チーム勇者との飲み会(後編)

 宴会開始から二時間ほど経過したの。このコースは三時間飲み放題だから、折り返し地点を過ぎたあたりかな。それにしても、宴もたけなわ。みんないい感じに酔いが回ってきてる。


「でねぇ、その助けてあげたお姉さんたちは、僕の大活躍に拍手喝采でさー、『抱いてー!』まで言っちゃってねー」

「その話、もう5回目なんですが……」


 メロンおっぱいなゆっきーが肩を組んでいるのは、げんなりした様子のトカゲ男、ロイド。ゆっきーの肩の鱗を指さして「面積は狭いが厚みのある美しい鱗ですね」なーんて話を振ったが最後。それからずっと隣に陣取られて、同じ話を延々と聞かされてる……ご愁傷さまです(チーン)。

 それにしてもこの二人、同族のわりに酒の強さが違いすぎる。ユッキーはもう呂律すら怪しいのに、最初から焼酎ロックを飲み続けてるロイドはケロっとしてるんだもん。きっとロイドが、相当強いんだろうな。


「ねえねえともっちー、今度一緒に遊び行こうー?」

「あーもう、そんなくっつかないでくれる? 飯が食えん!」

「ともっちのいけずぅー」


 この子アリスったらずっと私にくっついたまま離れない。ベタベタされるのって嫌いなのよ私。片方の翼でシッシッと距離を取りながら、大好物のごぼう唐揚げ(2回目おかわり)を口に放り込む。うん、塩が効いてホックホク! 安定の美味しさだわ~。


「悪いねぇ、ともっちさんよぉ。アリスは飲むといつもこの調子でな」

「ええ? シラフの時もこんなんだったにゃ」


 謝ってる体なのに、メガジョッキを傾けたままアリスを止める様子の無いナイジェルに突っ込んだのは、黒豹ハタやんだ。

 っていうか君たち、なにいつの間にか隣同士で座ってんのよ。もふもふが並んでもふもふ、もふもふで素敵だねえうふふ。あとでお手洗い行くときにでも、後ろからこっそり、二人のしっぽを一緒にちゅるんって触っちゃおう。うんそうしよう。


 そして私の向かいでは、チャラ男ノエルがイッシーの隣に座っている。

 最初はノエルが、イッシーのつよつよスキル『空間移動』について質問し始めたのがきっかけだった。そのうち他のメンツの声がうるさくなったのか、隣に移動してきたのよね。

 でもイッシーの説明に途中からついていけなくなったらしい。そうなの、イッシーはこういう『屁理屈系』が大好物。自身の推測や仮説も交えつつ、空間の歪みについて熱心に語り続けてる。


 ノエルはもう虚ろな目で相槌を打ちつつ、ビールとフライドポテトを交互に口へと放り込み続けるだけの簡単なお仕事中。ふたりともエルフだし、黙って隣同士でいたら、お似合いのカップルみたいなのに。本当に残念だわ。


「――ちょっと俺、トイレ行ってくるっす」


 あ、とうとうノエルが逃げ出したかな? するとすかさず、イッシーが声をかけた。


「おお、それならこれを。さっき行ったときに見たら、もう予備がなかったでござるよ」


 ノエルの頭に突如ポコンと落ちてきたのは、トイレットペーパーだ。うん、今始めて見えたよ。空間がうにゅって歪んだように見えて、そこから突然トイレットペーパーが『発生』してた! 一体どんな能力だよ、絶対チートだろそれ!


「あ、どうもっす」


 いやいやノエル君ね、なに普通にそのままトイレに向かってんのよ。それ、出現のしかたが、明らかに不自然だからね? 意外と物怖じしないタイプなのか、ノエルは何事もなかったかのようにトイレの方に歩いていった。


「イッシー、それってどこから『移動』させたーん?」


 心配そうに突っ込んでいるのは、ハタやんだ。


「知らん! ガハハハ!」

「ガハハじゃないよ! いまこの世のどこかのトイレで、紙がなくて泣いてるやつがいるぞきっと!」

「だいじゃーうぶ! 代わりにちゃんと別の新品を――」


 その時だった。店の奥で「ゴワン!」と派手な音が鳴り、同時に女性の悲鳴らしき声が響く。


「いったーい!!」

「金ダライ!? なんで!? どこから出てきたの!?」


 ……うんわかる。たぶん今みんな、同じこと考えてるよね。


「……わぁお?」

「ピース挟みのポーズで小難しい顔をしてもダメだからね?」


 そう言いながら私はすかさず、イッシーを羽交い締めにした。


「ともっち、やめるでござるよー!」

「うーん、今度ばかりはちょっとまずいにゃぁ。他人様に迷惑を掛けすぎぃ」


 ハタやんは素早くカウンターへ行くと、ウイスキーの新品ボトルを取ってきた。

 イッシーは私の腕から逃げようと一生懸命もがいてるけど、今の私は男の子。エルフ少女の一人くらい、簡単に抑え込めちゃうのよ? それにしても、顔真っ赤にしてジタバタしてんのが可愛くて余計にむかつくわね。中身は56歳のオッさんのくせに。


「うわーん! 離すでござるよー!」


 途端にポコポコと落ちてきたのはトイレットペーパー。それは1つや2つじゃない。もう無数に落ちてきて、他のお客さんたちも騒ぎ始めた。


「まずいよハタやん、急いで!」

「とりあえずさせるかにゃー」

「うん、落としちゃお」


 私がうなずいてみせると、ハタやんは片手でウイスキーボトルの栓を開ける。そのままイッシーの顎をクイと持ち上げて、口にウイスキーボトルを突っ込んだ。

 目を白黒させてるイッシーに、ハタやんは容赦なくウイスキーを注ぎ込み続けてて。そしてイッシーはしっかりごくごく……飲んでるね!


「おーすごいなー。また救急車かー?」


 メロンおっぱいユッキーが、まるで他人事のようにへらへら笑ってる。んもー!


「いいからユッキーはトイレットペーパーそれ全部片付けといて!」

「はいよー」


 ふらりと立ち上がったゆっきーは、そのままバランスを崩して床に膝をついた。その拍子に手をかけていたチーム勇者のテーブルが跳ね上がり、料理の乗った皿がバンと飛ぶ。

 図体でかいだけに、被害もでかい。っていうか、もう足にキテるじゃない!


「あーもう何やってんですか! 焼酎が鼻に入って(ゲホゲホ」

「きゃー! あたしの唐揚げが飛んだー!」


 ユッキーのせいで、チーム勇者のテーブルも大騒ぎだよ。

 気づけばトイレットペーパーの雨は止んでいる。ハタやんが空っぽのボトルを抜けば、口の端からヨダレ垂らして眠るエルフの美少女イッシー


「よっし、スイッチOFFにゃ!」


 満足そうにドヤってるハタやんの背後、垂れ耳うさぎの獣人が、腕組みをしながらこっちを睨んでるのが見えた。ねじり鉢巻きをして、腰には濃紺のエプロン。うん、これお店の人だわ……まずい。


「あんたら、これ以上騒ぐならもう出てってくれ!」

「ごめんなさいー! あ、トイレットペーパーは差し上げますっ!!」


 それからもう私とハタやんは平謝りして、お会計を済ませて撤収! ハタやんの背中にはスピスピ眠るイッシー。そして図体のでっかいユッキーは、ナイジェルに支えてもらってる。本人は「大丈夫大丈夫」って言い張ってるけど、いやもう足元ぐらぐらだからね!?

 結局、チーム勇者のテーブルもだめにしちゃったから、まとめてこっちが支払う羽目になったわよ、まったくもー!


「ともっちさぁ、イッシーとユッキーの『飲酒やめとけ』って……」

「うん、こういう事なのかもしれない……」


 私とハタやんは、揃ってため息を吐くのでした。

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