第九話

 室内に沈黙が漂う。間髪入れずに拒否されることはシエル達にとって想定外だった。


「ジ、ジーク⁉︎ 君は話を聞いていたのかい?」


「聞いていた。それだけだがな」


「……ジーク、今この瞬間にも苦しんでいる人がいるんだ。未知の病に恐怖している人達が」


「だからどうした? それはそいつらの問題だ」


 驚きのあまり言葉を失う。

 この友人は口が悪く、息をするように罵詈雑言を吐く。それでも、最終的には文句を言いながらも多くの人助けをしてきた。彼の傍でいつも見てきたからこそ知っている。


 それが今回、熟考を重ねることなく切り捨てた。状況次第では国に多大なる被害が出る恐れがあるというのに。


「その女が言っていただろうが。立場の違いを知れと。これは冒険者二人が関わるべき案件か?」


「それでも……何かできることが」


「お前は教会の人間か? 回復魔法に治癒魔法や神聖術、薬の知識を修めているのか?」


「……それは」


 ジークの言う通りだった。

 病気を克服してからの三年間、ひたすら努力を続けてきた。体力をつけ、剣術を学び、見識を深めてきた。――だがそれは将来の夢のために。騎士になるために身につけてきたもので、未知の疫病を治療する手段にはなり得ない。


「明確な治療法は無く感染源や感染経路も不明。昏睡した人間からは話の聞きようがない。お前は何をしに現地へ行くつもりだ?」


「っ……」


「発症までの期間も条件まで分からないときた。知らずに原因をこのレント領や他の場所へ持ち込んで広まったらどうする? どう責任を取るつもりだ?」


 頭では理解している、もっともだ。だが素直に頷けるほどルークは大人になれていなかった。


「分かってるよ……。でもこのまま、何もしないわけにもいかないじゃないか」


「それは国がするべきことだ。お前の出る幕ではない。――まぁ公爵家のこいつらが出しゃばるのもよく分からんがな」


 シエルが俯く。疫病が流行る現地へ公爵家の人間が直接出向くはずがない。少し考えれば疑問に思う内容だが冷静さを欠いた今のルークでは気付くことができない。――死地へ向かうことを強いられる本当の意味を。


「……それともお前はまた繰り返すのか? ブリンクは何のために立場を捨てた? 何のために信念を曲げてまで頭を下げた?」


 父親は多くを語らなかった。病を治すために協力してくれたのがジークだったとしか。


「仮にお前が意識を失えばブリンクはまた同じことをする。そしてお前が騎士になる道は今度こそ絶たれる」


 快復してからのリハビリは本当に辛かった。一年以上寝たきりの生活から本来の生活スタイルへ戻すだけではなく、騎士となるための鍛錬も必要だった。体の成長に重要な少年期の一年は大きなハンデとなっていた。

 また同じように動けなくなれば、復帰まで何年掛かるのか。夢を諦めなければならないという思いが頭をよぎる。


「お前がするべきことは他にあるはずだ。くだらんことに頭を悩ませるな」


 騎士団の入団試験に年齢制限はない。能力さえあれば誰もが試験を受けることができる。逆に言えば能力無しと判断されれば一生試験を受けることは叶わない。

 仮に寝たきりとなりそこから復帰したとして、騎士団はどう判断するか。これからの時間は成長過程でより重要となる。


「自惚れるなよ。多少力を付けた程度のお前が一人いたところで何も変わらん」


(どうしてここまで否定的なんだろうか?)


 三年の付き合いになるジークの人間性は理解しているつもりだった。口が非常に悪く事あるごとに罵詈雑言を吐く。それはルークにも同じだったが今回のようにここまで否定されることはなかった。

 なんだかんだ小言を言いながらもブリンクの指導に参加した時や冒険者協会の依頼に同行した時も止められはしなかった。


(父さんの名前や僕の夢まで持ち出して)


 冷静さを欠いているのは間違いない。シエル達三人が視界に入っていないのだから。

 だが全てが抜け落ちている訳ではない。一人の人間、大切な友人の小さな違和感にルークは気付いていた。ルークから見れば彼もまた普段と違う。冷静沈着な彼らしからぬ、何処か焦っているように見える。


(一体何に対して焦っているんだ?)


 ジークは傲岸不遜を体現したような人間だ。相手の地位や立場関係なく他者を罵り見下す。ある意味誰に対しても平等と言える。

 普通であれば誰も寄り付かず孤独な人間となるだろうが、そうはなっていない。決して多くはないが一定数の理解者がいることをルークは知っている。本音を口にすることはないが、心の内は常に他者を、弱きものを思っていることを。


(そうか……僕は知っていたじゃないか。彼がどんな人間かを)


 おそらくジークは今回の問題を一人で解決するつもりだ。ルークの夢を知っているからこそ遠ざけた。未知の疫病によって騎士の道を絶たせないために。下手をすれば自分自身が命を落とす可能性があるにもかかわらず。


(遠い、遠すぎるよ。君の背中は。でも、だからこそ追いつきたい)


 決心はついた。


「それでも僕は行くよ。後悔したくないんだ」


「見ず知らずの相手のために夢を捨てるか?」


「捨てないよ。騎士にはなるし町の人達を助ける力にもなる」


「そうか……やはりお前は……」


 呟くようにジークが何かを言ったが聞き取ることはできなかった。


「ふん、これではどちらが茶番を演じているのか分からんな。……おい、アステーラの女。貴様もいちいちくだらんことを考えるな、より詳しく情報をよこせ」


「⁉︎ ……ラギアス、だからその態度を止めろと」


「知るか。抗いもせず、消えゆく公爵家の人間を敬うバカがいると思うか? ……話を持ってきたのは貴様らだ。必要な物資や金は貴様らで用意しろ」


 否定的な考えを見せていたジークだったがどうやら依頼を受けることにしたらしい。善は急げとまでは言えないが、迅速に行動を開始した。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 消えゆく公爵家……。事情を説明した訳でもないのに彼は理解していたようだ。少女がどのような立場で生まれ、そして消えていくのかを。

 分かった上で手を貸してくれたのだ。助けたところで公爵家との繋がりができる訳でもない。命の危険性があり、本人の知り得ないところで秤にかけられようとしている。それでも彼は……。

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