第17話 斎藤道三の男気

 道三の馬上からの槍は、的確に妖魔と化した兵士たちを倒していった。脳に槍を突き刺し、そのまま横に振るうだけで、幾兵もの頭を斬りつけた。雑魚どもには道三の槍裁きの前には何も出来ないまま、倒れていくだけであった。


一騎の若武者が向かってきていた。兵士たちは道を譲るようにして横に避けていった。赤い面をつけていたが、道三にはすぐに何者か分かった。そして話しかけた。


「お主までも…………何故じゃ?」

「父上。このような関係になるとは、私にとっては非常に苦痛でございます」

「それはわしの台詞じゃ。義龍めはそこまで落ちたか。心臓はその胸にあるのであろう?」悲しい目をして、道三は末の息子である、長龍に話しかけた。

「はい。その通りです」

「わしはお主を傷つける事は出来ぬ。一体いつ妖魔にされたのだ?」

「ハッキリとは分かりません。日々、心が消えて行くように、異変は感じていましたが、恐らく、まだ完全に妖魔となって日は浅いはずです」


 道三はその言葉を聞き、苦悶の表情を見せながら、まぶたを閉じた。

深く何かを考えている道三は、苦悶の表情で目を閉じたまま、長龍に話しかけた。


「お主言う通り、まだ妖魔化して日が浅いのであれば、助ける手段はある。これは両方の力を持つ、章滅士にしか出来ないものだが、肌の色もまだ肌色であるし、敵味方の見分けもつく事から、其方の言う通り、妖魔化は進行しているが、完全には妖魔化しておらん」


「私は助かるのですか?」


「必ず助ける。長龍よ、織田領を越えて、徳川領も越えた東に、軍勢が終結しておる。竹中半兵衛たちも今向かっている。お主を人間に戻したら、皆に合流せよ。振り返らず、一本道を進むように、ひたすら馬を走らせよ」


道三の口振りは、明らかに己にはもう行く事は出来ない含みが、感じ取れた。

長龍と道三の視線は、しっかりと目を見ていたが、長龍には受け入れ難いものだと、悟った。それを感じ取った道三は、言葉を口に出して真実を語った。


「長龍よ。お主とわしでは、まだまだわしのほうが強い。それは確かな事実だ。お主は過剰に心配しているようだが、それは間違いだ。だから安心して受け入れよ」


「父上の命……というより、父上の存在が消えるように感じたのですが、そうではないのですか?」

「そうじゃ、今のわしと長龍との力の差は歴然じゃから可能だ。妖魔の力をわしの体の中に、留め置いて、時間をかけて消し去る事が出来る。だから、わしは直ぐには参戦出来ぬ。それ故、それを皆に長龍から伝えて欲しい」

「分かりました。私は何をすればよいのですか?」

「そのままそこに居ればよい」道三は馬をゆっくりと、長龍の横につけると、心身に力を入れた。その力は強大であり、妖魔に踏み荒らされた草むらから、一般の妖魔兵たちは後退りしていった。


道三は長龍の胸に手を当てると、人間として最後の言葉を残した。

「再び、再会するまで時間はかかるが、お前の事は婿殿に頼んである。だから何も心配する事は無い。では暫しの別れじゃ、義龍はわしに任せて、馬を疾駆させて皆に合流を果たせ。また会おう」

そう言うと、道三の左手は人間の肌色では無くなっていくと共に、長龍の体の色は人間の色になって、心に重く圧し掛かっていた、何かが消えて去っていくのを感じた。


道三を見ると、苦しみを押し殺すように、眉間にしわを寄せて耐えていた。

長龍の視線に気づき、彼の乗っている馬の尻を、槍の真逆にある石突で叩いた。馬は疾駆して行った。長龍は、父が槍を振るっている姿が、どんどん小さくなっていくのを見ていた。見えなくなるまでずっと彼は、緑の生い茂る先にいる、戦う男の姿を目にしていた。


 道三は馬を疾駆させながら、自らが作った稲葉山城を最低限の敵のみ倒しながら、狙いは唯一人。義龍だ。と敵の攻撃を浴びながら、それに対応する事も無く、前に立ちはだかる敵だけを倒して、突き進んで行った。そして最上階に辿り着いた頃には、体は満身創痍であったが、雷のように鋭い眼光を放っていた。義龍を守る元家臣僅の側近たちが、義龍の前に出てきた。


猛る男は、出てきた瞬間に自らの最大の得物である槍を心臓目掛けて投げつけた。

刃こぼれした槍は、心臓を貫通してその男は倒れた。義龍の前に立ちはだかっていた為、見えなかったが、槍を投げた瞬間に、道三は真っすぐ駆けていた。元家臣に対して、刀を抜き去ると、一切躊躇う事無く、首を刎ねた。そして刀を義龍に向かって投げつけると同時に、槍を握るとその身を回転させて、深く突き刺さった槍を抜いた。

道三の投げた刀は簡単に避けられ、切れ味の鋭い刃は壁に背後の壁に突き刺さった。


道三は間を置かず、義龍に対して熱い魂を乗せた、冷ややかな槍先で、逃げ場が無いように乱れ突きを放った。本来なら間合いを詰めるべきでは無かったが、全身に傷を負った道三には、時間が無かった。横に薙ぎ払い、突きを入れつつ間合いは、徐々に詰められていった。


 槍の間合いギリギリまで詰め寄ったが、すでに幾度も避けられていた為、道三は勝負に出た。槍の柄の中央よりも刃先近くを握って、一歩素早く前に出ると同時に、槍を下から上に向けて振り上げた。その槍は、振り上げる瞬間に手をゆるめて、間合いを伸ばした。義龍の胸元から顎にかけて、血が噴き出した。


道三は更に一歩前に出て、槍を回転させて、同じように下から上に振り上げた。義龍は皮肉の笑みを込めて、その身を横に動いて躱した。道三は振り上げた瞬間に槍から手を放して、一気に距離を詰めて、壁に突き刺さった己の名刀を引き抜くと、横に逃げた義龍の方向へ力を込めて刃を横に振るった。


鈍い音がした。道三はすでに血にまみれていたが、まだ暖かい血を浴びた。床には義龍の首が転がっていた。勝負は決したが、道三にはまだやる事があったが、戦いに疲れて、その場に座り込んだ。疲労困憊ひろうこんぱいした体は彼の意思通りに動いてくれなくて、そのまま少し横になって休んだ。

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