ほら、いい感じの棒とか拾うと嬉しいじゃない?

 私は『飛行種』ってことで、アリスと一緒にまっぱ街の奥へと進む。彼女が案内してくれたのは、ちょっと珍しい外観の建物だ。四角い建屋に三角定規を載せたような。むかし街道沿いでよく見かけた某スポーツ用品店を連想させるわね。


 看板には『ウイングショプ ベリー』の文字。赤地にデザイン化された白い翼のマーク……ってそれさー!


「――ゲホゲホッ!」

「ん、トモッチ大丈夫?」


 いやあれ絶対ホ◯ダのバイク屋じゃん! どう見てもウイングマークだよ!――とは言えずにむせてしまう。


「い、いやゲホッ、な何でもない大丈ゲフッ!」

「……そう? じゃあ早く入ろう」


 ひとりでむせてる私を不思議そうに見ながら、アリスは先に店内へと入っていった。私は呼吸が落ち着くのを待ってアリスの後を追う。


(あれ、なんか涼しい?)


 店内に入ると、建物の中なのにゆるやかな風が吹いている。ふわりと髪がなびく程度だけど、エアコンのそれとは全く違うわね。なんというか「大気が動いてる」って感じ?


 それにしてもアリスの姿が見えないわ。私がきょろきょろしていると、その声は上から降ってきた。


「トモッチー、こっちこっち!」


 見ればアリスは高い吹き抜けのほぼ天辺、3階の柵に腰掛けて手を降っている。


1階そっちは大きな道具系、2階は防具装備なの。武器系は3階だからはやくこっちにおいでー」


 見れば吹き抜けのど真ん中に小さな螺旋階段がある。でもあそこじゃ翼がひっかかって登りづらそう。そう思ってたらアリスがちょっとからかうように笑った。


「あートモッチさ、そこで翼をひろげてみて。うん、広げるだけでいいから」


 言われたとおりに翼を広げると、ぐん、と抵抗を感じてすぐに身体が浮き上がる。なるほど、この風ってね。

 私はそのまま上昇気流に乗って、一度も羽ばたくことなくアリスのいる3階へたどり着いた。


「すごいねここの空気!」

「だってここは飛行種専門店なんだよ? このくらい当たり前じゃん。んもートモッチったら、あたしがいなきゃ何もできないんだからー」


 そう言いながらにっこにこしてるアリスは、私の手を引いてずんずんと奥へ進んでいく。あれ? これってもしかして、女子の母性本能をくすぐっちゃってる感じ? ……まあいっか。


「ところでトモッチの【つよつよ】って『音楽』で合ってる?」

「えっ、なんで知ってるの? わたし教えたっけ?」

「んー、ふつーにロイドから教えてもらったよ?」


 ちょっとあのトカゲ男、なんで私のスキルを知ってんのよ。全く油断もすきもあったもんじゃないわ。でもまあ武器選びで結局はバレるか。そう思い直して開き直る。


「ふーんそうなんだ。まあ『音楽』で合ってるよ。逆にダメなのは『殴り合い』ね」


 するとなぜかアリスはとても嬉しそうだ。


「そっか。じゃあ殴打系武器はやめておいたほうがいいね」


 うーん、それにしても残念だわ。わたしったらこんなイケメン男子でしかも空飛べるってのに。これで格闘アクションを披露できたら最高じゃないのさ。空から剣を振りかぶって降りてくる救世主イケメンなーんて最高よねっ! ねっ!


「ねえアリス。やっぱり男子たるもの、腕っぷし強くなきゃカッコつかないよねえ?」

「……はぁ?」


 振り向いて私を睨むアリスのこの表情、私、一生忘れられないと思う。なんだろ、ずっとアニメ顔でニコニコしてたのに、急に劇画調に変わっちゃう漫画みたいな。


「トモッチ何言ってるの!? むしろ翼人は美しく優雅であるべきよ!」


 妙に熱のこもったアリスの主張に、私は若干引き気味で後ずさった。それでもずいと顔を近づけて、アリスは力説を続ける。


「汗臭いのとか血みどろの格闘なんてものはね、ガチムチの獣人とか馬鹿力の竜人あたりに任せておけばいいの!」


 なによその具体的なご指名は。それって完全にナイジェルとゆっきーじゃん。


「へ、へえ、そんなもんかね」

「そう! 絶対そう! 翼人はね、安全な高所や後方にいて、バフ・デバフ魔法で援護するのがセオリーよ!」


 そう言いながらアリスは私の手を引いていく。剣やナイフ、槍とか棍棒を素通りしてやっと歩みを止めたそこには、いろいろな楽器が陳列されていた。管楽器、打楽器、弦楽器、あとは見たことのない民族楽器も飾られている。どれも値札付いてないあたりちょっと怖いけど。


「やっぱりイケメン翼人なトモッチなら絶対これよーこれ!」


 ウッキウキのアリスから手渡されたのは膝乗せサイズの竪琴ライアー。これ何製だろ。銀色に輝くしっとりした手触りのボディには、控えめながらも上品な意匠の彫金が施されている。でもこれ本当に金属かしら。まるで木製のような温かみがあってすごく手に馴染む。――いやそれはいいんだけど、もっと大切なことが。


「ねえ私、竪琴なんて弾いたことないんだけど?」

「お客様、よろしければ試奏もできますから、こちらでどうぞ」


 いつの間にか私の背後を取っていたのは、アリスよりも更に背が低い女の子。私の胸くらいしか身長のない彼女は、下向きに垂れ下がるかわいい耳をもっている。そして頭には丸まった角がフワッフワの黒い天然パーマに埋もれて……ってこれきっと羊の人だね!


 頭をもふもふ撫でてあげたい衝動を必死に抑えながら、私は極力丁寧に振る舞う。うん大人。わたしおとな。


「あーでも私、他にも見てみたいものがあるんですけど。いいですかね?」

「もちろんですよ! まとめてお試しできますから、お客様のお気に召したものをこちらにお持ち下さい」


 そう言って羊の店員さんは私が持っている竪琴を引き取ってくれた。


「こちらはお預かりしますね。お客様のお名前をお伺いしても?」

「ありがとう。私はともっちって呼んでください」

「私はメリープと申します。ではごゆっくりどうぞ」


 メリープは笑顔で会釈すると、すぐそばの大きなテーブルへ竪琴を丁寧に置いた。ふむ、そこが試奏場所なのね。


「ねえねえトモッチー、竪琴じゃだめなの? それとも他に演奏できるものあったりするの?」

「今のところ、自分でも何ができるかわからないんだよね。だから色々見てみたくてさ」


 アリスは納得してない様子だけど放っておく。だって翼人に竪琴なんて、ぶっちゃけビジュアル向けじゃない。私はもうちょっとこう、のが欲しいのよね!


「よーっし、どれにしようかなー!」


 私は長い陳列棚の前をゆっくり歩きながら品定めを始めるのでした。

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