3
次の日、学校に着くなり僕は神野を探した。こんな事を企んだ神野が許せない。張り倒したい気分でもあったが、弱気な僕には手が出そうにもなかった。
すでに登校して机についていた神野の前に僕は走りよった。
「おっ、透、おはよう」
神野からすっとぼけて挨拶してこられるとムカつく。
「よくもシャーシャーと暢気に挨拶してられるな」
「だって、朝だもん。挨拶して何が悪い?」
「何が悪いって、神野自身が悪い」
僕が怒っているというのに、神野はきょとんとして僕を見つめている。
「なんかあったのか?」
「あったも何も、時生映見ってお前の知り合いだろ。何しらばっくれてるんだよ。僕をからかうのもいい加減にしろよな」
「からかってなんてないよ。とにかく、時生映見の事を知っているのに黙ってたのは悪かった。そっか、俺が裏で糸引いてるってもうバレたのか」
全然悪びれてない態度が鼻につく。
「なんでこんなことするんだよ。僕が死神って言われていることは知っているだろ」
「だからなんだよ? それはただの偶然だって。そんなことより、彼女も透が気に入ったんだろ。紹介したのは俺だけど、彼女自身が会いたいって思ってコンタクトとってきたんだろ。それは運命なんだよ」
「軽々しく運命だなんていわないでくれ。神野は噂を知っているくせに、僕の立場を全く真剣に捉えてない」
僕が本気で困っているというのに、神野は飄々として笑っている。
「今更、俺にどうしろと?」
開き直ってさえいる。
「それは……」
僕の方が答えに困ってしまった。
「なるようになるんじゃない? あとは自分でどうすべきか考えてくれ」
一瞬、神野の顔つきがふっと暗くなったように思えた。事が起こってしまった後ではどうすることもできないといいたかったのだろうか。神野も僕の訴えを聞いた後では複雑な気持ちが芽生えたような気がする。
「どうすべきかだけど、すでに彼女から条件を出されてるんだ」
「条件?」
神野にインスタントカメラで写真を撮る事を話した。神野はそれを興味深く聞いていた。
「二十七枚撮りで一日一枚の写真を気づかれないように撮る。そして気づかれた場合は無効か。なかなか面白いね」
「関係ないものには面白いかもしれないけど、こっちにとったら真剣だよ。うまく気づかれないで撮らないとこの先も付きまとわれるかもしれないんだから」
「それでなんとしてでも成功させたいと言う訳だな。まあ、頑張れよ」
「おい、そんな他人事のようにいうなよ。この原因を作ったのはお前でもあるんだぞ。だったら手伝ってくれよ。そうだ、神野がうまく彼女の気を逸らしてくれたら、そのうちに僕が気づかれずに写真を撮れるかもしれない」
僕はいい考えだと思って神野に期待した。
「それはずるしているのと同じだろう。それに俺を巻き込まないでくれ」
「おいおい、神野が巻き込んでおいてそれはないだろう。僕が困ってるんだから助けてくれよ」
「そんな事で困ってるといえるのか。俺は本当にお前が窮地に立つほど困っていたら俺の力を持つ限り助けてやる。でもこれは自分でなんとかなるんじゃないか」
「なんだよ、ケチ」
つい悪態をついた。神野は相手にせずヘラヘラと笑っている。こんな調子だったら、どんなに困っていても僕を助けるつもりはないんじゃないだろうか。
「今はケチといわれようが、俺は気にしない。だけどな、本当に透が本気で困っている時は俺は絶対に力を貸すことだけは誓う」
「本当だろうな」
「本当だ。但し、その助けが透にとって満足行くかどうかの保障はできないけどな」
「なんだよ、それ」
「お前さ『猿の手』っていう短編読んだことあるか?」
「『猿の手』?」
神野曰く、イギリスの作家、W.W.ジェイコブズが書いた小説だそうだ。読んだことはないが、有名なショートストーリーでなんとなく猿の手というのがどういうものか神野の説明でその話を思い出した。
「そうだ、願いを叶えるけども、気をつけないととんでもない代償を払わないといけない皮肉さが怪奇で恐ろしい話だ」
「それがなんだよ」
「必ずしも思うように透を助けられるとは限らないってことさ」
何をまどろっこしく例えているのだろう。神野は結局、僕が本気で困っていても助けられるかはわからないと言い訳しているのだろう。ああ言い切った後では少し逃げ道を作っておいて、後で誤魔化そうとしてるのかもしれない。
「もういいよ。自分でなんとかするから」
神野の話をまともに聞いていたら、更なるフラストレーションが溜まってしまう。
神野も呆れた僕を見て苦笑いしていた。
「神野は気楽でいいよな」
僕がため息をつきながら言えば、神野はそれを否定する。
「そんな気楽でもないよ。でも透の傍にいると少しだけ救われるんだ。これでも俺はお前に頼ってるんだぞ」
こんな時だけ友達面されても、ただの繕いにしか聞こえなかった。
それでも不吉な僕と一緒に居てくれるのは神野だけだ。自然に僕も友達だと思っていたのは事実だから、強く責めきれず最後は頼りなく笑って受け入れた。
ふたりしてヘラヘラ笑っていると、チャイムが流れてきた。
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