第二話 「第一の刺客、猫又!」

さて、露天風呂から上がった紫理と彩暉は近くの駐車場へと歩いている。

紫理は湯あみからスーツに着替えているが、彩暉は忍び装束の様なモノを着たままである。


日は少し西に傾きつつ有り、雲が茜色に染まり始めていた。


山頂の駐車場には紫理の乗って来た車だけが停まっている。

駐車場へ入ろうとした彩暉の視線が自販機の片隅に置かれている小さな箱に向けられた。


「どうしたの?」

箱を見つめる彩暉に紫理が不思議そうに話しかける。

黙って箱に手を伸ばす彩暉。


胸元に持ち上げて箱を開く・・・


「あら、ハムスターじゃない」

「はむすた?」

「えぇ、ジャンガリアン・ハムスターと言うの。まぁ、ネズミの仲間ね」

「じゃんがはむすた・・・」

彩暉はじっとハムスターを見つめる。


箱の中のハムスターは弱っているらしく小さな身体を震わせ、力のない声で「ジーッ」と鳴いた。


「きっと、飼えなくなって捨てられたのね。可哀相に」

「この時代の人は簡単に動物を捨てるんですか? こんなに小さいのに・・・」

彩暉の目に悲しみの色が宿っていた。


「良くない事って分かっていても。そうする人は居るの」

「わたしこの子を連れて帰りたい!」

彩暉は強い意志を持った目で紫理を見つめる。


「貴女は『獣使い』、これも何かの縁かも知れない」

「それじゃあ!」

彩暉の顔が、パッと明るくなった。


「但し、その子の面倒は貴女が見なさい」

紫理も微笑む。


「ありがとう、紫理さん! この子に名前を付けてあげないと」

ハムスターをじっと見つめながら真剣に考え込む彩暉。

紫理も黙って時を待つ・・・


「決めたっ! はむすたはネズミだから『チュウ太郎』!」

はちきれんばかりの笑みを零す彩暉。


「『チュウ太郎』ね。でも、女の子だったらどうするつもり?」

「わたし分かるもん! この子は男の子だって!」

(流石、『獣使い』ね・・・)


こうして『チュウ太郎』は彩暉に連れられて行く事となったのであった。




「遅くなったわ。そろそろ帰るわよ。さぁ、乗って!」

紫理は車の助手席のドアを開ける。


「こっ、これはっ!?」

無論、自動車など初めて見る彩暉である。

助手席に座らされ、シートベルトを付けられる。


「か、身体が動かせないっ!」

「体を固定するの。危ないから」

アキの挙動が面白くて紫理は笑う。


「じゃぁ、出発」

紫理はエンジンを始動させ、車を発車させた。


「はっ、速いっ!」

車の走る速さに驚く彩暉。


「ふふっ! 皆、最初はびっくりするわ」

「ほえ~」

彩暉は開いた口が塞がらない様だ。

興味津々に車内を見回す。


「ねぇ、紫理さん・・・」

「なぁに?」

「この御輿、馬も牛も居ないの?」

彩暉の素朴な疑問にクスクスと笑う紫理。


「そう、これはクルマって言うのよ」

「くるま?」

「この時代のとても便利な乗り物。気に入った?」

「はいっ!」

紫理の運転する車が山間から高速に乗り、街中のインターチェンジを降りる頃には日も暮れていた。


 煌めく繁華街の灯かりを遠目に、紫理の運転する車は郊外へと入る。

彩暉は助手席で『チュウ太郎』の入った箱を太腿に乗せたまま軽い寝息を立てていた。

対向車も無い川沿いの道を走っていると・・・


 「危ないっ!」

急に車の前に何かが飛び出し、紫理は慌ててブレーキを踏む。


キキキキィーッ!


急ブレーキを踏んだ衝撃に彩暉も驚き目覚める。


「彩暉、大丈夫?」

「わたしは平気。紫理さん? くるま停まったけど?」

「何かに前に飛び出して来たのよ・・・」


紫理は車を降りて周囲を見回す。

(何も居ない? 馬鹿な・・・。違う・・・。何かがこっちを見ている)


生暖かい風が吹き、じっとりと汗が滲み出る。


「何かの気配がするよっ!」

彩暉も『チュウ太郎』の入った箱を助手席のシートに残し、車から降りる。


「気を付けて、彩暉! 敵の刺客かも知れない!」

「こちらの様子を伺ってるみたい」

(彩暉も何かを感じている・・・、間違いないわね)


彩暉と紫理は自然と背中合わせになり、敵からの襲撃に備える。


(一体、何処に居るの?)

緊張の糸が張り詰める。


「わたしに任せてっ!」

「えぇ、お願い」

紫理は彩暉が『獣使い』の能力を使おうとしている事を察知した。


(敵の正体が分からない以上、今は彩暉の能力に頼るしか無い)


彩暉が手印を結んだ。


「猿飛妖術!『鴟梟(しきょう)の闇目(やみめ)』!」

彩暉の掛け声とともに1羽の梟(フクロウ)が現れ、上空へと舞い上がると周辺を見回す。



〈『鴟梟の闇目』とは、呼び出した梟に周辺を索敵させ、梟が見た情報を自らも共感出来る術である〉



「見えたっ!」

川沿いに植えられた桜の樹の影にそいつは居た。


「紫理さん! あの木の影っ!」

アキが指差す。


「刺!」

紫理は呪符を胸元から取り出し、彩暉の指差す方向へと投げる。

呪符は一陣の光を放つ刃となって飛んだ。


カッキィィィィィンッ!

だが、紫理の放った刃はソレに届く前に鋭い爪の様なモノで叩き落とされたのである。


ニャァァァァオゥゥゥゥゥッ!

暗闇に人では無い異質の叫び声が鳴り響いた。


「あれは!?」

「猫又!」

暗がりから姿を見せたのは、人の倍程の大きさで全身が毛で覆われている。

頭にはピンと尖った耳、目は黄金色に爛々と輝き口元からは牙が覗く。

二本足で立ち上がった巨大な猫・・・


「大きさは・・・。トラってところね」

猫又はゆっくりと歩み寄り、距離を詰めて来る。


(間合いを測っている・・・)

彩暉は猫又が一瞬で勝負を付けようとしている事を肌で感じていた。


古来、ネコ科の動物は身を隠して近寄り一瞬の隙を突いて獲物に飛び掛る修正がある。


(もう少し・・・。来る?)

猫又の体が月光に照らされ、二股になった尾がはっきりと見えた瞬間!


「来たっ!」

「早い!」

音も無く猫又はジャンプした。

5メートルほどあった距離が一瞬にしてゼロになり、猫又の爪が光った。


「壁!」

紫理は両手の十指を広げて前方へと突き出す。


ドンッ!

鈍い音が聞こえて、前方に現れた透明な壁が猫又の攻撃を防いだ。


「紫理さん!」

「彩暉、下がって! 2撃目は耐たないっ!」

彩暉と紫理が後方へと飛び下がると同時に腕を振り上げる猫又。


ガッシーン!

周囲の大気が震える音が聞こえた。

そして・・・


ピシッ、ピシピシピシッ! パリーン!

猫又の2撃目は紫理の作った結界を割ったのである。


「猫パンチってこんなに凄かったのね」

「紫理さん、来ますっ!」

紫理の前に飛び出す彩暉。


「猿飛妖術!『鴟梟(しきょう)の爪攻(そうこう)』!」


〈『鴟梟(しきょう)の爪攻(そうこう)』とは、呼び出した梟に敵を上空から攻撃させる技である〉


キェェェェェッ!

彩暉の命を受けた梟が両足の爪を立てて急降下する。


ギャッ!ギャオォォォッ!

猫又も爪を立てた両手を振りまわして応戦し、梟を叩き落とそうとする。


何度も何度も互いの攻防が続いた。


「封っ!」

紫理が猫又の隙を突くようにして呪符を投げるが、察知した猫又は爪を翻して呪符が届く前に切り落とす。


(一瞬でも動きを止められたら・・・)

紫理がそう思った瞬間・・・


キェエェェェェッ!

猫又の爪が梟を捉えた。

羽ばたきを止めた梟は猫又の足元へドサリと落ちる。


「よくも・・・!」

怒りに我を忘れた彩暉と猫又の視線が交錯した。


ガオォォォォッン!

「いけない、彩暉! 逃げてっ!」

紫理が呪符を構えるより早く猫又は彩暉へと飛び掛ったかに見えた。


(やられる!)

彩暉もそう思った瞬間、猫又の動きが止まった。


グルッ! グルルルルルッ!

猫又の視線は、彩暉の後方・・・

紫理の車へと向けられていた。


(何なの? 何が起きているの?)

紫理でさえ何が起きているのか理解出来なかった。


猫又の視線の先・・・、紫理の車のダッシュボードの上に小さな影が動いた。


ジー

そこには箱から抜け出した『チュウ太郎』の姿。


グルッ!グルッ! グルルルルルッ!

猫又が忌々し気にくぐもった声を出す。


「わたしの友達を・・・! 許さないっ!」

(あ、あれは!・?)


紫理は自分の目を疑った。

彩暉の額に『信』の字が浮かび上がったのである。


「同じ動物同士を傷付けるのは! このわたしが許さないっ!」

彩暉は一瞬動きを止めた猫又に走り寄り、その腕を掴むと・・・


「思いっきり反省して来なさーいっ!」

柔道の一本背負いの要領で猫又を投げ飛ばした。


「う、嘘・・・。軽く200キロはあるわよ・・・・」

流石の紫理も目が点になっている。


ギャオォォォォォッ!

彩暉に投げ飛ばされた猫又は川沿いの大木に体を打ち付けられ意識を失う。


(チャンス!)

好機到来と見た紫理は印を結び胸元から取り出した呪符を猫又へと投げつける。


「封!」

ギャアァァァァァァッ!

紫理の投げた呪符が猫又の額に張り付くと、断末魔の様な鳴き声が上がった。


「はっ!? わたし・・・」

我に返る彩暉、額の文字は消えている。


「ごめん、ごめんね」

彩暉は動かなくなった梟の体を持ち上げる。


「彩暉・・・」

彩暉の側へと歩み寄る紫理。


「あれを見て」

彩暉と紫理の目に映ったものは・・・


体中から白い煙を発して小さくなって行く猫又。


「これは・・・」


彩暉と紫理が見守る中、猫又は一匹の三毛猫になった。


そして・・・


ケホッ!ゲホッ!


嘔吐いた三毛猫が小さな玉を吐き出すと、暗闇の中へと走り去る。


「紫理さん?」

「やっばり、魔玉・・・。一体誰が・・・」

紫理はその玉を呪符で包む。


「その子にお礼を言わないとね」

黙って頷く彩暉。


彩暉と紫理は自分達の為に戦って死んだ梟を川沿いの草むらへと埋めた。


(誰だか知らないけど・・・。絶対に許さない)

彩暉の目に決意の色が宿っていた。


(あの額の文字。やはり伝説の・・・)

紫理は何かを感じている様であった。



 百地邸――


「な~んやぁ、失敗しおったかぁ」

残念そうに笑う覇智朗。


「まぁ、ええか。そろそろ本番の始まりやしな」

覇智朗の背後に4人の少女らしき影が映し出されていた。



※次回の配信は、3月14日(月) 0:00を予定しております。

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