第六話 「烈戦・富士の樹海(後編)」

「行っけぇぇぇっ! 雀蜂の縫線(すずめばちのほうせん)!」


栞寧の声と共に、彩暉達の頭上に無数の羽音がブンブンと重なり聞こえた。


〈雀蜂の縫線(すずめばちのほうせん)とは、呼び出した雀蜂の群れを操り一斉に敵を攻撃する妖術である〉


「危ないっ! 雀蜂よっ!」

「皆、引いてっ!」

無数の雀蜂が一斉に、彩暉達に襲い掛かろうとしている。


カチカチカチ

「何の音?」

雀蜂達は口元からカチカチと音を立てている。


「知らないみたいだから、教えてあげるわ! 有難く聞きなさい!」

栞寧が自慢げに話し出した。


「その音は雀蜂の威嚇音。巣を守ろうとしているのよ、今はわたし達をね。そして、一歩でも近づいたら一斉に匂いのする体液を拭きつけるの。そして、その匂いがする相手をずっと攻撃し続ける。どう? 最強でしょ?」

勝ち誇った笑みを浮かべる栞寧。


(まずいわね)

(よっしゃあぁぁあっ! これで勝ったでぇっ!)

紫理と覇智朗もこの戦いの行く末を見守っている。


「歩南さん!」

「どうした? 彩暉?」

歩南に近づいた彩暉が何かを耳打ちした。


「お前、それじゃあ!」

「きっと、上手く行きます」

ニコリと笑う彩暉。


「望永ちゃん、遼歌ちゃんも。いい?」

「仕方ないかな」

「彩暉ちゃん。気を付けて」



「何を、ごちゃごちゃやってるの?」

苛立ちを見せる結那。


「栞寧! さっさとやっちゃってっ!」

結那が叫んだ瞬間――


「えっ! 何?」

「何してるの、あの娘?」

「まさか、囮?」

慧・栞寧・奈々聖が顔を見合わせる。



(無茶、いえ無謀よ!)

紫理も我が目を疑う。



横一線に並んでいた、歩南・望永・遼歌が後ろに下がり、彩暉1人が前に歩を進めたのである。



「馬鹿な娘・・・。でも、遠慮はしないわよっ! 栞寧!」

結那が叫ぼうとした時であった。



「大熊の咆哮(おおぐまのほうこう)!」

印を結んだ彩暉の声に反応するかの様に、森の奥から巨大な咆哮が響いた。


ガオォォォォォッン!


〈大熊の咆哮とは、森林の王である熊が咆哮を上げ、周囲のもの全てが、一時的に身体を動けなくする妖術である〉


熊の咆哮はビリビリと大気を震わせ、周囲にいる者の動きを止める。


(一時的に動きを止めたとしても、直ぐに雀蜂が攻撃する・・・。えっ!?)

栞寧の視線が有り得ない光景を捕えていた。


(そんな、馬鹿な?)


ポトリ・ポトリ・・・、ポトポトポト、ボトボトボトッ!


熊の咆哮によって振動した大気の振動で雀蜂達は失神し、地面へと落下して行く。


「こんな事って・・・」

呆然とする栞寧。


「よしっ、貰ったぁ!」

雀蜂の包囲が解けた隙を突いて、歩南が躍り出る。


「何言ってるの? 着火出来ない貴女なんて、只の木偶の坊じゃないっ!」

「へっ、ところがそうじゃ無いんだよっ!」

「くっ! 早いっ!」

歩南は結那との距離を詰め、一気に肉弾戦へと持ち込む。


「結那さん! 飛翔の石礫(ひしょうのいしつぶて)!」


〈飛翔の石礫とは、周囲にある小石を宙に浮かせた後に一斉に相手へと向けて飛ばし、攻撃する妖術である〉


慧の操った数個の石礫が歩南へと向けて飛ぶ。


ガッ!ガッ!ガッ!

「この程度、痛くも痒くもねえよっ! 河原だったらヤバかったけどな!」


石礫を物ともせず突進した歩南は、結那に向けて右回し蹴りを放つ。


「うりやぁぁぁっ!」

「きゃあぁぁぁぁっ!」

結那の絶叫が響き渡った。

「・・・?」


恐る恐る目を開ける結那。


「うちに・・・? 当たって無い?」

結那の顔面直前で歩南の足は止まっていたのであった。


ドサリ

緊張の糸が切れたのか、結那が座り込む。



「へっ! これで負けたって認めるんだな」

ニッと笑う歩南。



「歩南さーん!」

彩暉・望永・遼歌が駆け寄って来る。


「結那さん、大丈夫?」

慧と栞寧、奈々聖も歩み寄る。


「どうする? まだ、やる?」

歩南が右手を差し出す。


「もう・・・。いいわ」

差し出された手を握り、立ち上がった結那は彩暉達を見回す。


「回復系の術者が居ないんだから、これ以上はやっても無理。素直に負けを認めるわ」

「そっちもなかなかだったよ」

「でも、まさか負けるとは思わなかったけどね。ハチコー!」


闘いが終わったのを見極めて、紫理と覇智朗も歩み寄る。


「お疲れ様。よくやったわ」

紫理は彩暉の肩を軽く叩いて回る。



「ハチコー、ここはわたし達の負けよ。それでいいわね?」


「完敗や無いで。勝ちを譲っただけや」

「奈々聖、慧。栞寧もそれで良いわね」

黙って俯く3人――



「それじゃ、ここでお別れね。百地」

「またな、望月紫理。ほな皆、帰るで!」


さっさと歩き出す覇智朗の後を遅れて負う、結那達。



「紫理さん」

「何、彩暉?」

「この戦いって、何の意味があったんですか?」

彩暉の問いに歩南達も黙って頷く。


「望月と百地は互いに妖術の総家。いつの時代もどちらかが国を守ってきたの」

「じゃあ、わたし達が?」

「そう、未来であるこの国も守って貰うわ。貴女達に」

「でも!」

彩暉は、結那達が去って行った方向をじっと見つめる。


「あの娘達はこれから、どうなるんですか?」

「どうもならないわ。元の世界に戻るだけ」

「あち等がそうなっていたかも知れないって事?」

歩南が会話に加わって来る。

「そうかも知れないわね。さぁ、もう帰りましょっ」

何かを思い伏せた紫理に、それ以上の理由を聞けない彩暉達であった。



 その夜・百地邸――


「な、何するんやぁ!」

覇智朗の声が響き渡る。


「何って、覇智朗。負けたモノを処分しようとしているだけ」

「夜鈴ちゃん。アンタは一体・・・」

「やはり、お前達では太刀打ち出来なかったな」

「どう言うこっちゃ?」


「浄人!」

夜鈴が扉を開けて庭に出る。


ガルッ! ガルルルルッ!

「夜鈴さん、用意は出来たよ」

月明りの下、気の弱そうな少年が立っている。

その足元には、首から上だけを出して身体を土中に埋められた犬の姿。


(な、何をしようっちゅうんや?)

異常な雰囲気に覇智朗はダラダラと脂汗を流す。


ふと見ると、浄人の手には一振りの鉈が握られていた。


「まっ、まさか?」

覇智朗が目を凝らすと、埋められている犬の眼前には肉の塊が置かれている。


グルルルッ! ガオッガオッ!

犬は目の前にある肉にかぶり付こうとするが寸での所で届かない。

身体を埋められている不自由さに飢えと渇きが加わって、犬は発狂寸前であった。


「浄人!」

夜鈴の声に促される様に、浄人は持っていた鉈を振り上げる。


「そんな事、止めぃっ! 止めるんやぁぁぁっ!」


ドシュ!

嫌な音を立てて、斧が振り下ろされた。


グルッ! グルル・・・

犬の動きが呼吸と共に止まった。


「犬童(いんどう)!」

その言葉に呼ばれるかの様に、地面に流れた犬の血から少しずつ、何かが起き上がって来る。

それは、少しずつ大きくなり犬の形を成していく。

唯、大きさは並の犬では無い。


「お前か、何用だ?」

犬の形を成したモノが人語を話した。

その姿は、全身を白い毛で覆われ、3つの赤目を持つ異形を成している。


「全てを滅せ。葛姫(かづらひめ)の為に」

葛姫と聞いた犬童の目が赤く光った。


ウォオォォォッン!

遠吠えが響く。



「何、今のは?」

「あんな背筋の凍る声、初めて聴いた」

結那・慧・栞寧・奈々聖が屋内から駆け出して来る。


「あれはっ!」

「何て事を・・・。犬神を召喚したの・・・?」

集まった結那達4人をジロリと見た犬童が身体の向きを変えた。


「可哀相だけど、皆・・・、死んで。月下の怨牙(げっかのおんが)!」

浄人の声に反応して、今にも結那達に飛び掛かりそうな犬童。


そして不気味な笑みを浮かべる夜鈴。


結那達はこの危機を乗り越えられるのであろうか。




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