ふすまに耳有り イケメンに目が無し

『しっ……!』


 ナイジェルの警告に、全員咀嚼を止めて耳を澄ます。すると隣室から聞こえてきたのは、複数の聞き覚えある声だ。

 私がそれを認識するのとほぼ同時に、ナイジェルがアリスを捕まえてその口を塞いだ。


むぐむぐむぐぐトモッチのこえっ……!?』


 が、アリスにも聞こえたらしい。即座にふすまを蹴破らんばかりの勢いで隣室へ突入しようとするアリスを、ナイジェルは間一髪で止めたのだ。


 私はふすまに触れないですむ、限界ぎりぎりの所まで耳を寄せる。


(やはりこれは……!)


 先ほど就労斡旋ギルドで別れたばかりの、翼人トモッチとその仲間らの会話が聞こえてきた。なんと彼らは偶然にも同じ店に入り、隣の座敷にいるらしい。耳を澄まして聞いていると、自分たちのスキルについて、かなりあけっぴろげな会話をしているようだ。


 ……これは情報を得るチャンスだ!


『んー! んー!!!』

『うるさいアリス、ちょっと黙れ!』


 一番耳の良いナイジェルは、隣室に踏み込もうとするアリスを抑え込むので手一杯。よって戦力にならない。

 あちらに気づかれてしまっては元も子もないので、ふすまに直接耳を付けることは避けたい。しかし他の客の話し声もあり、彼らの会話をすべて聴きとるのはかなり困難だ。それでも私は、聞こえる限りの内容をメモしていく。


 その結果、メンバーの名前や翼人トモッチのスキルが聞こえた。彼の【つよつよ】は『音楽』、【そこそこ】が『飛行』らしい。

 ――まあ翼人らしい一般的なスキルではある。翼人は飛行はもちろんだが、音楽を創り奏でる事に長けた者が多い種族だから。


 あと、他のメンバーの【やめとけ】については『飲酒』や『説教』があるようだ。――下戸が多いのだろうか? しかし残念ながら、トモッチ以外の【つよつよ】は一つも聞こえなかった……。



「お嬢ぉー、お隣も食事中っすよ? そんな所に突然奇声を上げて飛び込んだりしたら、どんな美女でも普通に嫌われるっすよ」

『むううっ!』


 私が聞こえた内容をメモしていると、ノエルがアリスへ説教……いやを始めていた。ナイジェルの太い腕の中で、アリスはまだ悪あがきしている。このままではナイジェルが拘束を解除した途端、隣室へ突撃してしまいかねない。


「あの人たち、この時間ここに来てるってことは、たぶんこの後冒険者ギルドに来てくれるっすよ? それなのに今ここでわざわざ嫌われるような事をするのは……ハッキリ言ってのやる事っす」


 ノエルがを発すると、それまでさんざん暴れていたアリスの動きが止まった。

 ――そう、彼女は『愚か者扱い』されるのが一番苦手なのだ。しかしアリスは、その理由を教えてくれない。ノエル曰く、『過去に何かあったのかもっすねえ」との事だ。


 ちなみにノエルは、アリスとの付き合いがこのメンバーの中で一番長い。何なら一見いい雰囲気に見えるので一度だけ尋ねてみたことがあるが、男女としての付き合いは一度たりとも無いという。


 それでも元黒服であるノエルは彼女に限らず、女性の扱いが一番上手い。アリスは『ノエルとはだから仕方なく一緒にいるんだ』と言い張ってはいたが……。


「……手ぇ離すけど、大人しく飯食えるな?」

『うう……』


 ナイジェルがそっと手を離すと、アリスは大変わかりやすくしょぼくれている。


「イケメンなトモッチぃ……すぐそこにいるのにぃ……」


 そう呟きながらも大人しく焼肉を箸でつまみ始めるアリスを見て、皆もほっとした様子で食事を再開する。彼女はとにかく衝動的な行動が多くて、一番危なっかしい。決してバカではないのだが、自分の欲求に正直すぎるきらいがある。

 まあおそらくこれは、サキュバスの血が関係しているのだろう。


(それにしても……)


 私は考えていた。もしかしたらトモッチは、他にも何かを持っているのかもしれない。だとしたら……。


「それをうまく利用すれば、もしかして……」

「ロイド、何ブツブツ言ってんだ?」


 ――おっと。私としたことが。思考が思わず口に出てしまっていたらしい。


「いや、何でもないですよ。あっほら、もうすぐギルドあっちの昼休憩も終わります。午後イチは混みますから早めに入りたいですね。――あまり時間がないですから。早く食べてしまいましょう」


「よっしゃ。おばちゃーん! 俺、フルーツ杏仁と焼きプリンで!」

「あー、ナイジェルばっかりずるい! あたしもフルーツ杏仁一つ!」

「じゃあおいらは、マンゴープリンでよろしくっす!」


 ……だからお前ら! 時間が無いって言った側から、追加でデザート頼んでるんじゃねえよ!!

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