仕事は選ばないとね

「こちらのお店では、材料の仕入れってどうしてるんです?」


 いつの間にか私の後ろに立っていたゆっきーが、女将さんに声を掛けた。お会計が終わったらしい。


「うちみたいな個人商店はね、飲食店ギルドから購入するのよ。これは昔っから変わらないわね。そして飲食店ギルドは、冒険者ギルドから魔物食材を購入しているの」

「にゃるほどー。それでオイラ達に『強い冒険者』になって欲しいってことかー」


 お、いつの間にかハタやんも戻ってきてるね。


「だからうちでは、MAOu系列チェーン店のようにお安くは出来ないのよ、ごめんなさいね。でもその代わり、味には自信があるわ。――肉も魚も、全部美味しかったでしょ?」

「うんそりゃあもう!……って、あれ? じゃあさっき食べたのって、もしかして……」


 女将さんは嬉しそうに頷いた。


「ええそうよ。天然の魔猪シシン肉カツにレバー揚げ、あと魔魚数種のミックスフライに、魔鶏ケッコの唐揚げ。どれもうちの名物料理なの!」


 女将さんは胸を張ってドヤ顔だけど、あれって全部魔物の肉だったんだ。いや、確かに味はよかったし、何ならお腹が痛くなるような事もない。いやむしろ体力がかなり回復している気すらする。


 それでもこう、なんというか……をする時間が欲しかったわね。



***



 色々教えてくれた女将さんにお礼を言って、私たちは店を出た。

 そっか、魔物肉かー。冒険者ギルドでのお仕事って、要するに魔物ハンター的なやつかしら? 私の脳内では今、焚き火の上でハンドルをぐるぐる回しながら『上手に焼けました~♪』っていう例の曲が、エンドレスに流れてる。


 思わず鼻歌が出そうになったけど、一瞬ためらったのはみんなの雰囲気のせい。そろって冒険者ギルド方面へと歩いているけど、私以外は妙に静かだ。


(たぶん最後のだろうなあ……)


 そう思った私は、あえて明るく声をかける。


「えっとさ、あれ全部だったなんて、意外だったね。でもすごく美味しかったわー」


ねえ……」

「オイラ、あの唐揚げが魔物だなんて全然わからなかったし。なんなら今まで食べた中で、一番旨いとか思ったし……」


 あれ? ゆっきーの顔色がちょっと悪い。それにハタやんも複雑な表情だ。


「カレーは俺氏好みのスパイシーさ。そしてあのとんかつは絶品だったでござるよ~」


 ふむ。目を瞑って味覚の反芻をしているあたり、イッシーは魔物肉への抵抗は薄いみたい。


「私、魔物の内臓レバーなんて食べてたのねー、なんだか笑っちゃうわー」

「ともっちはそういうの平気なん?」


 心配そうに尋ねるハタやんに、私はケラケラ笑って答えた。


「うんほら私、田舎育ちだし全然平気だよ。なんなら地元では、自分でイナゴ獲って料理してたくらいで「やめろー無理ーー!!」――えっ?」


 全力でツッコんできたのは、なんとゆっきーだった。ちょっと膨らんだ両頬と、わずかに潤むオッドアイ。あれだけ大きな身体が、なんか少しだけ小さくなってる気がする。それにしても、メロンおっぱい付けてそんな可愛い顔したら、そこらへんの男が放っておかないわよ? まあ中身は61歳のオジイだけどね。


「もしかしてゆっきー、苦手だったの?」

「それは知らなかったにゃー。それよりツッコミで先を越されるとか、オイラ!」

「ハタやん、俺氏の真似するなー!」


 げんなりしたままの、ビキニアーマーなユッキー。そのナイスバディの周囲では、イッシーがハタやんを追いかけ回してる。

 それは一見、可憐な美少女エルフとモフモフセクシーな黒い女豹が、追いかけっこしながらキャッキャウフフしてる絵面。

 だけど私の脳内には、56歳と47歳のおっさん二人がキャッキャウフフしてて……うん却下。いま何か、すごく嫌なものが見えた気がする。

 

 私は思いっきり頭を横に振ってから、あえて話題を変えた。


「冒険者ギルドで、どんな仕事を提示されるか知らないけどさ。女将さんの話からして、魔物食材のハンティングがあるのは間違いなさそうよね。もしそういう依頼があったら……ゆっきーはどうする?」

「ハンティングねえ……たぶん、やっつけるだけなら問題ないと思うよ。ただは、別の誰かにお任せしたいなぁ」

「ああ、解体とか捌いたりする方かー」


 そうね、こういうのって苦手な人はやる必要ないと思う。なんでもそうだけど、仕事には適材適所ってのがあるのよ。向いてない仕事を選択したせいで全方位が不幸になるパターンは、今までの人生で嫌というほど見てきたもん。


「うんわかった。それは条件に必ず入れるようにしようね」


 するといつの間にか追いかけっこを終えていたハタやんが、小さく手を挙げた。


「便乗みたいで申し訳ないけどさ。オイラもはちょっと遠慮したいなぁ……」

「はいはい、了解ですよー」


 するとイッシーが元気よく手を挙げ、声も高々に宣言する。


「俺氏、グロなら大丈夫でござる!」

「おっ! それならYou、解体とか挑戦しちゃう?」

「いや、それは無理」

「ええー、即答かよ!」


 一本指をチッチっと横に振る、その仕草がなんか腹たつわ。


「俺氏グロは平気だけど、そもそも解体技術がない」

「それって、ドヤ顔で胸はって言うことですかぁ〜?」

 

 ちょっとイラッとしたんで、そのぷにぷにのほっぺたを摘んで横に引っ張ってやる。


「ともっひ〜、ひたいひたい〜」


 イッシーはひどい顔のまま抗議してるけど、それでも可愛いってずるいよね。おばちゃんはなんだか悔しくなったので、しばらくそのままムニムニと引っ張り続けてやったのでした。

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