第1章 第3話 夢と現実


***


--- 水上バイク事故の直後に時間は遡る

 菜都が目覚める前の出来事 ーーー


不思議な場所にいる。


どこを見渡しても辺りは真っ白。


そんな所に菜都は立ち尽くしていた。


(ここはどこ?水上バイクに乗ってて・・・死んだのかなぁ?それとも夢の中??)


戸惑ったような表情を浮かべながら足を進めた。


だが、歩いても歩いても景色は変わらず、疲れて立ち止まる。


(やっぱり夢の中みたい。でも私って本当に夢を見ている時に”これは夢だ”って気付けたこと無いんだけどな。)


一旦その場に座り込んで考えていると、ウトウトしてきた。


コクッ・・・コクッ・・・

と、頭を揺らしながら少しずつ瞼が下がってくる。


すると突然、背後から足音がした。


今までは菜都が立てた音しか聞こえなかった世界に、初めて他の音が響いたのだ。


背筋が凍るような気分で一気に目が覚めて、恐る恐る振り向くと知らない男の子がこちらに向かって歩いていた。


「だれ?」


菜都が訊ねると、彼はニコリと笑い何も喋らずに手招きをする。


そんな彼の態度に疑問を抱きつつ、瞬きを数回している間に少し考えた。


やっと見つけた自分以外の人。


悪意は無さそうだし、同じ迷子だったら一緒にいた方が良いのでは?

そう思い、菜都は立ち上がって男の子の方へと近付く。


それを確認した男の子は、背中を向けて歩き始めた。


(この子・・・ここがどこだか分かってるの?道を知っているみたい・・・って、やっぱりこれは夢だよね。)


例え夢の中だとしても、一人ぼっちだった菜都にとって男の子の存在はこの上なく心強い。


暫く歩き続けると、いつの間にか山道に出ていた。


(いつの間に!?さっきまではどこを見ても真っ白な風景だったのに・・・!)


驚いた菜都は、咄嗟に男の子に向かって大きな声で叫んだ。


「ねぇ、ここはどこなの!?どこに行くの!?」


予想はしていたが、振り返らないし返事もない。


菜都はため息をついて、辺りを見渡しながら再び歩き続けた。


山の中を進み、小さな川を渡り、洞窟を抜け・・・どれくらい時間が経ったのだろうか。


周りの景色にばかり気を取られていた菜都は、ここにきて初めて男の子の変化に気付く。


(後ろ姿がだんだんお爺さんみたいになってる…?ほら、もう髪の毛が真っ白。)


自分の目を疑いながら、駆け足で男の子より前に出て顔を覗いてみる。


すると最初に見た顔とは打って変わって、”男の子”は本当にお爺さんになっていたのだ。


一気に恐怖心が芽生え、咄嗟に男の子・・・いやお爺さんに向かって叫ぶ。


「どういうこと!?あなた誰なの!?なんでいきなりお爺さんに!!?」


お爺さんは相変わらず何にも喋らない。


ニコリと笑っていた面影もなく今は無表情で、目も合わせようとしない。


(・・・あ、でもこれ夢か。私ったら何をムキになってたんだろう。夢だから現実離れしたことも起こるよね。)


これ以上考えても無駄だと思ったため

適当に自分を納得させて、再びお爺さんにの後ろをトボトボと進み続けた。


そして、お爺さんが止まった所は・・・。


「行き止まり・・・?」


案内は終了したのか?

そう思っていると、お爺さんは初めて振り返った。


そして菜都の顔を見たまま上を指差す。


菜都は素直に指の差された方向、崖を見上げる。


「・・・え?えぇっ!?これ、登れってこと!!?まさか・・・まさかだよね!?」


お爺さんは、菜都を無表情のまま見つめてコクリと頷く。


(行き止まりだと思ったのに、崖を登れだなんて・・・無茶じゃないの!?運動神経には自信があるけど、崖登りなんてした事ない!それに高所恐怖症だし!)


無表情だったお爺さんの顔は段々と険しくなっていく。


戸惑って何も行動しない菜都を見兼ねたお爺さんは黙って先に登り始めた。


その様子を見て菜都は言葉を失う。


(いやいや、お爺さんこそ大丈夫なの?・・・でも置いて行かれちゃうし、とりあえず登るしかなさそう。何とかついていかなくちゃ。)


必死に登った。


高所恐怖症なので下は見なかった。


今まで歩き回ったのとは比にならないくらい辛くてもうダメかと思った。


そして黙々と登り続け、やっとの思いで崖の上に到着すると息切れで立っていられず地面に転がるしかなかった。


そんな菜都とは違い、

なんと!お爺さんは平気そうに立っていたのだ。


(なんでこのお爺さんは息一つ上がってないのよ。)


それでもお爺さんは、呼吸が荒い菜都のことを落ち着くまで待ってくれているようだ。


少し時間はかかったが、呼吸を整えるとゆっくり立ち上がった。


そこで菜都が目にしたのは、大きな扉。


壁もなく、扉だけがそこにあるのだ。


お爺さんは、菜都が扉に気付いたことを確認すると、その扉に向かって指差した。


まるで”入りなさい”と言っているように思えたので、菜都は何も聞かず扉に向かって進み始める。


そしてドアノブに手をかけようとした瞬間。


突然、背後から女の人の声がした。



「行ったらダメ!」



「……え?」


振り向くと、そこにはどことなく菜都に似た女性が立っていた。


(また知らない人が現れた。他にも人がいたなんて、全く気付かなかった。)


なんて吞気に考えながらも、彼女を見ているとどこか懐かしい気持ちになる。


そして自分に向かって走って来る女性に、無意識に手を伸ばしていた。


その女性の背後からは、お爺さんが鬼のような形相で菜都に向かって走って来ている。


お爺さんに気付くと、まるでホラー映画を見ているように驚いた菜都は、恐怖で声を上げる。


「ギャーーーー!!!!」


全く可愛げのない叫び声だ。


だが、人間本当の恐怖に直面したらこんなものだろう。



叫び声が響き渡ったその瞬間、菜都の目の前には陽の光が差し込んだような眩しい光に包まれた。


「んっ・・・!眩しっ!」


目を開くことが出来ずにいた。


だがそれは少しの間だけで、暫くすると光が消え目の前が真っ暗になったーーー

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