学校が終わると僕はすぐさま映見との待ち合わせ場所に向かった。

 その途中、駅のトイレで僕は用意していた私服に着替えた。きっと映見は僕がまた制服姿で現れると思っているに違いない。僕と同じ制服を着ている者が多少駅にはいるだろう。それに目がいっている間に僕はこっそり近づいてシャッターを切る。

 これでゲームオーバーとなって僕の勝ちだ。まさか二日目で終わるなんて彼女も驚くに違いない。でも約束は約束だ。

 ジーンズを穿き、地味なグレーのジャケットを羽織るとうまく行きそうに心臓がドキドキとしてきた。

 はやる気持ちを抑えて、僕は彼女がどこに居るのか遠くから確認する。昨日と全く同じ場所にいて周りを気にしていた。特に制服を着ている男子には敏感に視線を向けている。きっとこれならうまく行く。

 映見がちょうど遠くの学生服を着た人を見つめている時、僕は彼女にそっと近づく。上手い具合に気づかれてない。そして胸のドキドキもマックスだ。彼女の油断した姿を見るのは快感だった。

 そうやって彼女に近づいてインスタントカメラをポケットから取り出そうとしたときだった。

 あれ? カメラがない。

 自分の着替えのアイデアを買いかぶりすぎて、カメラを用意するのをすっかり忘れていた。

 慌てて肩に下げていた鞄からカメラを取り出そうとするが、すぐに取り出せなくてもたもたしてしまう。ようやく手にして構えた時には映見は僕に気がついていた。

 また憎らしいくらいに笑っている。

 僕はがっかりと肩を落として彼女に近づいた。

「今日は私服だったんだ。放課後だからてっきり制服だと思いこんでたな。盲点を突いてくるなんて、やるな、お主」

 褒めてくれても気づかれた後だから僕は嬉しくなかった。

「折角いい案だと思ったのに、カメラを準備しとくのを忘れたんだ。計画が水の泡だ」

「でも、透がうっかりしてくれたから助かっちゃった。これからは私も警戒を強めなくっちゃ」

 失敗すると裏目に出てしまった。無性に悔しい。落胆したまま僕は映見にカメラを向けた。

「それじゃ撮るよ」

 ヤケクソに言っても、彼女は相変わらずいい笑顔を作る。

「今日も笑顔でいられました。はい、チーズ」

 シャッターを押せば頼りなくパチッと音が鳴る。映見のうれしそうな顔がまた一枚カメラに収められた。巻き上げダイアルをジーコジーコと親指でスライドさせると、フィルムカウンターが『25』の数字を表しカウントダウンする。

 まだまだ大丈夫だと、自分に言い聞かせながら今日の失敗を忘れようとした。

「明日も私服で来る?」

 この質問をされた時、僕はすぐに機転を利かせた。

「ううん、着替えるのは実は面倒くさかったんだ。放課後はやっぱり制服でいいや」

 といいつつ、僕は嘘をついていた。また私服に着替えるつもりだ。

 もし嘘だといわれても、気が変わったとか、約束なんてしてなかったし、などといって誤魔化せるだろう。

 僕はまだ希望を捨てなかった。その希望を抱いたまま、僕は映見と別れた。暫くするとメールがまた入る。その文面は日にちが違うだけで前回のと全く同じ文面だった。また駅を指定してきた。


 そして次の日。昨日と同じように私服に着替えた。今度はつばが長めについた帽子を用意し、目深に被る。カメラはジャケットのポケットに入れ、今度こそ失敗のないように準備を整えた。

だが、いつもの場所に映見が居ない。

「あれ?」

 慎重に身を潜ませながら建物の影から辺りを確かめる。行き交う人々の中に映見の制服がないか目を凝らし、髪の長い女の子に注意しながら見ていたが、映見らしき女の子は見当たらなかった。

もしかしたら遅れるのかもしれない。

 そう思ったとき、肩を叩かれはっとする。振り返れば映見だった。

「見つけた」

「えっ、待ち合わせ場所はあっちだろ。なんで僕の後ろから現れるんだ」

「今日も私服で来るかもしれないって思ったの」

裏を読まれていた。

「嘘だとわかってたのか?」

「うん。なんかね、目線が透の左上を向いてたから、これは嘘だなって思ったの」

 映見の勘はするどい。そういえばいい事を思いついた気持ちを抑えようと誤魔化すように視線を左上に向けていた。これが嘘をつく心理だったのだ。

「それで、こっちも身構えて隠れてたの。今回顔を隠すように帽子を被ってたから、すぐにわかっちゃった」

 顔を隠すために用意した帽子も裏目にでていた。

 がっかりしている僕の気持ちなどどうでもいいように楽しそうに語る映見は、あまりにも無邪気すぎる。余計に悔しさが倍増した。

「嘘をついてもダメだってことだな」

 僕は自分の非を認めた。

「今回は見破いたけども、やっぱり嘘はいやだな。これも条件に加えようっと。嘘の情報を流してだまし討ちをして撮った写真は無効」

「えっ、そうくるか」

「だって、そんな手を使われて万が一成功したら悔しいじゃない」

「僕だって悔しい思いしてるんだぞ」

「透はそれでいいの。これは私の問題だから。私はやっぱり笑って挑みたいの」

 でた、映見の笑みだ。僕をあざ笑ってるのか、自信を得ているのか、大輪のひまわりのような笑顔を僕に向けている。

 いつも笑っている映見。映見が笑ってないところを想像する方が難しくなってきた。

「はいはいわかりました」

 また悔しい気持ちを抱きながらカメラを構える。ヤケクソでシャッターを押せば、パチッと乾いた音が虚しく耳に届く。

 この日のチャレンジもあっさり終わってしまった。

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