第15話 服部半蔵と伊賀と甲賀の忍者衆

 服部半蔵は家康の命により、伊賀と甲賀衆の忍者部隊を引き連れて、物見隊よりも速く、敵城の視察に入った。家康に徹底的に調べろと、命じられていた彼らは、影を利用し、その俊足を活かして人影は無いが、絶対に変化を起こさせないように、つまりは敵兵ひとりにも不信な気持ちを抱かせない為に、徹底して行動していた。


城門にも人の気配は一切無かったが、半蔵は五名の部隊を五組作り、城の内庭に繋がる水門から潜入するよう命じて、半蔵は手で部下たちに待機を命じて、自らはかぎ爪をつけて、一瞬で城門にかかる橋の下に移動した。


そしてまぶたを呼吸に合わせてゆっくりと閉じて、神経を集中して、不信な物音から、兵士がいるのなら絶対に聞こえるはずの音を、隈なく探していった。


彼は入念に一分近く音を探したが、どこからも物音ひとつ聞こえなかった。それは逆に絶対的な静寂であり、不自然そのものであった。


彼は総合的に考えた。家康が急ぎ全て隈なく調べろという事は、何かしらの事が起こったか、逆に起こらないからかを思案したはずだと。その全てを調べる為、彼はスッと城門に繋がる橋の上に上がると、手話で合図を送った。その合図の意味は、生死を問わず、何者かを見つけ出せの合図であった。


 半蔵はすぐに城門を飛び越えて中に潜入したのではなく、敢えて見つかるように隠密な行動は避けた。通常は潜入や隠密行動が主な任務であった半蔵だが、死闘に身を投ずる事も状況次第で起こり得る事だった。


その時に半蔵を見た者は、まるで鬼神の如く強さで、敵味方に恐れられた。それ以後は、死闘に身を置く時には半蔵は、口だけ開いている夜叉の面を、被るようになった。敵からはその夜叉の面と、その恐るべき強さから鬼半蔵と呼ばれ、敵は面をつけた半蔵には、出合わない事を祈るばかりであった。


半蔵はその面をつけると、かぎ爪でぶら下がり、己の体重を利用してスッと城内に入り込んだ。そして先行して入った忍者たちから、誰もいないと合図してきた。半蔵は白い玉に火をつけると、それを真上に向けて力の限り投げた。白い玉はパンッと、音を立てて上空で破裂した。そして白い雲よりも、白く濃い煙となった。


 白の玉は、異常無しの合図だった。家康はそれを遠くから見て、すぐに全軍退却の命令を本多正信に出して、己は別れて、護衛役の半蔵の部下二十名と馬で疾駆していた。間違いが無いよう一応、半蔵に退却の命を伝えさせる為、服部半蔵と榊原康政の元へ一名ずつ飛ばした。


異常が無い事が異常であり、半蔵は咄嗟に家康なら我が思いを理解すると感じて、白い異常無しの玉を、空高くへ飛ばした。そして自分は、この意味の無い場所から配下を集めて榊原康政の場所に戻ろうとしていた。


だが、すぐに家康につけていた忍者が現れた。「家康様は、半蔵様の御心を御理解されました。榊原康政様の元へも、すでに我らの仲間を飛ばしました。ご安心くださいませ」

「ご苦労。では我らは殿に合流するぞ」

「はっ」伊賀衆と甲賀衆がひとつになった。半蔵は心の中で、このような意義のある戦いの世界に生まれ落ちた事に、珍しく感傷的になり、心で嬉し泣きをした。そして夜叉の仮面で見えないが、その瞳はたった一滴の涙で、輝いて見えた。

そして彼らは、服部半蔵に付き従って真の戦場を探す為に、家康の元へ向かった。


 三河武士は再び入口を目指して集まりつつあった。家康は北条氏政が、我々が一気に戻ってきたら、必ず同様すると見込んで、先に行って、拒馬の撤去をした後、幕舎なども邪魔にならないようにして、先に外に出るよう伝える命令を下した。家康は忍者の中でも氏政と面識のある、半蔵に直接行くよう伝えた。


俊足の中でも鬼才である半蔵は、家康の命令とほぼ同時に動いた。あまりの速さに北条氏政も気づかなかったが、風魔の小太郎には見えていた。小太郎は無意識に、氏政の前に出ていた。遠い場所に影が見えたと思ったら、既に目の前に来ていた。しかも夜叉の面をつけていたが、気配で半蔵だと小太郎はすぐに見抜いたが、「失礼」と言い面を外した。小太郎は半蔵の、伝説的強さの話を知っていた。そして、それは真実なのだと理解した。



「家康様からの伝言で参りました。ここには敵は一切おりません。隈なく我が配下の者たちに調べさせました。現在、急ぎ引き上げの命を受け、全軍撤退を開始しております。氏政様に先に報告して先に撤退を促すようお伝えしに参りました」


「分かった。ご苦労。すぐに拒馬を崩し、幕舎を払いのけたら、我らは城外に出る。家康殿に、氏政、了解いたしたと報告に戻られよ」


「承知致しました。では失礼します」


北条氏政は配下にすぐに命じて、徳川軍がそのまま止まらずに、撤退できるよう邪魔なものを排除して、軍を自国である、城外へとさっさと撤退させた。


氏政の手際の良さで、三河の徳川軍は止まる事無く、妖魔の世界から人間の世界に戻った。青い空を見て、妖魔の世界と変わらない空気であったが、息苦しさから解放されたように、家康は大きく息を吸った。そして総員を整列させて、徳川軍は織田軍と合流し、事情を話す為に、その地に残った。


北条氏政は、風魔の忍者から小田原城が襲撃された事を聞き、問題なく撃退はしたが妖魔に関する情報があると聞いて、徳川家康に風魔の話をそのまま伝えさせた後、北条軍は小田原城に一時撤退する事を伝えた。


「家康殿。何かありましたら、いつ何時でもご連絡くだされ」

「ありがとうございます。小田原城は堅固な城ではありますが、相手は妖魔であり、すでに潜伏している可能性が高いでしょう。氏政殿もいつでもご連絡ください」


北条氏政の軍は東にある小田原城を目指して、行軍を開始した。

家康はそれを何とも言えぬ表情で見送った。


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