第13話 率直に申し上げます

 翌日のことであった。


「失礼いたします、陛下!」


 ノックとほぼ同時に勢いよく執務室のドアを開けるシリカ。

 初対面の時と同様に、ヴィルヘルムはペン片手に何かを書き連ねていた。

 シリカの行動に動揺することなく、泰然としている。

 シリカはスタスタとヴィルヘルムの前まで移動する。


「何用か?」

「お話をしに参りました!」

「話……?」


 机に乗り出すシリカに、ヴィルヘルムはほんの僅かに眉をひそめた。


「ええ! 大変お忙しいことは重々承知しております! あまり時間はいただきませんので!」

「……申せ」


 ヴィルヘルムが流れるような所作でペンを置くと、シリカはぐっと唇を引き絞った。

 意を決し。

 そして言った。


「陛下は私を疎んじていらっしゃいますか?」


 率直だった。

 それはもう見事なほどに、遠回りも気遣いも迂遠な言い方も何もない。

 真っすぐすぎる質問だった。

 しかしシリカは真剣である。

 会話や食事は、物理的にも精神的にも距離があるし、公務も勉学もしなくてよいと言われた。

 そもそもヴィルヘルムは元聖女を無理やり押し付けられたのだ。

 嫌って、遠ざけているのではとシリカが考えても不思議はない。


 王妃として、妻として何ができるかと考えはしたものの、そもそも王であるヴィルヘルムの本音がわからなかった。

 動きづらいしもやもやするしで、居てもたってもいられなくなった。

 結果、迷うよりも行動と思い、直接聞くことにしたのだ。


(あーだこーだと陛下の御心を汲み取るなんて私には無理だもの!)


 しかしこれは下手をすればヴィルヘルムの心証を悪くする行動だ。

 それを承知で、わざわざ乗り込んできたのだが。

 ヴィルヘルムは相変わらずの鉄仮面を維持していた。

 何を考えているのか、まったくわからない表情だ。

 数秒の間隔を経て、ヴィルヘルムは口を開いた。


「疎むはずもない」


 否定。否定! 否定された!

 思わず笑顔をこぼすシリカだったが、すぐに平静を取り戻す。


「ほ、本当ですか?」

「ああ、当然だ」

「し、しかし陛下は、その……本来は聖女をお望みになったはずです」

「……聖教団の聖女と縁を結べば、我が国再興の糸口となると考えたゆえな。それに鉱業を主産業としているため怪我の類が多いという理由もあるが」


 思ったよりも包み隠さず、すんなりと答えてくれた。

 確かに言っている内容は納得いくものだった。

 とすればこれは本心なのだろうか。

 感情は一切見えないが。


「であれば余計に……私は元聖女ですし」

「元より連合国の実質的な植民地状態にある上に、我が国のような小国に現役の聖女が嫁ぐなどあり得ないのだが、一縷の望みにかけ、縁談を申し入れた。結果、そなたを巻き込んでしまったのだから、その責を負うは当然のこと」


 責。それは実直であり、そして妥協の言葉でもあった。

 しかし、輿入れを強要されているのに歓迎する方がおかしい。

 少なくとも受け入れる、という体制を整えてもらっているのだから、不満を持つべきではない。

 シリカは内心で胸を撫で下ろした。


「望み、というのは……」

「聖女がいれば求心力になる。実際に人々を救済している存在である聖女は、それだけ人を惹きつけ、そして導く。国民たちの意欲にも繋がる。他国からの移住者も増えるだろう。加えて、怪我人の治療を任せられるのは大きい。我が国には医者も薬師もおらぬゆえな」


 聖女の価値は、シリカ自身もある程度は理解していた。

 しかし実際に王であるヴィルヘルムから聞かされると、より実感する。

 予想通りの答えに得心がいき、疑問が解消された気がした。

 だが、同時に新たな疑問も浮かぶ。


「……ですが、その、ロンダリアは聖神教に……あまり好意的ではないのでは」

「宗教侵略のことか。クラウスから聞いたか?」

「は、はい……」


 二十年前、聖ファルムス国を筆頭とした連合国が宗教侵略を行い、ロンダリア国内で聖神教徒を増やし、内部から侵略をした結果、ロンダリアは大きく衰退したはずだ。

 現ロンダリア統治者であるヴィルヘルムにとっては因縁の相手。

 その象徴ともいえる聖女は、憎き相手であると言える……はずだが。


「昔のことだ。それに聖女と教団は別。聖女自身には実権はなく、人々を癒し救済するのが使命。違うか?」

「それは、もちろんそうですが」

「ならば聖女を憎むはお門違いというもの。敵は他にある」


 表情に変化がないため、本音かどうかはわからないが、その場限りの言い逃れにしては筋も通っているし、淀みなく答えてくれた。

 ならばこれは真実なのだろう、そう思うことにした。

 理知的で冷静、感情を排除した理論的な思想を持つ。

 しかし冷徹ではなく、利益を度外視した人格者の視点もある。

 痩せた見目が相まって、鋭い刃物のような印象もある人物。

 ふと、シリカはヴィルヘルムの瞳を見た。

 妙に澄み、綺麗な目をしていた。

 宝石のような汚れのない美しい眼に、シリカの思考は一瞬止まる。


「どうした?」

「え? い、いえ! な、なんでも」


 慌てて視線を明後日の方向に向ける。

 理由もわからずあたふたとしてしまう。

 聖女として数百万人の人間に会ってきた。

 けれど陛下のような人は初めて見た。

 動揺を誤魔化すように、両手を腰の前で組み、指を忙しなく動かした。


「もうよいか? 執務が残っているのだが」

「あ、あと一つだけよろしいでしょうか!」


 変に気分が高揚したからか、少し浮足立っていた。

 少し笑顔が漏れてしまっていることに、シリカは気づかない。


「申せ」


 陛下は思ったよりも優しいようだ。

 それに視野も広く、理性的だ。

 あるいは好意的に見てくれているのかもしれない。

 きっとこの願いは通るだろう。

 そう思い、朗らかな顔のままシリカは言った。


「私も執務や公務のお手伝いをさせていただきたいのですが」

「必要ない」


 即答だった。

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