第18話 恐るべき信長の着眼点

 斎藤長龍は、荒々しく馬を疾駆させ東へと突き進んでいた。遠い場所ではあったが数騎の騎馬隊を前方に捉えた。長龍は更に馬速を上げて、声の届くであろう場所まで一気に走り込んだ。


「半兵衛!!」長龍が一声上げると、騎馬隊の一行は、馬の速度を落として、振り返った。「長龍様ですか?」半兵衛は馬を横にしつつ、姿勢を保ちながら、長龍の見えない場所から刀に手をかけた。


「そうだ。父の命令で、其方たちと合流せよと、命じられた」

「美濃の兵や武将は皆、義龍殿の手に堕ちたと聞きましたが、殿はどうされたのですか?」半兵衛は親指で刀の鍔を上げながら尋ねた。


「父は章滅士だった。私は妖魔になり立てで、まだ心は人間だった。だが、妖魔に一度はなったからこそ、心臓の無い意味や、奴らの事を多少知る事は出来た。父は妖魔化した私よりも遥かに強かった。だから父は章滅士として、私から妖魔の力を吸い取り、消滅させると言って、私を救ってくれた」


 竹中半兵衛は、長龍のその眼を見た。悲しみに打ちひしがれる様子を見て、刀の鍔を納めた。「道三様は非常にお強いお方です。ですが、我々にもしなければならない事がある以上、前に進むしかありません。さあ、参りましょう」


男の言葉に長龍は頷いた。そして再び、彼らは東へ向かって、突き進んで行った。



 家康は馬から下りて、幕舎の最奥の大将の椅子に座り、考え込んでいた。つい最近まで今川家の家臣であった家康は、義元の命令で織田の拠点を攻め守将を討ち取り、初陣にしては遅い年齢ではあるが、19歳で見事な戦果を上げた。


そして義元の死と同時に、独立した。本来ならば、織田と今川に挟まれる危険な状況であったが、信長は何事も無かったかのように、同盟を申し込んできた。義元の配下であった時、大原雪斎は確かに死んだ。国葬をして、その功績を称えられた。しかし、妖魔であっても、死んだ者は生き返らない。心音の確認で死んだと決めつけていたが、あの時には既に妖魔になっており、心臓そのものが無かった為、死んだと決めつけていた。


(信虎には心臓があったと、そして道三殿は信虎の心臓を貫いたが、印章士は封印出来なかったと言っていた。信虎は妖魔人と化すと力を増すと言っていたが……)


家康はに落ちない事だらけであったが、陣営が活気づいているのを感じて、信長が到着した事を悟った。家康は陣幕から外に出た時、信長が馬から下りて、家康の元へ向かってきていた。


信長は家康しかいない事から、徳川家が殿《しんがり)を引き受けたのだと最初は思った。しかし、家康の顔つきを見て、問題が起こっている事を察した。二人と本多正信は陣幕へ入って、信長に何が起きているのか、詳細を説明した。


 全てを話した家康は、信長のその鋭い眼光は、何もかも見透かしているように見えた。そして言葉を口にして二人に対して、逆に説明をし始めた。


「其方たちの話で妖魔と妖魔人、そして心臓の有無の意味も分かったわ。信虎には心臓があったが、殺す事も、封印する事も出来なかったのは、道三殿が貫いた心臓は、信虎の心臓では無かったのよ。他人の心臓を入れておく事によって、それを妖魔人と呼ぶ。だから、心臓の本当の持主は死んだはずだ。生きている以上、封印する事が出来ないのはそのせいよ。そして心臓をいれれば、妖魔の時よりも強くなれる。本来の持主に強さが比例するかは分からぬが、信虎も雪斎も封印するには、奴らの本物の心臓を潰さねば倒す事は出来ぬ。文字通り、不死そのものよ」


家康と正信は、僅かな時間で、そこまで読み切る信長のほうが奴らよりも、遥かに上だと感じた。


「となると信虎や雪斎の心臓は、なかなか手強い者に預けたと言う事になる。元人間ではない、妖魔王が生み出した強き者に、与えた可能性が高い」


信長は天を見つめるように、空を見上げた。そしてうなるように言った。

「まんまとしてやられたか……ここはただの囮だ。北条の小田原城に攻めたのも囮で、狙うとしたら一カ所しか無い。奴らは京を制圧して、天下を動かすつもりであろう。妖魔がこの地にいる事は知っているが、京を制圧された等誰も思わぬ。勅命で真の強者を呼び出し、心の強き者たちには理由をつけて滞在させ、気づかれぬように取り込んでいくつもりであろうよ。そして我らのような真相を知る者には、勅命で討伐を命じるのが狙いであろう」


「我々はこのまま尾張に戻って、道三殿と合流して軍を整えて、京へと進軍する。武田や北条への使者は家康殿にお任せ致す。それでは御免」


「奥村助右衛門! 前田慶次! 其方たちは先行して尾張に入ったら兵馬を整えよ!  

我らの戦はここにはあらず! 京へと進軍する」


「はっ! お任せください!」

二人はそれぞれ自軍の兵馬を再度整え、休む間も無く進軍を開始した。出発の合図である法螺貝ほらがいが鳴り響いて、奥村助右衛門を先頭に出発を開始した。しかし、すぐに進軍の足が止まり、奥村は数体の騎兵と共に、信長の前まで戻ってきた。


それは竹中半兵衛とその一族、そして斎藤利三であった。事の詳細を一番年齢の高い斎藤利三が説明した。その顔色は曇りのように、静かに沈んでいた。信長は現状を説明し、奥村助右衛門のみを先行させ、中軍に、年齢の近い17歳の前田慶次の軍に組み込み、進軍を開始した。


信長の予見を疑う者はおらず、若いが熱い闘士たちは、信長が見据えた通りに動き出した。


着陣したばかりの兵士たちであったが、誰一人として疲れた様子を見せる処か、逆に敵が定まったせいか、力強い足取りで、尾張に向け動き出した。



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