第十話

 ディアバレト王国の西に存在する地方都市アピオン。エトラ領に所属するこの町で疫病と思われる事象が広まっていた。浩人達は準備を整え町の入り口まで訪れていた。


「随分と物々しい雰囲気ですね」


「はい、心苦しく思いますが、原因が判明しない以上移動に制限がかかっています」


 入口に聳える城門では兵士が検問を行なっている。住民の移動は原則禁止となりアピオンへの立ち入りも制限している。厳戒態勢という名目で人流を管理しているようだ。


(ほんとに来てしまった……。大丈夫なのか?)


 今回の疫病騒ぎの詳細を浩人は知らない。シエルから話を聞いていないという訳ではなく、原作知識としてそれを把握していなかった。

 ゲームで疫病に関するイベントは存在せず、エトラ領やアピオンの名が登場することもない。おそらくこれは作中外のシエルに関する、いわゆる前日譚に当たる内容ではないかと浩人は結論付けた。紆余曲折あるものの、最終的には解決して本編に繋がると。


(グランツの時もそうだった。主要人物達は問題解決の能力を持っているはずだ。……多分)


 ラギアスダンジョンでのイベントに肩入れをしたのはパーティキャラを一目見てみたいと思ったからだ。結果論かもしれないが、浩人が介入しなくてもグランツは生存していたことからゲーム通りと言える。

 つまり今回の内容も浩人が関わらなくとも大事には至らないと考えた。


(そもそも未知の疫病とか冗談じゃない)


 シエルはパーティキャラの一人である主要人物に当たる。彼女のために用意されたイベントなら当事者で解決するべきで部外者が出しゃばる必要はない。――勝手に完結するからだ。

 だが何事にもイレギュラーはつきもの。ラギアスダンジョンでの出来事を浩人はよく覚えていた。あからさまな罠に触れなくてもトラップが発動し、死地に陥ることになった。過程はともかく結果は同じ状況に。  

 

 メインキャラといっても原作に関係なく関われば命の保証はない。浩人が助かったのはグランツの魔法に便乗した結果に過ぎない。――少なくとも本人はそう考えている。

 だからこそ今回の件からはルークを遠ざけたかった。ルークがメインキャラなら原作開始前の退場は避けたい。シナリオにどのような変化が訪れるか分からないからだ。少なくとも騎士団の入団試験を受け、結果が出るまでは見届けたい。


(散々止めたのに結局行くとか……。俺も行かざるを得ないじゃないか)


 浩人には病気に関する知識はない。『魔力硬化症』に対して的確に対処できたのは原作知識があったからだ。

 ただの高校生だった浩人に医学の教養がある訳がない。ましてやここはゲームと思われる世界。元いた世界の常識が通じない世界だ。


(引き際を間違えれば本当に終わる。意味も分からず死ぬなんてごめんだぞ)


 事前情報がないことから前もって準備ができない。必要そうな物を予想して集めさせたが役に立つかは不明だ。浩人としてはシエル達を当てにするしかないのだが。


(公爵家の連中……結局三人だけしか寄越さなかった。状況からしてもこれは)


 ルークはやる気を出しているようだが、やはりこの案件には深入りするべきではない。タイミングを見て撤退する。ルークが従わないようなら気絶させてでも無理矢理連れて行く。


(悪いな、シエル。原作ではいがみ合う関係だ。それが少し早まるだけだから)


――俺は主人公じゃないんだ。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 検問で身分確認が終了すると特に問題なく門を通された。どうやら事前に御達しがあったようだ。


 町は閑散としていた。人が全くいないという訳ではないが目に入る住民の数が少ない。


「活気がありませんね」


「外出を極力控えている方が多いのです。……それで効果があれば良かったのですが」


 道行く人の表情は暗い。謎の疫病が広まり恐怖に怯える日々。移動が制限され生活にも支障が出ていた。


「大きな騒ぎは起きなかったのでしょうか?」


「……市民の一部が抗議活動を行っていましたが、その最中に数人が昏睡状態となりました。先程まで声を荒げていた人が急にです」


 隣で共に不満を訴えていた人間が急に倒れる。しかも一人ではなく複数名が。怒りよりも恐怖の感情が大きく膨れ上がり抗議活動どころではなくなってしまった。


「やるせないですね。領主や国は被害の拡大を防ぐために。市民は生活のために声を上げる。……誰も悪くないのに」


「……先ずは責任者の元へ行きましょう。今の現状を把握することから始めます」


「……? 分かりました。ジークもそれでいいね?」


「……好きにしろ」


 どこかシエルの表情に陰りが見られる。ジークの様子も少し違和感を感じる。

 二人は何かを感じ取っているのだろうか。こんな時こそ自分がしっかりしなければと思うルークであった。

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