浮幽物
桜河浅葱
第1話
俺の彼女に最近起きている、ある不思議なこと。
「おい、またなんか出てきてるぞ」
「ふぇ?なにか言った、凛くん」
菜の葉が、ぽやんとした表情でこちらを見る。
パンをもぐもぐと頬張る彼女の頭から、何やら出てくる半透明なもの。風船のような丸い形をしたそれは、触れてみても感触はない。それを彼女の頭の方へ押してみると、頭の中に戻っていった。
「お前の頭から気色悪ぃもんが出てたんだよ」
「え?なに、怖いんだけど」
不安げな顔をした菜の葉は、自分の頭をぺちぺちと叩く。
「いや、今は大丈夫、お前の頭に戻っていったから」
「え、ますます怖いんだけど。まあいいや、ありがとう」
そう言うと菜の葉は、へにゃっと笑った。
「最近暑いからかなあ」
そう言う彼女の首筋にはじんわりと汗がにじんでいる。
「暑さが理由か?」
「いやあ、わかんないけど。それにしても凛くんは汗かかないよね」
「まあ、代謝が良くないんだろうな」
「おじいちゃんてこと?」
「やかましい」
あはは、と楽し気に笑う彼女を見て、俺は密かにため息をついた。俺といる時に限ってこの不可解な現象が起きる。他の友達といる時は起きないらしい(菜の葉の友達に確認したら怪訝そうな顔をされた)まさか。
「そりゃあ、あんた死神だもん。生気奪い取ってんじゃないのおー?」
アイスを片手に間延びした声でそう答えたのは、俺と同じゼミの瑞樹。こいつも俺も死神で、今は変装して大学生のフリをしている。
「俺が?無意識で?それはない」
「あまりにも彼女のことが好きすぎて、自分が生きる世界に連れていきたくなっちゃって……?」
青春だねえ、とニコニコする彼の首筋に鎌を近づける。
「冗談だよ。死神殺しとか趣味悪いよ、凛くん」
大学構内で大胆なことするねえ、鎌隠し持ってたんだと笑う彼はいつの間にか俺の背後に立っていた。
「まあ、かっかしないで。天界で書物調べてくればいいんでしょ」
「分かってるんならさっさとそうしろよ!」
俺の咆哮に瑞樹は動じず、アイスの棒を眺めていた。
「はいはい、彼女さんの寿命が気になるのね。半透明の丸いもの-魂が頭から出てくるって、『浮幽物』でしょ?死ぬ2週間前から起こるやつ」
「浮幽物」とは人間の魂のことで、奪魂鬼-遺体から魂を奪い取る鬼-が魂の回収の準備をすることが原因で起こる。死ぬ2週間ほど前から浮かび始めた魂は、今際の際に完全に肉体と切り離される。その切り離しをスムーズに行うために奪魂鬼は準備をしているのだが。誤って寿命がある人の魂を奪うケースが多発したため、魂を回収される予定の人の死期を天界にある書物で確認し、誤りがあったら魂を戻しておく仕事ができた。それが俺たち死神に任されており、現代に来た理由である。そういうわけで天界にある書物を見て菜の葉の死期を調べたいのだが。俺は人間に恋をするという違反行為をしたため、天界に自由に戻ることはできなくなってしまった。俺が戻れるのは新月の夜中だけ。その夜が明けるまでに人間界に戻ってこないと、次の新月の日まで天界から出られなくなる。今は7月10日、次の新月まで20日以上あるので俺が行くと間に合わない。だから自由に天界に戻れる瑞樹に確認をしてもらうしかないのだ。
「まあ次空きコマだし、調べてみるよ。じゃあね」
そう言うと彼はすっと消えた。
15分後。
「原因わかったよ」
「さすが仕事が速いやつだ」
瑞樹は颯爽とベンチの前に現れた。
「原因は何なんだよ」
「まあ、そう急かすな」
彼は謎解きを始める探偵のように気取った口調で話し始めた。
「結論から言うと彼女に起きている現象は『浮幽物』じゃない。コンサートでアイドルに夢中になって心ここにあらず、魂が抜けたような感じになっているファンを見たことがあるだろう?それと同じさ。つまり菜の葉さんが魂が抜けるほど君に見惚れていて、『浮幽物』らしい現象が起きていたってことさ。まったく、お騒がせなカップルだな」
浮幽物 桜河浅葱 @strasbourg-090402
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