第14話 妖魔との戦い

 家康は手を上げて全軍待機の合図を出した。

「どうかされましたか?」本多正信はくつわを並べてそっと話しかけた。

「我々は勘違いしているような気がしてならぬ」


「それは何ゆえでございますか?」

「義元が何故、妖魔にならなかったのかをずっと考えていた。不死は得られるが、利のみしかない事は道理に反するものだ。一度心臓を預ければ、死ぬことは無いと安心は出来るが、考えようによっては、囚われ者のようにも考えられる」

「そしてその間に気づかない程度に少しずつ、心と体を支配していくと?」

家康は正信の目を見て頷いた。

空歳くうさい!」家康がそう言うと、すっと姿を現した。「急ぎ、半蔵に甲賀衆だけ率いて内城を隈なく調べるよう伝えよ! 榊原康政は、半蔵が戻るまで待機させよ」「はっ」彼は東西に分けられている、中央にある大きな池を滑りながら陸まで跳躍すると、消えていった。


「嫌な予感がする。我々はここで待機するよう命じよ。予想通りならすぐにも戻らねばならない」

「わかりましてございます」本多正信は馬を返して、待機の命令を伝えるよう命じた。



時を同じくして、人の世界にある小田原城は、妖魔の大軍によって攻められていた。北条氏康は攻めてきた妖魔に包囲される事も無いよう、采配を振るい敵を寄せ付けないどころか、隙を突いて寄せ手の妖魔の部隊を殲滅させていた。


 北条氏康もまた不信に思っていた。この難攻不落の小田原城に対して、あまりにも無防備に攻め込んできていた妖魔たちに対して、狙いが見えずにいた。妖魔を倒す事は、怨念は生まれないと聞いていたからだ。人間同士の戦いなら分かるが、これほどまでに意味の無い事に、何の意味があるのかが分からなかった。


氏康は聞くほうが速いと考え、飲んでいた酒を手に持つと、北条幻庵を連れて牢獄に向かった。まだまだ不明な点が多かった為、氏康は妖魔となった松田憲秀を、牢獄で身動きも取れないように捕らえていた。


「憲秀よ。お主は何故妖魔になどになったのだ? 聞けば心臓もそのままそこにあると聞いている。皮膚の色も人間そのものだ」

そして、松田憲秀に対して、酒を飲ませようとしたが、拒んだ為、毒でも警戒しているのかと思い、自分がまずは飲んで見せた。


そして酒を再び口元にやると、喉の渇きだけでは無い、豪快な飲み方を見せた。氏康は牢獄の管理人に、酒と馳走を持ってくるよう命じた。


氏康はそこに座り込んで、話を切り出した。「妖魔の大軍が攻めてきたが、この城に攻め寄せるどころか殲滅してやったわ。お主の救出にきたのであれば、形だけのものでしかなかったと言う事になる」氏康は牢番に言って手枷てかせだけ外すように命じた。


「遠慮なく、好きなだけ食うて飲め」そういうと氏康は酒を喉に流した。

兼ねてより、酒と馳走を出す事は言ってあった。酒は特に強いものを出し、馳走にはあまり火を通さずに半生の状態で出すように命じていた。

松田憲秀はそうとも知らずに、その半生の肉や魚を、まるで水でも飲むように酒で体に流し込んでいた。


氏康は思った。肉体的には既に、妖魔化が進んでいるが、本人は気づいていない事に、おぞましさを感じた。しかし、さすがに酔ったのか、まるで独り言のように話だした。


「殿、大原雪斎の肌は何色でした?」

「紫色になっていた」

「ではもう手遅れです。どうやっても、二度と人間にはもう戻れません」松田憲秀はまるで他人事のように言った。

「憲秀。お主はまだ人間に戻れるのか?」

「殿。御冗談がすぎますぞ。私を見てください。食べ物も酒も人間が食するものしか食べていません」

「妖魔化したら食べ物は何になるのだ?」

「思い出すだけでも、おぞましいです。人間を食するのを、一度だけ見た事があります」

「その人間を食べ物としていたのは元人間か?」

「そうです。大殿が思われる以上に、妖魔に屈した人間は多いのです」

赤い顏をしながら生肉をほおばり、酒で気持ちよさそうにグイグイと体に入れていった。

「しかし、妖魔になると何を得れるというのじゃ? この幻庵に憲秀殿の教えを乞いたい」一流の北条幻庵に教えを乞いたいと言われ、憲秀は上機嫌になった。


「幻庵殿ほどの方にそう言われると、断れませぬな。よいですか? 妖魔はどこから生まれますか?」

「それは人間の憎しみなどからと、お聞きしたが」憲秀は酔いのせいもあり、大きく頷いた。

「では憎しみの大小の判断は、誰がどうされているとお思いですか?」

「これはまた難しい事を仰る」北条家随一の文化人と呼ばれている幻庵が、悩む姿を見て、更に上機嫌になっていた。


「人の世にはいない存在になりますな。しかしながら無からは何も生まれますまい」

「さすがは幻庵殿! その通りです。最初は小さな、今にも消えそうな種火だったと、私は聞いています。そこから絶え間なく二百年の時を毎日、この日ノ本中から集まったのが怨念の王であり、妖魔の王となり申した」


「つまりは今の世が続けば、果ては終焉しかないと言う事になりますな」


幻庵は熟慮に入った。(すぐに人間たちが団結は出来ない以上、今は攻勢でも日本全土にこの真実を伝えなければ、取り返しのつかない事態になる。慎重に事を進める為の餌として意味の無い無力な妖魔兵をぶつけて時間稼ぎをしておる。必ず何処いずこかの港を制圧するだろう。だがその頃には、十分に戦える戦力を有しているだろう。これは想像以上に危険な状態だ)


「殿。憲秀殿もお酒が十分回ったご様子。また日を改めましょう」

「うむ。憲秀、ゆっくり眠ることだ」


「幻庵。それ程までに不味い事態か?」

「はい。まだ先ではありましょうが、本物の軍勢が整い次第、日本中に点在する港が狙われることでしょう」

「その頃には手遅れだと言うことか。憲秀程度は問題ないか?」

「今は。としかお答えできません」

「仮に怒りや、妖魔に対してでも恨みを発すれば、それが奴らの力に変わるだけです。敵ながら流石は二百年の間、考えただけの事はあります」


「我らはこの地上で戦ってきた。そう容易く妖魔の手の上では踊りはせん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る