何事も、慣れた頃が一番危ないのよ

 私たちは冒険者ギルドが所有する狩り場、グンマー地方へ来ていた。鬱蒼と茂る森林地帯を抜けると、やや開けた草原地帯が広がる。そこは絶好の魔猪シシン狩り場である。


「おー、ゆっきーもずいぶん慣れたもんだねえ」

「そりゃ同じことを1ヶ月もやってれば、誰だってできるようになるでござるよ」


 私と並んで大木の上で見物しつつ、イッシーはふんぞり返ってる。ていうか、なんでイッシーが得意げなのよ。あんたまだ今日は何もしてないじゃない。しかもこの場所に運んであげたのは、空を飛べる私。つまりイッシーは、現時点で何ひとつ働いていないのに。

 

 「おいおい、今だってそんな簡単じゃないんだよ? ――おりゃっ!」


 のんびり見物する私たちの眼下で抗議したのは、大斧を振り回してるゆっきーだ。

 魔猪シシンはオスのリーダーを中心に、ハーレムを形成した群れを作る。平均的なメスの魔猪の体高は、大人の女性の身長くらい。おおよそ150センチくらいかしらね。でも群れのリーダーであるオスの体高は、メスの1.5倍はある。ゆっきーはそのオスと、一騎打ちで奮闘しているのだ。

 

 2メートル近い身長の大女ゆっきーが、その身長と変わらない大斧を振り回して戦う様子は、みているこっちが気分いい。やってる本人は大変だろうけどね。

 

 それに一見大雑把に見えるけど、魔猪へ与える身体への損傷は最小限に抑えてる。ゆっきーは大斧を大きく振り回して魔猪を怯ませると、リーチを活かして側頭部へ先端を叩き込んだ。


「いいぞゆっきー!」


 私は思わず拍手した。だってこの一撃は、魔猪にとっての致命傷。しかもお肉や毛皮になる身体への損傷は最小限だもん。まったく、ずいぶん手慣れたもんだわ。


 オスが倒れると、メス達はほとんどが散り散りになって逃げて行く。

「メスはあんまり狩らないでね!」

「おう、わかってるー」


 メスを狩りすぎると、繁殖に差し支えてしまう。群れのリーダーを倒せば、彼女らはまた別のリーダーの元で番うのだという。なんというか、種族が変わっても女はやっぱり現実的リアリストだわね。


「あ、いまので6頭目ね。この調子なら先月より儲かりそうね、うふふー」

「俺氏、美味いクラフトビールが飲みたいでござるよー、うししー」


 二人でニヤニヤしていると、ピィッと鋭く指笛が鳴る。あれは危険な時の合図だ。私がハッと構えた時、ゆっきーのよく通る高い声が響く。

 

「一頭そっち行った!」

「はいはーい、むわーかせてー」


 とんでもなく緊張感のない返事をしたのは、私たちのいる木の下で待機しているハタやんだ。気だるげな声は無駄に色っぽいけど、その目つきは真剣そのもの。すっと構えた左腕には毛並みと同じ、漆黒のスリングショットがセットされている。革の手袋を装着してセットしたのは、真っ黒い菱の実だそう。それは即効性の焼鞠やまり毒が塗られているという。怖いわー。


「ハタやんってほんっと、が得意だよねー」

「その言い方ぁ! しかも今いう!?」


 すかさず突っ込むハタやんだけど、菱の実をセットしたゴムを引く手は全くぶれる様子がないし、目線は一点に集中している。

 木の上にいても感じるほどの振動がさらに大きくなると、向かいの茂みから興奮状態の魔猪が飛び出してきた。よく見ればそいつはすでに手負いだ。その目は血走っていて、耳は片方ちぎれかけて、青黒い血がこびりついている。

 ハタやんの姿を確認した魔猪は、後足で立ち上がって威嚇する。


「ブォォォゥ!」

「いくでござるよ、ハタやん!」


 私は興奮気味のイッシーが木から落ちないよう、服の端を掴んでおく。実は先日、同じような状況で落ちそうになったばかりなのだ。

ハタやんは無言のままゴムから手を離すと、菱の実が勢いよく放たれる。それはビシッと鋭い音をたてて、魔猪の額にHITした。

 それにしても、焼鞠の毒はよく効くね。あっという間に平衡感覚を奪われた魔猪は、酔っ払ったような足取りのあと、すぐにドスンと地べたに倒れてしまう。


「よーし、お仕事完了でござるよ!」


 木の枝の上で座っているイッシーが、片手を揚々と上げると同時。ユッキーとハタやんが、慌てて魔猪から距離を取る。

「おい、もうちょっと事前準備させてくr――」


 ユッキーが言い終わる前に、地面に倒れていた魔猪たちの上に、雪の塊が雪崩のように大量に降り注いでいく。あっという間に、冷蔵保存体制の出来上がりね。


「うっわ、冷てぇ!!」

「おいイッシー、もうちょっと加減しろにゃ!」


 ぐにゃりと歪んだ空から降り注ぐ雪は、どんどん積もっていく。倒れた魔猪たちがすっかり雪に埋まってもまだ、降り続いている。

(あーこれいつまで続くんだろ。イッシー調子に乗ってるしなー)


 ため息をつきながらちょっと遠くを見た私は、思いがけないものを見つけてしまった。


「イッシー、ちょっとタイム! みんなも静かに!」


 私はすかさず翼を開いて、もう少し高い木の上に飛び移る。するとたいして離れていない空に、大きくて赤い翼竜を発見した。そいつは地面に向かって威嚇の声をあげている。見れば地上にはこちらもゴジラみたいに大きな恐竜がいて、翼竜に向かって吠えている。


 私は大慌てで、さっきまで座っていた場所に戻った。


「ねえ、すぐ近くでトチラノドンとグンマザウルスが喧嘩してるよ!」

「あー、縄張り争いかにゃ。あいつら血の気が多いからにゃぁ」


 ハタやんの言葉に首を傾げたのはゆっきーだ。


「ここグンマーじゃん。トチギー地方にしかいないはずのトチラノドンが、なんで出張ってきてるんだろうねえ?」

「……」


 黙ってるイッシーが、すごく怪しい。私はあえて尋ねてみた。

「ねえ、イッシー。なんか心当たりあるよね?」


 するとイッシーは頭をぽりぽりしつつ、目を逸らしながらつぶやいた。

「トチギーの山に降る雪と混ざったかも……」

「「「やっぱりお前かー!!」」」


 総ツッコミしたところで、ゆっきーが口を開いた。


「魔猪狩は成功してるんだしさ。ここは構わず撤収するのがいいと思うけどなあ」

「でもほら、異種を持ち込んだ責任ってものがあるんじゃないのかにゃ?」

「ねえイッシー、今からトチラノドンだけ元の場所に戻せないの?」


 私が尋ねると、イッシーはふるふると首を横に振る。その仕草はとても可愛いのだけど、結局こいつが元凶だ。なんかちょっとイラッとする。


「あんなに早く動くやつ、一発で返す自信ないでござるよ。下手したら身体の一部だけ飛ばすとかやらかしそうで――」

「「「はい却下!」」」


 ちょっとそれはゾッとしないわね。それなら普通に討伐する方がマシだと思う。そう言おうとしたら、先にゆっきーに言われてしまった。


「仕方ないね。こうなったらトチラノドンだけでも討伐するしかないかー」

「前にチチブクティルスを倒した時のやり方ね。オッケー」

「ええー、またあれをやるのかにゃ!?」

「仕方ないでしょ。飛べるの私だけなんだし、飛び道具使えるのはハタやんだけなんだからさ」


 以前、サイマタ地方の山奥に行った時、小型の翼竜「チチブクティルス」と遭遇したことがある。その時は私がハタやんを掴んで空を飛び、上空から焼鞠毒を塗った菱を打ちつけて、地上に落としたことがあるのだ。あの作戦は私が提案したんだけど、すごくうまくいったのよね。えっへん。


「高いところは嫌いじゃにゃいけど、足がぶらぶらしてるのって、こう、なんというか、ヒュッてなるんだにゃ、ヒュッって」

「今はヒュッてなる、ないでしょ」

「ともっち! 女の子が下品なことを言うもんじゃありませーん! それにこれは気分の問題なんだにゃ!!」


 ハタやんはお股を押さえてジタバタしてるけど、うん、面倒臭いから放っておこう。

 そうしてる間に片手に愛用の大斧を持ち、逆の肩にイッシーを乗せたゆっきーが歩き始めている。


「じゃあグンマザウルスの方が僕が撹乱してみるよ。注意をこっちに向けておけばいいよね」

「うん、助かる。そしたらイッシーはゆっきーの援護をよろしくね」

「了解でござる!」


 ビシッと敬礼するイッシーを乗せて、ゆっきーは木々の間に消えていった。


「大丈夫かにゃ、あの二人。特にイッシー、余計なことしなきゃいいんだけどにゃ」

「まあなんとかなるっしょ。さて、こっちも準備しますか」

「ウヒー、くれぐれも頼むにゃー! 落とさないでにゃー!!」


 なんせ、今の私は男の子。前回、黒い女豹なハタやんを抱っこしたとき、その軽さに驚いたのよね。やっぱり男子って力あるわー。


「むわーかせて!」


 そう言って私は、ハタやんをお姫様抱っこする。はー……それにしても、このもふもふ。最高か。


「ねえハタやん。もふもふ吸っていい?」

「だめ! ゾワってするからやめて!!」

「ちぇっ、ハタやんのケチー」


 そのまま地面を蹴って翼で風を掴み、空へと飛び立つ。あっという間に木々の上にでれば、大型の翼竜が旋回しているのが視える。遠目には赤っぽく見えるトチラノドンだけど、よく見れば朱や黄を散りばめたような彩りで。その鮮やかさは、ハッとするほどの美しさだわ。


「綺麗な色だねー。まるで紅葉みたい」

「トチギーは紅葉が綺麗な場所だしにゃー」


 一旦飛んでしまえば、さっきまでの泣き言はどこへやら。ハタやんはすでに、スリングを撃つ準備を始めている。うん、シゴデキ。


「よっし、上空から滑空しつつ狙おうか」

「オッケーにゃ」


 トチラノドンに気づかれないよう、静かに高度をあげることに集中していた私は、この時まったく気づいていなかったの。少し距離をとった場所から私たちを尾けて飛ぶ、複数人の集団がいることに。

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異世界飲兵衛放浪記 〜上野で昼から呑んでた四人の中年がまとめて異世界転移! そしたら異種族変身&性転換ってどういう事!?〜 月岡ユウキ @Tsukioka-Yuuki

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