第1章 第6話 紫苑
記憶は無かったが、少しでも何かを思い出さないといけない。
美癒はそう思い、昨日の出来事を一生懸命思い出そうとする。
「えぇっと、昨日は学校に来てから・・・自分の担当:土田菜都の看視実習
を進めていました。それで……えっと……うーんっと……。」
その後の出来事を思い出そうとした途端、やはり全く思い出せないことに焦りだす。
”看視実習”とは【この世】の人物の看視・報告の任務実習で、学生のうちは担当1人を決められて卒業までの3年間を担当する。
美癒のように姉妹がいる場合は、身内が担当に選ばれるケースが多い。
(何があったっけ?いつも通りだったはずなんだけど、気がついたら自分の部屋で寝てたんだよね・・・。)
美癒の表情が曇ったままであることに焦ったのは慎先生も同じだった。
慎先生の手は微かに美癒の肩を揺さぶった。
しかしそれは何の解決にもならない。
「すいません、本当に思い出せません・・・嘘ではないです。でも慎先生は私が看視実習を始めた時、教室にいましたよね?」
「もちろん。美癒さんがモニターを見ながら報告書をきちんと書いていたことは知ってるが・・・途中で出て行っただろう?」
美癒は驚いて、俯いていた顔を上げる。
(報告書を書いてる最中に出て行った?私が?)
周囲がざわつき始めたが、美癒の耳にはただの雑音にしか感じなかった。
「い…いえ。覚えてないです。」
周囲からしていみると忘れている方が不自然である。
ーーーが、美癒の態度を見ると慎先生はこれ以上何も言えなくなった。
「美癒さんが嘘をついているようにも見えくなってきた・・・。仕方ない、暫くしたらジン様も来られる予定だ。それまでは取り敢えず教室で待つように。」
「は・・・はあ。失礼しました。」
返事の”はい”と返事をしたかったが、ため息の”はあ”が混ざった曖昧な返事。
当然、身に覚えのないことで先生たちから罵声を浴びせられ、納得はいかなかったが一先ず一礼して職員室を出る。
すると廊下には、壁にもたれかかった琉緒がいた。
(あ。朝部屋を出た時と同じ光景だ。)
琉緒を見ると、美癒はこの上ないくらい安心した。
「琉緒、やっぱり私を心配してくれてる?」
「違うって言ってんだろ。先生に用事あったけど、そんな空気じゃなさそうだから教室戻るわ。ほら、行くぞ。」
そう言って魔法を使い、美癒の鞄をヒョイっと持ってくれた。
「…私の鞄を盗む気?」
「あほ。持ち主の脳みそと比例した空っぽの鞄を盗む奴なんかいねーよ。」
「ありがと。」
「は?からかって感謝されるなら何回でも言うぜ?」
「ムッカー。鞄持ってくれてありがとうって言ってんの!」
「べつにー。」
あまり笑う気分ではなかったが、琉緒が励まそうと側にいてくれることには心から感謝していた。
そして琉緒なら何か知っているかもしれない、と考えた。
美癒は指をもじもじさせながら、琉緒に訊ねる。
「ねぇ、私昨日の事あまり覚えてないんだ。何があったか知ってる?」
「あー…看視実習の時間、美癒が急に『飛ばして欲しい』って言ってきたから、飛ばしたけど。異界の山まで。」
(本当だ・・・先生の言った通り私は異界の山に向かって行ってたんだ。)
「な・・・何で私は異界の山に行きたがってたの?」
「え?知らねえ・・・報告書見てみたら?」
(そっか、報告書。何か書いてるといいけど。)
「ごめん急いでるからちょっと先に戻るね!」
美癒は報告書を見るために走って教室へ向かった。
琉緒は足を止めて、美癒の走り去った方向を見続けた。
「美癒の奴、今日はらしくねーな。昨日は最後に”姉妹”で会いたかったんじゃねーのかよ。俺がわざわざ結界解いてやったのに何してたんだ?」
その場に立ち尽くしてボソッと呟いた。
そして美癒は急いで教室に入り込んでいた。
「みーゆ、おはよーん。昨日のこと噂になってるよー。」
「みんなおはよ!」
教室が騒がしいのはいつものことだ。
美癒は大きな声でまとめてみんなに挨拶をすると自分の机に直行し、引き出しを探りはじめる。
(報告書どこにしまったっけ?無い・・・見当たらないよ。)
後から歩いてやってきた琉緒が呆れながら美癒の机の中に手を突っ込み、ファイルを手に取る。
「先に教室来たくせに何やってんだ?落ち着けよ。ここ、挟んでるじゃねーか。」
「あ、琉緒!ありがと!」
「・・・ほんとに・・・今日はどうしたんだ?」
「シッ!ちょっと!報告書見てるから静かにして。」
「・・・」
琉緒は口を尖らせながら細目で美癒を睨んだ。
(菜都が水上バイクに乗った所まで書いてあるけど、これだけじゃよく分からない!)
「ねえ琉緒、報告書見てもよく分かんない。菜都に何があったんだろう。琉緒が担当してる弟クン、昨日の様子はどうだった?菜都の事、何か知らない?」
琉緒の看視実習の担当は、弟である琉偉だった。
菜都の彼氏だ。
「菜都が事故で溺れたって聞いてたみたいだけど。そこまでしか分からない。」
「溺れた?・・・そっか!私が異界の山に向かったって事は、きっと菜都の生命が切れて異界の山に来てたんだろうね……。私、菜都の最後に会えたのかな?結界が張ってあるはずなのに私なんかが入れてたみたいで…全然覚えてないんだけど。」
「へー。まあ今日の看視学習の時間になったら分かるだろ。」
「それが、あと少ししたらジン様が来るらしいの。どれだけ時間がかかるのか分からない。」
琉緒が両手で机をバーンと叩く。
「は!?ジンが?」
「ちょっと!呼び捨てしてるところ聞かれたらマズイでしょ。何なの?知り合い?」
美癒は慌てて琉緒の口を両手で塞ぐ。
「苦しいから話せっ、あいつとは昔から縁があるんだよ。」
「え、初めて聞いたよ!?」
「好きじゃないからな。話題にも出したくねぇ。」
「イケメンだもんね、男の敵?ははっ。」
「そういう意味じゃねーって。」
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