 俺達はいつまでここへ留まればいいんだッ⁉︎ 」


 周りはオロオロして兵士を止めることができない。だが叫んでいる兵士と同じようにシエル達へ敵意を向ける者もいた。


「問題解決の兆しが見えるまでか? それはつまり、このアピオンの人間全員が意識を失うまでなのか⁉︎」


「……」


 俯いたままシエルは何も答えない。答えられない。


「何とか言えよッ! 公爵家! ……その銀髪はお飾りか? 王族を語る偽物めッ!」


「……貴様、その発言見過ごすことはできない」


「だったらどうするんだよ? 俺を不敬罪で殺すのか? 疫病で死ぬのとどっちが辛いんだ? ……俺だけじゃない、皆が思ってる。有事の際に何もできない王家や公爵家は何の役にも立たないってな」


「シエル様、この者の捕縛許可を。一線を越えています」


 ゴルトンとシュティーレが一歩前へ出る。剣呑な雰囲気に後ずさる者もいるがそれはごく一部。件の兵士はもちろん他の兵士や魔術師達も引く気がないようだ。

 全員が分かっていた。相手はたかが数名。仮に捕縛されたところで、どのみちこの都市から出ることはできないのだから。


「これ、やめんか。この方に不満をぶつけても意味はない」


 一触即発を前に白衣を着た老人が前へ出る。医療関係者のようだが。


「昔の伝で知っておるが、今の公爵家には『望まれない子』がおると聞いておる」


 老人によると王族や貴族に関わらずどの時代でも庶子、妾の子が生まれるとされている。別段珍しいことではなく歴史を紐解けばよくある話である。


「不幸なのか幸いなのか、その子の髪色は全て銀色じゃった」


 王家の証を持った庶子が生まれることは稀。だがごく稀にそういったことがある。

 その子供は秘密裏に処分されることも少なくはない。国が傾く要因となる恐れがあるからだ。

 シエルもその対象になる可能性があったが、王家や公爵家はその判断を見送った。髪色全てが銀色ということは歴史を顧みても決して多くはないからだ。――何かの使い道があるかもしれないと。


「わしが言いたいことは不幸話でも、暴露話でもない。銀髪はこの国にとっては神聖な物かもしれんが、同時に争いを呼ぶこともある。……そしてこの方には権力がない。結果的に公爵家にとっては目の上のたんこぶとなってしまったのじゃろう」


 今回の疫病騒ぎの『火消し』として選ばれたのだろうと老人は締め括る。


「なんだよ、それ……。王族に連なる者が命を賭して疫病を鎮めるって筋書きか?」


「老人の戯言じゃ。……どちらにせよこの場で争ったところで状況は変わらんぞ」


 老人の狙い通りかは不明だが、場の空気は落ち着いていた。シエルに憐憫の眼差しを向けられる形で。


「……爺、お前は処分する。反逆罪は重罪に当たる」


「待ってください、シュティーレさんッ! 今するべきことは他にも」


「そうだな。この都市から出ることはできなくとも情報を伝達する手段はいくらでもある。……アピオン総出で反逆を目論んでいるとな」


「⁉︎ ゴルトンさんまでなんてことを……。ダメだッ、ジーク皆を止めてくれ!……ってジーク⁉︎  君は何をしてるんだい⁉︎」


 気付けばジークは移動していた。兵士に突き飛ばされたヤンの元へ。……ヤンの胸ぐらを掴み揺さぶっていた。


「おいッ⁉︎ クソガキ! 何をしてやがる⁉︎」


「貴様に突き飛ばされ意識を失ったこいつの……介護だ」


「んなぁ訳あるかッ! 疲労困憊で倒れた人間を揺さぶる介護がある訳ないだろ⁉︎」


「ふんっ、疲労困憊だったかもしれんが、止めを刺したのは貴様だ。市民同士で殺し合い……末期だな」


 揺さぶった後は頬を叩き、瞼を無理矢理開けて眼球を見る。その後水を掛けたり魔法で冷やしたりと酷い扱いを受けるヤン。……この場にいる全員がドン引きしていた。


「……ガキ、お前魔法が使えるのか? そもそもお前も公爵家の人間か?」


「貴様は魔法を使えないのか? ……使えない奴め。そして俺はこいつらアステーラとは無関係だ」


「いや、無関係って訳でもないよね……。それよりも彼を医療施設へ運ばないと!」


「いらん、放っておけ。こいつも他の連中と同じだ。もうここに用は無い」


 言葉通り本当にヤンを放り出したジーク。そのまま真っ直ぐと出口に進む。


「えっ⁉︎ ちょっと⁉︎ 何処へ行くんだジーク?」


「隔離施設とやらだ。面白いものが見られるかもしれん」


 邪悪な笑みで全員を見渡すジーク。その姿は死神にも見える。ガタガタと震える者がいたのも仕方ないだろう。

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