大きい会社は、つおい
私達は食事を終えて、順番にお会計中。
一番最初にそれを済ませた私は、天井近くに設置された大きなテレビを何気なく見ていた。
ふむふむ。『畜産業界の魔物被害とその対策』かぁ……って、わりと真面目なニュースね。
そして次の瞬間。アナウンサーの言葉に私は驚いた。
『本来、魔物は畜産業の天敵です。しかし最近、食用の魔物を飼育することによって、売上を伸ばす農家が各地で急増しています』
えっすごい。家畜みたいに魔物を飼育するの? ってことは、それほど美味しいってことよね? ちょっとこわいけど、一度食べてみたい気もするわ。
画面が切り替わると、作業着姿の中年男女がにこやかに笑んでいる。字幕によれば、畜産農家のご夫婦らしい。
彼らの背後にある牧場には、真っ黒いイノシシのような生き物が何匹も見える。よく見ればその脚は六本あり、体高は前に立つおじさんの胸くらいはあるだろうか。
そんなのが鉄柵の向こう側に十匹以上いて、真っ赤な目を爛々と光らせながら走っている。そのドスドスという足音は、テレビ越しにも迫力が伝わってくるほどだ。
リポーターにマイクを向けられたご主人が、笑顔で話し始めた。
『いやあ、うちは代々、豚を作ってたんですがね。育ちきるのを待ってたかのように、いつも魔物に襲われて食われちまう。実際の損失はもちろんだけど、対策費用もかさんで大変だったんですよ』
ご主人がそう言うと、奥様がうんうんと頷いて続ける。
「でも魔物なら、万一別の魔物に襲われても、自力で対抗するからねえ。少なくとも『無抵抗で全滅』ということにはならないでしょ。その上基準以上に大きく育てば、その分単価を上乗せして必ず買い取ってくれるっていうんだからさ。願ったりかなったりですよ」
『本当に画期的なアイデアだと思います。我が家では魔王様々ですよーハッハッハッ!』
いやー、ご夫婦揃ってニッコニコだね!――ってちょっと待って。人が飼育した魔物を買い取る
すると画面が、片手にメモを持つリポーターに切り替わった。
『広報コメントによると、魔王は今後も畜産方面への投資を引き続き拡大・継続する方針との事です。それに伴い全国の畜産農家では、通常家畜から魔物養殖へと切り替える動きが大きくなっており――』
「――あなた、もしかして新しい冒険者かい?」
カウンターの向こうから声を掛けてきたのは、さっき座敷に案内してくれたダックスフンド型獣人のおばさんだ。黒いつぶらな瞳が、じっと私を見つめている。
「あっはい。わ……僕たち、これから初めて冒険者ギルドにいくんですよ」
「やっぱりそうかい。強い冒険者が増えたら私達もすごく助かるからねえ。身体に気をつけて頑張るんだよ」
ん? 『私達も助かる』ってどういう意味だろう。もしかしてこんな街中にまで、魔物が出現したりするのだろうか?
「魔王って、魔物を増やすでござるか?」
「そうだわね。お嬢ちゃんはまだ小さいから、わからなくても仕方ないわねえ」
お会計を終えてやってきたイッシーの問いに、女将さんはころころ笑ってる。いやそれ中身はおっさんですよ? それでも女将さんは、まるでイッシーに読み聞かせをするように話し始めた。
「お嬢ちゃんたちは、『
「……」
揃って首を横に振る私たちを見て、女将さんは大層驚いていた。それでもイッシーがその名について教えを請うと、笑顔で説明してくれる。この女将さん、きっと子供好きなんだね。すごく優しいもん。
「『MAOuコンツェルン』――それはこの国、いや世界で最大の財閥の名前なの」
女将さん曰く、この世界でMAOuと一度も関わらずに生きて行くのは不可能。それはいつしか『ゆりかごから葬式まで』などと揶揄されているほどだという。――それどっかで聞いた事があるフレーズだと思ったけど、まあ気にしない。
なんでもそのMAOuコンツェルンは、三年ほど前から魔物食材の畜産業化に力を入れ始めたのだそうだ。
「
食材になる魔物の生態については、まだまだ未知の部分が多い。そんな中MAOuコンツェルンは、潤沢な資金を使って研究を推し進めているという。しかし養殖技術を確立するには程遠く、いまだに手探りな部分がほとんどらしい。
現時点では
「MAOuコンツェルン傘下の大型飲食店やチェーン店には、養殖モノを仕入れる優先権があるの。養殖モノはどれもすごく安いから、味にこだわらない人達はそっちにばかり行ってしまうのよ。でもねえ、うちみたいな小さな食堂は仕入れさせてもらえないから……」
なるほど。MAOuコンツェルン傘下の会社に単価負けして、客を根こそぎ取られている状況ってことなのね。それは個人商店としては辛いだろう。
まったく、どこの世界も個人飲食店は立場が弱い。その世知辛さに、私は思わず小さなため息を吐いた。
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