第19話 進軍する足を止めない男たち
「全軍止まれ!」尾張に入り、奥村助右衛門の声が鳴り響いた。普段なら森から一斉に飛び立つ小鳥たちや、農民たちが働く、まだそれほど暗くない時間であるにも関わらず、生者の気配が一切感じられ無かった。それを感じ取った奥村は、一度、進軍の足を止めた。
そして、先頭にいた奥村は、その音の無い世界の道を、馬に
中軍の大将を務めていた前田慶次が進軍が止まった為、様子を見に来た。奥村助右衛門はどうかしたのかと、最前列の兵士に聞いたが、兵士たちも分からなかった。馬足の音で、前田慶次が、様子を見にきた事は分かっていた。分かっていたが、既に自分の周囲も囲まれている事も知っていた。二人は年も近く、仲の良い友でもあった。
17歳の前田慶次は既に、武芸では前田家でも敵う者はいず、奥村助右衛門くらいしか、相手が出来る者はいなかった。奥村助右衛門は水面が揺れた瞬間に、その波紋の中心に対して、槍を突き出した。完全に人間では無い、殆ど肉が無い、体を持つ死霊のような化け物の、頭に槍は突き刺さり、そのまま泥水に沈んだ。まるで合図を出したように、その化け物たちは水田から多数現れた。
奥村助右衛門は後ろを振り向かず前方の敵を相手にしながら、「慶次! 後ろは任せた!」と声を発した。「任せろ!」前田慶次はその化け物に対して、豪快に槍で殴り砕いた。「いちいち刺すのも面倒だ。雑魚は一気に片付けちまおう!」
奥村は慶次らしい発言に笑みを浮かべて、同調するように一気に片付けた。相手はほとんど、同じ姿をしていた。どれも細身で、明らかに尖兵である事は、間違いなかった。しかしこの辺り一帯は、既に人間はいないのだと、言われたような気がした。
「進軍を開始する。慶次は中軍に戻っておけ」
「ああ。分かった。ここから先は危険だ。油断するなよ」
「まだまだ、お前に心配されるほど弱くは無い」奥村は笑みを浮かべて頷いた。
尾張は織田の領土だ。そして明らかに戦った痕跡は残されていた。竹中半兵衛たちの話からすると、斎藤道三がひとりで残って、戦ったと言っていた。道三の槍裁きは勇名であり、誰もが認める強さを持った、章滅士だった。尾張に点在する、砦や城を守っていた将兵たちの安全を確認した後、奥村は何があったのか尋ねたが、尾張での戦いは殆ど無く、斎藤道三はそのまま北上し、美濃に入ったことくらいしか分からなかった。奥村助右衛門は、そのまま同じ経路を
斎藤道三が通ったであろう道は、考えるまでもなく分かった。人間か妖魔か分からないほどの兵士の死体が、そこら中に転がっていた。美濃を北上していくほど、その戦いが死闘であった事に気づかされると同時に、斎藤道三の真の強さを感じていた。
高く
馬でゆっくりと上階へと昇りながら、周囲を見ていった。明らかに名のある武将であろう、甲冑を
ここまでたった独りで、攻め込む事が出来たのは、単に強いだけでは無く、己たちの使命は、この人間の世界の妖魔を倒す事だと、固く決意した事により、成せるのだと、奥村助右衛門はその意思を継ぐ事への使命感を、言葉は無くとも道三の心の真意は感じ取れた。
奥村助右衛門は覚悟はしていた。ここまで敵を倒して、上り詰めた事だけでも、強く正しい執念の現れであり、斎藤義龍は道三の強さを知っていただけに、自らの周りには、強い妖魔化した配下で守りを固めている事は容易に知り得る事が出来た。
上にのぼる度に、死体に目をやった。道三の死体を探す為に、その馬足の速度はゆっくり、歩くよりも遅い速度で上がって行った。敢えて、馬から下りず、馬に乗ったまま進んだには訳があった。遠くまで見渡すには、馬上にいたほうが、広範囲に向けて、目をやり易くするためであった。しかも上から見るとそれらの死体が、より良く見えた。
遂に最上階まで上がってきた。奥村助右衛門は信じ難い表情で、馬から下りた。そして、広い敷地には、幕舎が張られていた。奥村助右衛門はその広い敷地に、広がるように兵たちを配備した。暗がりで見えなかったが、大将の席に座っている者がいる事だけは分かった。
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