第五話 「烈戦・富士の樹海(前編)」
青木ヶ原樹海、別名は富士の樹海と呼ばれている。
霊峰・富士山の北西、山梨県富士河口湖町と鳴沢村に広がっている大森林地帯が、山頂から眺めると木々が風になびく様子が海原でうねる波のように見えることから「樹海」と呼ばれて来たのである。
また、日本有数の野生動物の生息域であり、ツキノワグマを始めとして多種多数の動植物が確認されている。
ここに導かれ集った者達が居た――
「久しぶりやなぁ。望月!」
「あら、貴方のカバっぷりも益々磨きが掛ったみたいね。百地!」
「やかましいわいっ! 誰が、カバやねん!」
対峙している紫理と覇智朗が毒づき合う。
そして、互いの後ろには4人の少女達が控えていた。
「そちらからの申し出だけど、どうやって決着を付けるのかしら」
紫理の目が覇智朗に後ろに並ぶ少女達に向けられる。
(やはり。手強そうね)
「決着もなんも、こっちが勝って終わらせるだけや」
覇智朗も紫理に従う少女達へと視線を送る。
(おぉっ! あっちも結構可愛いやんけ! 特にあの巨乳の娘はええなぁ~)
(なんだか、あの眼つき。嫌だなぁ)
思わず身震いする彩暉。
「さっさとやって、さっさと終わらせようぜ」
ジャリッと音を立てて歩南が一歩踏み出す。
「そうね、ガサツな女なんて相手にしたくもないけど」
相手側からは結那が歩を進めた。
「それじゃあ」
「始めましょうか」
歩南と結那の視線が交錯し、控えていた彩暉達も前へと出る。
「皆、無理はしない事。ここは降伏させるだけで良いから」
「わいんとこのお嬢さん達はそんなに甘うないでぇ。性根据えて掛ってこいやぁ!」
紫理と覇智朗は対峙する8人の少女達からの距離を取る。
(この戦い。見届けないと)
(さぁ、始まるでぇ。夜鈴ちゃん)
「先に言っとくけど。あち等、手加減とかする気ねぇから」
歩南が挑戦的な視線を叩きつける。
「あら、奇遇ね。うちらも同じやわ」
長い髪をかき上げながら結那が微笑む。
「そうか。良かったよ、遠慮しないで済む相手で!」
歩南は掌に握った火打石を擦りあわせ火花を起こす。
「先手必勝、鬼火の指弾(おにびのしだん)!」
〈鬼火の指弾とは、火打石で発生させた火花を火種として、指鉄砲形にした人差し指の先から火球を打ち出す術である〉
「くらいなっ!」
歩南の放った火球が結那へと向けて飛ぶ。
「砂礫の防壁!」
ビシッ! ビシッ!
結那の後ろにいた慧が印を結び、結那の前に土砂の壁が地面から盛り上がり、火球を食い止める。
「歩南さん、避けて! 山蔦の枷!」
遼歌が叫ぶと地面から伸びた山蔦が慧へと襲い掛かる。
「チッ、面倒なのが居るね! 慧、任せな! 大蜘蛛の網巣(おおぐものもうそう!)」
〈大蜘蛛の網巣とは、呼び出した大蜘蛛に空中に巣を張らせ、それを相手に絡ませて動きを封じる術である〉
「きゃあぁぁぁぁっ!」
栞寧の呼び出した大蜘蛛の糸が遼歌を捕えた。
「させるかっ! 飯綱の刃!」
望永が印を結び、空中から飛び出した真空の刃が大蜘蛛の糸を切断する。
「助かったよ、望永ちゃん!」
「遼歌ちゃん、来るよ!」
「氷点の氷柱!」
奈々聖の叫び声と共に巻き上げられた小川の水が氷柱となって襲い掛かる。
「任せてっ! 風神の盾(ふうじんのたて)!」
〈風神の盾とは、大気を圧縮して強固な盾を作り敵の攻撃を防ぐ術である〉
ガッシャアァァァン!
大気の壁にぶつかった氷柱が爆音とともに割れ落ちる。
「貰ったぁ! 奈落の蟻地獄(ならくのありじごく)!」
〈奈落の蟻地獄とは、敵の足元に蟻地獄を発生させその身体を土中に飲み込んでしまう術である〉
慧の叫びと共に、望永と遼歌の足元が崩れ落ち巨大な、すり鉢状の窪みへと飲み込まれていく。
「きゃあぁぁっ!」
「足場が崩れて登れない!」
「黒猿の空綱!」
彩暉の叫びと共に無数の黒猿達が互いの身体を繋ぎあって長大な綱となり、望永と遼歌を引き上げ救い出す。
「ありがと、彩暉ちゃん!」
「助かったよ」
望永と遼歌に笑みを返す彩暉、だが――
(か、身体が動かない・・・)
彩暉の視線は、自らの影を地面に縫い付ける様に刺さっている太く大きい針を見つけた。
(あれは?)
「全く・・・、困った娘。うちの慧の術を無駄にしてくれちゃって」
妖しく微笑む結那。
「漆黒の影縫い(しっこくのかげぬい)。もう動けないわよ」
〈漆黒の影縫いとは、妖力を込めた針で相手の影を地面に縫い付け、動けなくする術である〉
「さぁて、どうしてあげようかしら」
妖艶に笑みを浮かべて、彩暉に近づく結那。
「させるかっ! 鬼火の指弾!」
「穂波さん!」
「チッ!」
チュイィィィンッ!
歩南の放った火球が、彩暉の影を縫い付けていた針を弾き飛ばす。
「面倒なヤツ!」
「結那さん!」
奈々聖が結那に駆け寄って何かを耳打ちする。
「・・・」
「ん、分かった!」
この光景を見ていた紫理の顔に影が落ちる。
(しまったっ! 歩南の弱点が見抜かれた!? )
「栞寧! 慧! 引いて!」
「えっ?」
「何?」
突然の事であったが、栞寧と慧は顔を見合わせるとコクリと頷き合った。
「何なのっ? 何をするつもり? まさかっ!」
奈々聖が精神を集中させ、小川の流れが止まった。
せき止められた小川の水が隆起する様に盛り上がる――
「怒涛の水瀑(どとうのすいばく)!」
〈怒涛の水瀑とは、周囲の水分を一カ所に集め、落下する滝の様に相手一団へと叩きつける術である〉
ゴゴゴゴゴッ! ドォォォォォン!
地響きの様な爆音とともに大量の水の塊が叩きつけられる。
「きゃあぁぁぁっ!」
悲鳴と共にずぶ濡れにになり、膝を付く彩暉達。
「ハァ、ハァ」
「これは。ちょっと」
「きついかもね。それに」
歩南が掌を開く。
(水に濡れた火打石は発火出来ない)
奈々聖と結那の作戦に唇を噛む紫理。
(でも歩南はそれだけじゃ無い!)
果たして紫理は何を期待しているのであろうか。
そして――
「懇篤の風(こんとくのかぜ)」
望永が軽く目を瞑り、印を結んだ。
〈懇篤の風とは、暖かく柔らかい風で対象を包み、傷や体力を回復させる術である〉
「暖かい・・・」
「身体の傷が」
「癒される・・・」
「よしっ、望永。完全回復だ。これでまだまだ戦えるっ!」
歩南が構えを取った。
(チッ、回復系の術が使えるのは厄介ね。それなら一気にケリをつける!)
結那がチラリと栞寧を見る。
(わかった、行くよっ!)
頷いた栞寧が印を結ぶ。
「行っけぇぇぇっ! 雀蜂の縫線(すずねばちのほうせん)!」
彩暉達の頭上に無数の羽音がブンブンと重なり聞こえた。
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