第三話 「獣VS草・風・炎」
「さぁ、着いたわよ」
紫理の運転する車が目的地に到着した時、既に夜は明け陽の光が差し込んでいた。
「何て・・・、大きな武家屋敷・・・」
車を降りたアキはチュー太郎の入った箱を持ち、何処までも続く長い塀に圧倒されている。
「浮湖荘(うきみそう)?」
門前に書かれた看板を見る彩暉。
「望月家の別荘よ。遠慮しなくて良いわ」
驚く彩暉の肩をポンと叩くと、紫理は正門とは反対に歩き出す。
「あの・・・。紫理さん?」
慌てて後を追う彩暉。
「出入りは裏口からするのが仕来り、みたいな!」
にっこりと笑うと紫理は裏口を開け、彩暉をグイッと引っ張り込む。
広い庭が眼前に広がっている。
白い小石が丁寧に整えられ、波紋を描く中心に枝ぶりの整った松が天を仰いでいる。
「ほぉぉぉ~」
思わず足を踏み出した彩暉。
ジャリッ!
小石を踏んだ瞬間、周囲に緊張が高まった。
(誰か・・・。居る!)
注意深く周囲の様子を探る彩暉。
ジィィィ!
手に持った箱の中からチュウ太郎の威嚇するような鳴き声が聞こえ、ハッとする彩暉。
「曲者っ!」
1人の少女が松の影から飛び出し、手印を結んだ。
「山蔦の枷!(やまつたのかせ)」
〈山蔦の枷とは、地中から山蔦を急速に成長させ、対象の手足を拘束し動きを封じる術である〉
「ちっ! 地上は分が悪いか!」
身を躱し、ばく転を繰り返して逃げる彩暉を山蔦が追う。
「はっ!」
ばく転し、高く飛んだ彩暉は手印を結んだ。
「黒猿の空綱!(こくえんのからつな)」
〈黒猿の空綱とは、呼び出された猿達が、樹上から互いに手を繋ぎ一本の綱の様になって術者を空中へと引き上げる術である。〉
まるで1本の綱の様になった猿達の腕を掴んだ彩暉はその勢いのまま、松の枝に飛び乗る。
「遼歌ちゃん! ボクに任せて!」
「お願いっ! 望永ちゃん!」
彩暉の迫る山蔦と反対の方角から別の少女と思われる声が聞こえた。
「くっ! 新手か!」
反射的に後ろを振り向いた彩暉の前で別の少女が手印を結ぶ。
「飯綱の刃!(いずなのやいば)」
〈飯綱の刃とは、大気を操って生み出した真空の刃で対象を攻撃する術であり、別名・カマイタチとも呼ばれている〉
少女の手元から半月状の刃が無数飛び出し、彩暉へと向かって飛び松の枝をバサバサと切り落とす。
「きゃあっ!」
足場を失った彩暉が転落した瞬間。
「山蔦の枷!」
「黒猿!」
遼歌と呼ばれた少女と彩暉が同時に叫んだ。
地上に落ちる寸前の所を捉えようとした山蔦が彩暉に届く直前に、猿達の腕が彩暉を再び空中へと戻し、体勢を立て直した彩暉がふわりと離れた位置に着地する。
「くそっ!」
望永と呼ばれた少女が口惜しそうに彩暉を睨んでいる。
(敵は2人、同じ妖術使い・・・! 紫理さんは?)
前後を交互に警戒しつつ、彩暉は周囲を見回した。
その時・・・
「やるじゃん! それじゃあ、今度はあちが相手してあげるよ!」
両手を組み、指をポキポキと鳴らしながら近づく。
「ほ、歩南さん!」
「本気出しちゃぁ!」
「行くよ! 鬼火の!」
歩南と呼ばれた少女が指鉄砲の様な手形を作り、彩暉も背後に控える猿達に命を下そうとしたその時・・・
パアァァァァン!
と手を打つ音が庭中に響いた。
「はい! そこまで!」
「ちっ! 久しぶりに楽しめそうだったのに」
紫理の視線を受け、歩南は手形を解いた。
「紫理さん?」
「それじゃぁ?」
遼歌と望永も手印を解く。
「そうよ。この娘が最後の1人、これで4人が揃ったわ」
「あの・・・。一体何が?」
きょとんとする彩暉を尻目に紫理は笑みを浮かべている。
「やぁ、悪かったな、あちは服部歩南(はっとりほなみ)。『炎使い』さ」
精悍な雰囲気の歩南。
パープルのショートヘアーをアシメにし、筋肉質な身体にはアチコチに傷が見える。
彩暉よりは年上だろうか。
「わ、わたしが勘違いしちゃったから・・・。ごめんなさい。わ、わたし、『草使い』の藤林遼歌(ふじばやしりょうか)です」
黒いシャギーロングの少女がペコリと頭を下げる。
じっと彩暉を見つめながらだんだんと近づき、彩暉の顔にキスしそうなところまで近づく。
「あ、あの・・・」
「あ、ごめんなさい。わたし、遠くがどうしても見えにくくて・・・」
先程迄とは打って変わり、おどおどしている様子が見て取れる。
「ボクもゴメンよ。てっきり、敵だと思ってさ。ボクは飛騨望永(ひだもえ)、『風使い』さ」
こげ茶色のベリーショートが身軽さを感じさせる。
やや低めの身長で照れ笑いをしていた。
「わ、わたしは猿飛彩暉。『獣使い』です、宜しくお願いします!」
つられて彩暉もお辞儀しながら自己紹介する。
「じゃあ、自己紹介も済んだみたいだし・・・」
笑ながら近寄った紫理が彩暉に箱を渡す。
「何? それ?」
箱を受け取った彩暉の周りに歩南・遼歌・望永が集まって来る。
「あ、皆に紹介しておかなくちゃ」
「うわぁ、何これ?」
「ちっちゃくて、可愛い!」
「ネズミ・・・、か?」
箱の中では『チュウ太郎』が鼻をフンフンさせながら自分を覗き込む少女達を見上げていた。
「でもさぁ、紫理」
「何かしら?」
「本当にあち等、戦うの?」
歩南の言葉に一瞬、場が鎮まった。
「あち等が本気で戦えば、さっき位じゃとても・・・」
「収まらないでしょうね」
「じゃぁ・・・」
「相手も、貴女達と同じ『妖術使い』。時空を超えた・・・。でも」
「退く訳にはいかない・・・か」
皆が視線を互いに交わし合い、大きく頷く。
(望月様の仰る事なら・・・)
4人の心が一つになった瞬間であった。
「そうそう、遼歌」
「はい?」
「これを渡しておくわ」
「えっ、こ、これって!」
「眼鏡って言うのよ。これで近づかなくてもハッキリ見えるでしょ!」
「うわぁ、凄いっ! 何でも見えちゃうみたい!」
嬉しそうに周囲を見回す遼歌、そして3人の少女達。
これから起きる熾烈な戦いの事は、今は忘れて居て欲しいと思う所である。
※本話は、【東京テルマエ学園】『第11話 えっ!? これがコンパニオン?』の別次元ストーリーとしてもお楽しみ下さい。
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