第1章 第2話 夢と現実


3日後、菜都の左手ギブスは外れた。


漸く今まで通り当たり前の日常に戻るのだと信じたある日。

菜都と大翔は父の会社の集まりで河川敷に来ていた。


社長が所有する船や水上バイクがあり、陸地ではバーベキューなど、皆がそれぞれに楽しんでいた。


一方で菜都は、社長に誘われて水上バイクに乗ることになった。


「楽しそうだけど、初めだから正直怖いなぁ・・・。」


沢山の水上バイクが行き交っているのを横目に、菜都は社長の後ろに乗り込む。


「免許持ってるし大丈夫だからね。乗ってみて怖かったらすぐに辞めようか。」


「私、高所恐怖症なんです。」


”水まで怖くなったらどうしよう”と続けようとしたが、社長の笑いに遮られる。


「ははは、高所恐怖症は関係ないね。いい?行くよー。」


「はーい。」


最初はゆっくり、そして少しずつスピードを出して進んで行く。


社長が何か話しているが、風の音が邪魔して何を言っているのか分からなかった。


「しゃちょーう!もうそろそろ下りたいです!やっぱり怖いです!」


スピードが速くなると怖くなり大声で何度か訴えると社長は水上バイクを止めた。


「もう終わりで良いの?楽しめた?」


「はい!もういいですー!!」


「それなら船の方に戻ろうか・・・あれ?おかしいな・・・。」


社長はハンドルを操作しているが、水上バイクが動かない様子。


「どうしたんですかー!?」


「大丈夫だからちょっと待ってね。」


川のド真ん中に止まっているが、菜都は泳ぎが得意だったため自分で泳いで戻りたいと思った。


「もう動かないからーーー」

と諦めかけていた社長だったが、突然水上バイクが急発進して猛スピードで走りだしたのだ。


ーーー走馬灯なんてなかった。


物凄い速さで視界を捉えることもできず一瞬の出来事に感じたが、水上バイクはそのまま船に激突した。


船に接触した事は分かった・・・が、痛みなんて全く感じなかった。


もし自分が死ぬ時、”痛い思いして死ぬのは嫌だなぁ”なんて思った事は誰にでもあるだろう。


だが苦しいという感覚もなく、自分が溺れているのかも分からなかった。



***



(………

  ………

    ……ここは?)


目が覚めると菜都は船の上で寝かされていた。


(あれ?私何してたんだっけ…?)


起き上がって辺りを見渡すと、近くにいた人達が菜都に気付いて近寄って来る。


(うわ、びしょ濡れだ。身体が重たい。)


「菜都!大丈夫か!?」


「お姉ちゃん、大丈夫?」


心配そうな顔をして話しかけて来る父と大翔。


「えっと、わたし…あ、、!水上バイクに乗って…?」


何故自分が船で寝ていたのか、記憶を辿った。


(そうだ、事故したんだっけ・・・でも不思議だなぁ。何があったか思い出せるけど他人事というか・・・自分のことなのに。変な感じ。)


水上バイクを運転していた社長は無傷のようで、父の後ろから顔を出してきて謝る。


「菜都ちゃん…本当にごめん。合わせる顔が無い。申し訳ないと思っている。」


「いえいえ、大丈夫です・・・って、何か左腕が痛くなってきたかも…?それに喋りにくい・・・?」


周りの人達は、菜都の状態を見ただけで「大丈夫なわけがない」と分かっていたが、かける言葉が見つからず沈黙していた。


「とりあえず、もうすぐ陸に着くからすぐに病院へ行こう。」


どうやら意識を失っていた時間はそれほど長くなかったようだ。


菜都は立ち上がり、足に異常は無い事を確認して父と大翔と共に病院へ行った。


検査の結果は、顎の怪我と左腕にヒビ。


(左手のギブスが取れたばっかりだったのに・・・また左手が使えなくなるのね・・・。)


菜都は、事故の件だけでなく今までの自分の記憶が若干曖昧で現実味も無く、不思議な感覚に陥っていた。


病院で検査してもらった時に相談してみると、事故の影響だろうと言われた。


しかし、記憶喪失では無いし生活に困るわけでは無いから様子を見て下さいとの事だった。


家族には申し訳ないが、今まで一緒に過ごした思い出はあるのに初めて会話をしたような気分に陥り、どう接して良いのかが分からずぎこちなかった。


家に着くと母が心配しながら

「また菜都は怪我したのね・・・。お祓いに行った方がいいのかしら。」

と言うので、菜都はしょんぼりしながら心配かけた事を謝っていた。


菜都の消沈した態度に父も母も驚いていた。


大翔だけは、菜都と一緒に帰ってきたにもかかわらず

「お姉ちゃん、お帰り。」と微笑みかけてくれたのだ。


病院に向かう最中も病院内でも、大翔は全然口を開かなかったので、驚かせてしまったのだと心配していたが一安心した。

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