魔道具師は美少女がお好き
「ふむ、チャラエルフ君、俺氏に案内したいと言っていたのはここでござるか」
ノエル氏に案内されてやってきたその建物は、壁がパステルグリーンに塗装されていて可愛らしい印象だ。小ぢんまりした木造建屋で、玄関まわりには木製のプランターが所狭しと置かれている。手入れの行き届いた寄植えの花々は、さぞ通行人の目を楽しませているのだろう。
「ねえ! さっきからその『チャラエルフ』って呼ぶのやめて! 俺はノエルだって何度も言ってるっすよね?」
「なんだと? 名前なんて通じればなんでもいいじゃんか」
「うっわー。イッシーちゃん、すっげえめんどくさい」
「ほう。チャラエルフのくせに、ハッキリものを言うでござるな」
ノエル氏が「なんかもう、ほんとにそんな名前みたいでやだなあ」って言いながら店のドアに手をかけた。コロンという素朴な音に目を向けると、ドアの上部にまんまるの
「こんちはーっす」
「あらノエルさん、いらっしゃい」
出迎えてくれたのは妙齢の美しい女性だ。長く艷やかな赤髪はゆるく束ねられていて、瞳は俺氏と似てる深緑。耳は長くない。普通の人間だろうか?
「こちらは店主のセリアさんっす。彼女は由緒正しい魔法使いの家系でね。魔法系のアイテムを作れる魔導具師でもあるんっすよ」
「ほう、魔導具! それは興味深いでござるな」
「セリアさん、こちらはエルフのイッシーちゃんっす。彼女初心者なんで、今日は装備一式を揃えて欲しいっす」
セリア殿は、ぱっと表情を明るくした。
「あらそう、よろしくねイッシーちゃん。一式選ぶなんて久しぶりだから腕がなるわね。それに可愛い女の子は大歓迎よ!」
選びがいがあるわーと言いながら、軽く肩を回して見せるセリア殿。張り切ってくれるのは頼もしいが、可愛い女の子と言われるのは、なにやら騙しているようで申し訳ない。なんせこの中身は、
でもいつもの癖で顎に手をやれば無精髭が無いどころか、やたらとつるつるすべすべしている。ショーウインドウに写ったその姿は、どこからどう見ても可憐なエルフの美少女。我ながらこの身体は、完璧な可愛さである。ふふーん。
「セリアさんの店って、ピアスの品揃えが最高なんっすよー! ほらあれなんかくそかっこいいし、こっちはめちゃ可愛いし」
「や、やめろ! み、み、耳の穴なんてひとつ空いてりゃ十分でござるよ!」
このチャラエルフめ、余計なことを言いやがって。耳たぶに穴開けるなんてまっぴらごめんだぞ。だって……痛いじゃないか!
「あら、イッシーちゃんはピアス嫌いなのね」
俺氏が何度もうなずいてみせると、セリア殿は優しく微笑んだ。
「魔法使いはね、付与効果の強いアクセサリーをいくつもつけることで非力さをカバーするのよ。耳は頭に近いから、場所的に適してるの。耳に穴を開けなくてもつけられる物があるから、そういうのにしましょうね」
「うむ、くれぐれも痛いのはやめてほしいでござる」
「ふふ、わかったわ。可愛い~。あとは装備に何かこだわりはあったりする?」
「重いのとかめんどくさいのは絶対いやでござる」
するとチャラエルフのやつが口を挟んできた。
「いやそうは言っても、さすがに今みたいな軽装のままじゃ、マジ危ないっすよ? ちなみに俺は討伐の時には専用のローブを着ていくっす。生地はしっかりしててちょっと重いし、ベルトでしっかり留めなきゃいけない部分もあるけど、多少の攻撃を受けても安心で――」
「――そんなもの、当たらなければどうということはない!」
「うわあ、この子ほんとに面倒くせええええ!!」
頭を抱えるノエル氏の隣で、セリア殿がコロコロと笑い出した。
「イッシーちゃんって可愛いだけじゃなくて、すっごく面白いわね! わかった、私がちゃんと見繕ってあげるから安心して。ところでここは魔法使い向けの装備が専門なの。アイテム選択は正確にしたいから、ちょっとこれ触ってもらえるかしら」
セリア殿の手のひらには、小豆大で銀色の小さなボールが1つ乗っている。
「これは何でござるか?」
「えっ、『魔力計測玉』を知らないの?」
なんだそれは? ただのパチンコ玉かと思ったぞ。俺氏がそんなものは知らんと言ったら、セリア殿とノエル氏はひどく残念そうな顔をした。
「珍しいわねえ、自分の魔力にそこまで関心が無いなんて」
「いやいや、魔力計測玉を知らない人がこの世界に存在してるとは思えないっすよー。まさかイッシーちゃんやどんどらの人らって、他所の世界から来た、とか言わないっすよね?」
ふむ。この
「やだー、ちっちゃい手で可愛い! あのね、これをぐっと握ってみてくれる? そうすれば魔力の量と質を測るものが出てくるから」
「
「そう。魔力量はそのふさわしい器として。魔力の質は器から出てくる物体として現れるの」
「ちなみに俺は、特大のヤカンが出てきたっすよ。うちのパーティー内では、俺の器が一番でかい。つまり魔力総量が一番多いってことっすねー」
ふふんと得意げにドヤるチャラエルフがなんかムカつくので、さっさと済ませることにしようか。
「なるほど。では早速、こうでござるか?」
言われたとおりにぐっと握ったら、拳の中でむにょりと動く気配がした。次の瞬間、指を押しのけてにょっきり飛び出してきたのは……蛇口。そう、洗面所にある、ステンレス製のアレだ。ぴかぴかに磨かれている
「蛇口!? こんなの見たことないわ!」
「まさかこれって
「セリア殿、これは一体?」
俺氏が尋ねると、セリア殿は慌ててカウンターに回る。戻ってきた彼女の手には、彼女の肘から指先くらいの高さはあろうかという特大のワイングラスがあった。透明だけど、
「だ、だいたいの
言われるまま蛇口のハンドルを小さくひねると、ぬるりと液体が出てきた。言われた通りに少しだけ回したはずなのに、出てくる勢いがかなり強い。その色は黒く、液体金属のような艶がある。それがグラスの底にどぷりと乗った途端、液体はポンと膨らんでグラスからどろどろと溢れはじめた。
「ちょ、すぐ止めて!」
すぐにハンドルをひねって止めたが、すでにグラスの中にある液体が膨らむ勢いは止まらない。でも不思議なことに、溢れた黒い液体はどんどん蒸発していく。まるで金色の砂のようにキラキラと輝きながら、宙に消えていってしまうのだ。
セリア殿とノエル氏は先程と同様、ぽかんと口を開けたままその様子を眺めている。
「色は黒と金。それにすごく
グラスの中では黒い液体が延々と膨らみ、そして溢れ続けている。いつまで経っても終わらないそれを、セリア殿は諦めたようにカウンターへ置いた。
「ねえイッシーちゃん。蛇口を捻った時、なにか変わったことはあった? めまいがしたとか、気分が悪くなったとか」
「いや、全然」
首を横に振っていると、ノエル氏が肩をすくめている。
「黒と金が同居してる魔力なんて、俺聞いたことないっすよ?」
私は魔法学校で習ったから知ってたけど、と言って、セリア殿は難しい顔をしている。
「これは魔物しか持ちえない魔力の質だとおもっていたわ。まさかエルフがこの魔力を持ってるなんて」
これは聞き捨てならない。それが本当なら……。
「もしかして、俺氏は魔物でござるか?」
「いや、えっと違うの! イッシーちゃんがそうだって言ってるわけじゃなくて――」
慌てた様子で両手を激しく振るセリア殿に、俺氏は胸を張って言い切った。
「――それ、めちゃくちゃかっこいいでござるな!!」
だってそうじゃないか。某子供が名探偵なアニメみたいに、『見た目はエルフ、中身は魔物、その名は56歳児イッシー!』とか名乗れちゃうんだぞ。どんどらメンバーの中で自分を名乗るキャッチコピーがあるなんて、きっと俺氏だけだもんな! むふー!
「さあ、俺氏に合う装備を、早く選んでくれでござる!」
「あらあら、イッシーちゃんたら。乗り気なのはいいけど、そんなに引っ張らないでー」
「あー無駄にノリノリで、面倒くさい予感しかしないっすね……」
「チャラエルフ、お主はもう帰っていいでござるよ」
「ほらーそういうところっすよ!」
俺達の掛け合いを見て笑うセリア殿は、腕まくりしてヒョイと俺氏をお姫様抱っこする。
「おや?」
「さーてイッシーちゃん。早速一式見繕うわよぉ~」
こころなしか、セリア殿の笑顔が怖い。たぶん鼻の穴がすっごい開いてて、フンスフンス鳴ってるせいだ。
「ああ、ノエルさんはあっち向いて、絶対覗かないでね」
「え、なんすか改まって」
「何言ってるのよ。小さいとはいえ、これから
「あー、レ……ディ?」
納得したのかしていないのか、よくわからない返事をしつつ、頭をかきながら背中を向けるノエル氏。そんなチャラエルフに見向きもせず、セリア殿は俺氏を試着室に連れ込んで鍵をかけた。え、なんで一緒に入ってるの? しかも鍵? 嫌な予感しかないんだが……。
「えーっと……?」
「うふふ……イッシーちゃんは何も心配しなくていいわよ。私に全部まかせてちょうだい」
さっきまでの博識で落ち着いた雰囲気はどこへやら。鼻の穴膨らましたセリア殿がじりじりと迫り、俺氏にその手を伸ばしてくる。
「えっ、ちょ……まって!?」
この30秒後。
身ぐるみ剥がされた俺氏の悲鳴が、店外にまで響き渡ることになるのだった。
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