もふもふが集まってもふもふモフモフもふもふって!

 ともっちらと別れ、ハタやんオイラがガチムチ白虎ナイジェルに案内されてやってきたのは、ごっつい石造りの建物の前。まっぱ橋商店街の一角にあるそこは、獣人装備専門店だという。高さから見ると、およそ3〜4階建てくらいかな。金属で補強されたでかいドアの圧が強い。


 ドア上に掲げられている大きな看板には、盾と剣がデザインされたありがちなロゴ。その横に大きく『M・Iエム・アイ』とだけ書いてある。冒険者が利用する武器防具を売る店。その店名が『M・I』……となればやっぱりだよな?


「これってもしかして『ミッション・インポッシブル』? 冒険者の任務ってそんな難しいのかにゃ?」

「は? おまえ何いってんだ?」


 オイラの問いかけに振り向いたナイジェルは、わけわからんといった顔だ。


「あれは『もふもふ愛らんど』の略だよ」

「もふも……愛?」

「まあ入ってみりゃわかる。あとここの店主な、腕は確かなんだがクセが強い。気をつけろよ」


 いや、気をつけるって何を? 何に? 何が? 情報量が多すぎて脳内ツッコミが間に合わない。

 それにオイラ、実は結構な人見知りなんだ。初見の人、怖い。でもやられっぱなしは悔しいからちょっとだけ強がってみた。


「そんなのぜんぜん平気にゃ。クセが強いのは、うちのメンツで慣れて――」

「――いや、クセのベクトルがどんどらおまえらとは全然違う」


 速攻で否定されたけど、そういえばナイジェルの様子がちょっとおかしい。見れば長い尻尾が少しだけ膨らんでいる。のしっぽが膨らむのは、確か『怒り』か『怯え』だっけ。っていうかこんなガチムチがビビる武器屋の店主って、どんだけおっかないんだ?

 あーもうなんかオイラまで心配になってきた。さっきまでワクワク尻尾クネクネしてたのに、今じゃしょんぼり下向きだよ。


 ギィと自重できしむドアをナイジェルが開けると、ノブに付けられた小さな鐘がコロンと鳴った。


「おい、入るぞー!」

 

 ナイジェルは中に向かって声を上げる。


「ルディ、新入りを連れてきた! 一式見立てろー!」

「こんにちはー。宜しくおねがいするにゃー……」


 誰も居ないカウンターごしに声を上げるナイジェルに続き、オイラも続けてご挨拶。だけど返事は聞こえない。


「まーたあいつ、奥に籠もってやがるな。ちょっと待ってろ、今呼んでくっから」


 ナイジェルは慣れた様子でカウンターの中に回り、そのままズカズカと奥に行ってしまった。さっきは少し心配したけど、もしかして店主とはすごく仲がいいのかな? とりあえずオイラはその間に店内を観察してみる。


 まず外観から想像してたよりも、店内がかなり狭く感じた。壁には剣や槍、大小様々な盾が飾られている。逆側を見れば服飾品も少し置いてある。おおきな帽子に2つのとんがりがあるのはケモ耳対応か。そしてブーツやグローブは、人間用のそれとまったく形が違うみたい。爪先立ちのようなケモノ足に合わせて、爪が露出するような靴もある。


(なるほどね。『獣人専用』ってこういうことか)


 そしてさっきから気になるのは、店内に充満する甘い香り。武器屋といえばもっと皮革とか金属臭いのを想像してたからすごく意外だ。

 オイラ、黒豹獣人このからだになってから聴覚や嗅覚がむちゃくちゃ鋭くなったんだけど、この甘さは全然不快じゃない。例えれば若い女の子の部屋の匂いみたいな。――うん、正直ずっとスハスハしてたい。

 てか今の身体はムチムチもふもふ女子だけど、中身はしっかりオッサンだなーって改めて思うわ、くっそ。


 その時不意に、艶めかしい声がした。ただし素晴らしい低音バリトンで。


「あらあ、いらっしゃぁい」


 奥からにょきっと顔を出したのは……アルパカ!?

 大きな黒い瞳を縁取る長いまつげが愛らしい。にっこり微笑むその顔の周囲から首にかけて、明るいベージュ色のもっふもふした毛にびっしりと覆われている。


「んもう~! たら、こんな可愛い彼女をわざわざここに連れてくるなんて! アタシへの当てつけ!? 悔しいわっ!」

「「そんなんじゃねえよ(ないにゃ)!」」


 慌てて否定するオイラたちに構わず、アルパカ店長が柱の影から出てきた。……ってなんだこいつ、めちゃくちゃでけえ。ナイジェルはオイラより頭ひとつ背が高いけど、そこからさらに頭ひとつでかい。そして一瞬遅れて香ってきたのが、ふんわり優しく、それでいて爽やかな女子の匂い!

 うわー、このいい匂いってこいつのだったんだ。今オイラの脳は、完全にバグり始めている。


「あらぁ、ふたりとも照れちゃって! か・わ・い・い~☆」


 ニッコニコしながら両手を組んで肩をすくめる仕草は、完全に若い娘さんだ。でもその声はバリトンボイスだし、図体はナイジェル以上の巨体でガチムチ。しかも密度の高い毛でもっふもふ。

 ――なんだろう、この人すごく暑苦しい上に、情報量が多すぎる。


「こいつはルディな。ここの店主だ。おい、今日はハタやんの装備一式を揃えに来た。こいつ初心者だから宜しく頼む」

「あら~! ハタやんたら初心うぶ処女バージンちゃん!? やだぁ私張り切っちゃうわよぉ~!」

「言い方ぁ!!」


 おもわず突っ込んだオイラに、ルディがひらひらと手招きした。

 

「ねえちょっとほら、早くこっちにおいでなさいな」

「えっ、何する気にゃ?」

「取って食ったりしないわよ。したいけど」

「したいんかい!」

「ほらいいから行ってこいって」


 後ろからナイジェルに押されたオイラは、ルディのもふもふに突っ込む寸前でかろうじて止まる。するとルディは天井を指差した。


「あそこ、届く?」


 見上げればかなり高い場所に、しっかりとした梁が見える。


「どうだろう、やってみないとわからないにゃ」

「へえ、無理とは言わないのねぇ」


 ルディはそういうとニヤリと笑った。

 まあたしかにおいらの元のおっさんな身体だったら、あれは絶対に無理な高さだ。というかあんな高い場所、身長二メートル超えのバスケットボール選手でも不可能だろう。例えていうなら、街中にある電線くらいの高さだもんな。


 でも今のオイラの黒豹姿からだは、ものすごく軽くてしなやかだ。ちょっとこういうの、試してみたかったんだよな。


「せえの――よっ!」

「「おおっ!」」


 ちょっとだけ反動をつけて飛び上がってみれば、オイラの身体は驚くほど軽い。あっという間に近づいた梁には、ご丁寧に取っ手がついている。それに気づいたオイラは取っ手を片手で掴み、そのまま逆上がりの要領で梁の上に着地した。オイラの運動神経すげえ!


「うん、わかった。もういいわ降りてらっしゃい。ハタやんにぴったりの装備を見繕ってあげるわよ〜」

「えっ、そういえばこれ、どうやって降り……あ」


 よくみると石造りの壁の要所要所に、いい具合の突起が見える。思い切って飛び降りて踏み込めば、やっぱりそれは足場で正解だったみたい。オイラは無事に地上へ降りることができた。


「まずブーツはこれね。爪先フリーの方が高所移動が楽よ。あとグローブは指先なしの滑り止め強化されてるのがいいわね。あと防具は軽快さを損ねないもの……よしこれがいいわ。可動域が大きい分、防御力はフルアーマーより劣るから気をつけなさいね」


 そう言いながら、ルディはポンポンとオイラの身体に装備を取り付けていく。っていうかアルパカルディ、めっちゃ手際いいわ。


「得物……ああ、武器のことだけど、何か得意なのはあるの?」

「いや、オイラそういうの全然なくて」


 強いて言えば、飲み会の時に空いた酒瓶をふざけて振り回した程度。武術の心得なんて全くない。オイラが正直にそう答えると、展示品のいくつかをショーケースから出してきた。


「ショートソードにアームシールド。このくらいならあなたの動きを邪魔することはないわね。あとは隠しナイフくらいがせいぜいかしら」

「ああ、こいつはそういう戦闘の方が向いてそうだな」


 同意するナイジェルの前で、これまたポンポンと装備を追加された。ショーウインドに映るオイラは、まるでゲームに出てくる黒豹型獣人シーフのようないでたちだ。


「あとはヘッドギアねえ」

「ああ、頭の防御は重要だからな」


 かぁ……でももう、これ以上はいらないかな。なんたって予算も心配だし。オイラは二人に申し出た。


「頭はいっぱい毛があるから、特にいらないかにゃー」

「……念のため言っておくが、毛は防具じゃないぞ」

「えっ?」


 その後オイラは、二人から勧められる被り物防具を全て断り切った。だって蒸れたら毛根に悪いじゃん?

 オイラせっかく手に入れたこのフサフ……いやモフモフを、二度と手放す気はないんだからな!

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