第十四話

「ジーク。考え事かい?」


「……奴らは何をしている?」


「君のおかげでお通夜のような空気になってるよ。……これからどうする?」


「変わらん。あの女がどうにかするしかない」


「失礼な言い方かもしれないけど、彼女に才能があったとしても、あの様子では無理じゃないかな」


 事情を詳しく知らないルークから見てもシエルは暗然としていた。何かを諦め終わりが訪れるのを待っているかのように。


「そう思うならお前が面倒を見てこい」


「あまりこんなことを言いたくはないんだけど……僕は彼女が苦手だね」


 ルークの言葉に思わず目を瞬かせる。言動共に優等生として通っているルークらしからぬ発言だ。


「意外そうな顔だね。……僕にだって感情はあるさ。人を悪く思うことだってあるよ」


 幼き頃から大きく偉大な背中を見てきた。質実剛健なその姿に憧れを抱いた。多くの人に慕われるその騎士を誇りに思った。


「僕は平民だし学がないから、彼女のことはよく分からない。きっと、想像もつかないような出来事の渦中にいるのかもしれない」


 当たり前のように明日が来て何事もなく日が沈む。それを繰り返しながら、少しずつ大人になっていくものだと思っていた。そしていずれは騎士になると。――だが現実は違った。

 

「きっと複雑で、辛くて、悲しい事情があるんだと思う」


 実際、何不自由なく生きてきた人間はいくらでもいる。

 血筋や家柄に歴史や環境。生まれた時から全てが用意され、特に疑問を抱くことなく言われた通りにただ生きていく。

 それを悪だとは思わない。それもまた一つの生き方なのだから。


「でもね、それは大変でしたねって励ませる程、僕は優しくはないんだよ」


 初めはただの風邪だと思っていた。しかし少しずつ体調は悪くなり、最終的にはベッドの上から動けなくなる程に悪化した。

 恐怖だった。自分の体が鉛のように重く、無理に動かせば痛みで気絶することもあった。


「貴族も平民も関係無いんだ。皆がそれぞれの事情を抱えている。それぞれの世界で生きているんだ」


 何よりも恐怖だったのは死ぬことではない。騎士になるという夢が完全に絶たれることだった。

 いつか元のように動けるようになり、リハビリをすれば夢を諦めずに済む。そう信じていたが恐怖は常に付き纏う。


「どのように生きるかは人それぞれだし、皆が皆強い訳じゃない。諦めること、妥協すること、変わること。色々な選択肢があってもいいと思う」


 死んでしまえば全てが終わる。諦めない気持ちを持つことすら出来ない。

 だから病気が治った時は本当に嬉しく感じた。医者からは生きているだけでも奇跡だと言われた。後遺症無く完治したそれは、正しく神の所業であると。

 

 だが一年近くベッドの上で過ごした時間はあまりにも長かった。日常生活に支障は無くとも騎士のように体を資本とする職業に就くのは難しいと。――ルークにとってそれが足枷になることはなかったが。

 

 何でも良かった。問題無かった。生きてさえいれば夢を諦めずに済むのだから。


「勝手な言い分だし醜いエゴと言われても仕方がない。それでも、僕は彼女を許すことが出来ない。彼女はどこか……生きることを諦めているように見えるんだ」


「他人の感情などそう簡単に理解出来ん。……内心何を企んでいるのか分かったものじゃない」


「ふふっ、ジークらしいね。……そうかもしれないけど、やっぱり僕には彼女が諦めの境地に達していると思うんだ」


 諦めなければ、努力を続ければ、夢を抱いていれば全てが叶うなど、都合が良いことを考えている訳ではない。厳しい現実に突き当たることは多々ありそれが一般的だ。


「全てを思い通りに出来る人なんて限られてる。でも、全てを諦める人もまた、そうそういない。その人に出来る全て、とは言わないけれど可能な限り行動するべきなんだ」


 何かを諦め現実的な選択をするのも大人になるということなのかもしれない。

 ルークが思うにシエルはそれすら放棄している。


「僕にはまだ、彼女が諦めてもいい理由を持ち合わせているようには見えない。どんなに大変な立場だったとしても……誰かに、助けを求めるくらいはしてもいいはずだ」


「くだらん、まるで理解出来んな。ガキでも口に出せる戯言を発することすらしない。そんな奴に生きている価値があるか? それこそお前の言う、世界の為に速やかに消えるべきだとは思わないか?」


「思わないよ。だって君は…………僕を助けてくれたじゃないか」


「…………勘違いするな。俺にとって都合が良かっただけに過ぎん」


「そうだね。君は貴族で、傲慢で、欲深くて、口が悪くて、乱暴で、悪党だったね」


「……」


「いつ牢屋に入れられてしまうか分からない君だけど……僕を助けてくれた事実はこの先も含めて変わることはないよ。絶対にね」


「……」


 意識を取り戻して初めて目に入ったブリンクの顔は一生忘れられそうにない。もう二度と同じようなことはあってはならない。


「僕は死なないし、諦めない。君と父さんに貰った命だからね。……そして彼女はきっと、誰かを待っているんじゃないかな」


「ふんっ……今日は随分とよく喋るじゃないか」


「君がいつもと違って、めそめそしてたからね」


「ぬかせ。今度は目がイカれたようだな。……あの女が神聖術を会得した暁には、先ずはイカれたお前を治させる」




✳︎✳︎✳︎✳︎




「やっと君が元気になった訳だけど、実際どうする?」


「まだ言うか。……俺達に出来ることは限られている」


「今回の騒ぎの元凶……思い当たる節があるんだね」


「断定は出来んがな。しらみつぶしに町を探るしかない」


 神聖術の特色をルークと共有する。その上でアピオンで起きている事象が呪いの影響による可能性があること。そして、呪いの大元を対処しなければいくら神聖術で被害者達を治したところで同じことの繰り返しになると伝える。


「呪い、か。なるほどね。だから治療を優先しなかったのか。……でも確か初めはマリア教会の人もいたみたいだけど気付かなかったのかな?」


「司教クラスではどうにもならん。ただ、疫病という固定観念があれば見落とすのも仕方がないかもしれんがな」


 現に誰も気が付かなかった。些細な違和感を感じ取り、意識することで初めて呪いの痕跡を確認した。


「あの連中に呪いのことを説明したところで何かが変わるとは思えん。普通の奴ならともかく、あの場にいながら何も感じられないあの女なら尚更だ」


「確かにそうかもしれない。神聖術がなければ多くの人が命を落とすという状況は理解しているはず。それでも変化がないのなら呪いだと聞いたところで……って感じだね」


「ふんっ、面倒且つ非効率この上ない」


 教会や呪術に明るい人間がいれば動員をかけることで何かしらの成果が得られるかもしれない。だが今から手配するにも時間が必要になり、そもそもジークには権限がない。仮にシエル達に頼んだとしても緘口令が敷かれている以上、勝手なことは許されない。


「増援は見込めないか」


「呪いの範囲が分からない以上、ミイラ取りがミイラになる可能性もある。無能が増えれば却って邪魔だ」


「つまるところは……今この町にいる、動ける人達だけでどうにかするしかないと」


 今この瞬間にも犠牲者は増え続けている。いつ来るかも分からない増援を待っているようでは事態は一向に解決しない。


「町の奴らを無理矢理働かせたところで、役に立つとも思えんがな」


「確かにそうだね。……闇雲に探すにしても最低限の情報が欲しい。とりあえず対策本部へ戻ろうか」

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