翼人の少年と謎のボール

 イッシーのぷにぷにほっぺをひととおり堪能したあと、私たちは冒険者ギルドに向かって歩き始めていた。


「ともっちー、まだちょっと痛いでござるよぉ」

「しーらないっ」


 恨めしげに私を見るイッシーのほっぺたは、ほんのり赤い。でもそれがまた可愛いのよね、中身はおっさんだけど。


 ぶつぶつ文句を言ってるイッシーにあかんべーした私は、さっと過ぎ去る大きな影に気がついて空を見上げた。

 上には雨風よけの立派なアーケードが、商店街の終わりの方までずっと続いている。陽光を取り込むための天窓部分には青空が透けていて、日差しが通りを柔らかく照らしている。


 その天窓の向こう側に、空を飛ぶ一人の翼人が見えた。大きな白い翼を広げていて、髪は空と同じ明るい青色。顔は見えないけれど、それは大きなカゴを持っているせいだ。ゆりかごのようなそれは、子供一人くらい楽に入りそうな大きさで。


(ふーん……)


 『思い立ったが吉日』『いいなと思ったらすぐやってみる』……これって私のポリシーなの。それにあの翼人ひとの持っているカゴ。今はあれが妙に気になって仕方ない。一体、何を運んでいるんだろう?


 ――うん、そうね。いまこそ自分のスキル、『直感』を信じる時じゃないだろうか。


「ごめん、みんなちょっと先行ってて。すぐ戻るから」


 全部言い終わる前に地面を蹴って、両翼で風を掴む。するとまるで体重なんか無いみたいに、身体がふわりと浮いた……すっごい!


「うっふふぅー!」


 思わず歓喜が声に出ちゃう。スキル『飛行』って、ほんとに最高ね! 下からみんなの声が聞こえた気がするけど、何言ってるかまではわかんない。私は振り返らず、そのまま屋根の無い横道へと入った。


 そこから建物の隙間を一気に上へ抜ければ、目の前に大空が広がる。存分に伸ばした翼で風に乗れば、みるみる速度は上がってく。速度を上げれば風圧も上がるけど、翼で空気を切り裂く感覚がすっごく気持ちいい。

 ――その昔、バイクに乗っていた若い頃を思い出すわ。


 ふと見れば、前方にはさっき見かけた翼人の……うん、あれは男の子。腕の筋肉を見ればすぐわかる。大きなカゴをぶら下げて飛ぶ青髪の少年に追いついた私は、少し後方の下側から声をかけた。


「こんにちは! ねえ何やって「うわぁっ!!」――!?」


 突然現れた私に驚いたのか、翼人の少年は空中で姿勢を崩し、その手に持つカゴが大きく傾いた。


「……っと! 驚かせてごめんっ」


 傾いたカゴを下から支えつつ、被せてある布の隙間からこぼれ落ちたボールのようなものをとっさに掴んだ。ふふっ、ナイスキャッチ。これでも私、昔からキャッチボールは得意だったのよ。


 すると少年はその髪色と同じ、明るい空色の瞳をまんまるにして叫んだ。


「ああそれっ!? バカッ! なに素手で触ってんだよ!!」

「へっ?」


 私はいきなりバカ呼ばわりされた事よりも、少年の剣幕の方に驚いた。

 私の左手に乗るそれは、だいたいソフトボールくらいの大きさ。ひんやり、そして妙にしっとりしてて、ちょっと力を入れるとムニムニ癖になりそうな弾力感。

 ふさふさした見た目で、一瞬『阿寒湖のマリモ』を連想する。でもマリモと違うのは、赤黒い中に濃い紫が交じるかなりエグい色ってこと……これは一体??


「それ、早くカゴに戻して! ギルドですぐ治療するから! あ、その手で顔とか触っちゃ絶対ダメだからな!!――ほら早く!」


 少年は私の右手首を乱暴につかんだ。あーやっぱり男の子だわ、結構握力あるね。彼は私に有無を言わせず、かなりのスピードで急降下していく。そんな中、風切り音にまぎれて不安げな呟きが聞こえた。


「ああまずい……ちゃんに……怒られる……」

「えっ?」

「――何でもないよ! いいから黙って付いてきて!」

「あっはい」


 少し苛立った様子の少年に、私は何も言い返せない。そうね、驚かせちゃったのは私だし。ほんとにごめんなさいね。


 それにしても、私が掴んだあのは何だったんだろう? よくわからないまま手を引かれているけど、この少年は私を冒険者ギルドに連れて行って治療させようとしてるみたいだ。……となると、きっとあれは身体に悪いものに違いない。


 私は変なボールを握った手――少年に掴まれていない左手をそっとひろげた。そこに見えたのは、掌全体にべったり広がる蛍光色。青緑色に光るそれは皮膚にこびりつき、微かにフルフルと動いている。その気色悪さに生理的嫌悪感をおぼえた私は、思わず大きな声を上げてしまった。


「何これキモっ!!!」


 その瞬間だった。私の左手から青白い閃光が発せられて、視界が青く染まる。


(――あれこの光、なんかヤバくない? ……あっ)


 その時私の脳内には、デーモン・コアにマイナスドライバーを突っ込む有名なネコの絵面が浮かんでいた……。

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