白虎とにらめっこ
ガチムチ白虎に吊るされたまま、犬耳のおっさんは縋るような声で情けなく乞う。耳は伏せ、ボサボサのしっぽはお尻にぴったりくっついて……うん、めっちゃビビってるね。
「ナ……ナイジェルか。なあー見逃してくれよおー」
「俺に吊るされるのはこれで何度目だ? ああいうやり方は気に食わねえって、何度も言ったはずだが……」
グルルと低く唸る白虎の口の端からは、鋭い犬歯が覗いている。……すっごい迫力だわ。
「わ、わかった、もうしない! しないから降ろしてくれよ!」
「――性懲りもなくまだやるつもりなら、絶対に俺から見えない場所でやれ。……次はねえぞ?」
サイラスと呼ばれた犬耳のおっさんは、かなり雑に床へ放り出された。周囲の職員たちは胸を撫で下ろし、おばさまたちは小さく拍手をしている。
立ち上がって周囲を見たサイラスは、アウェイな雰囲気に少しだけバツが悪そう。でも持ち前の図太さ? 図々しさ?? で、すぐに立ち直ったみたいだ。
「――てめえ、覚えてろよ!」
――うん、私としっかり目が合ったね。チンピラ退散時のお約束の一言を投げつけて、サイラスは足早に去っていく。
っていうか、そんな念を入れなくても大丈夫よ。こんな見事な
おっさんを見送ったあと、私はガチムチ白虎に改めて頭を下げた。こういう時はしっかりはっきり、ちゃんとお礼を言えないとね。
「えっとナイジェルさん、でしたっけ。助けて頂いてありがとうございます」
改めて見ればこの白虎獣人、捲りあげられた作業着の袖口から見える腕は、見事な白い毛並み。顔も完全に虎顔で、こめかみから顎下まで短いけど立派なたてがみで覆われてる。がっちりした体躯に分厚い胸板で、見るからにしっかりと鍛え上げられている。
濃い琥珀色にぎらりと輝く瞳の
「俺が気に入らないからやったまでだ、気にすんな。アイツはいつもここで、ちょっと目立つ新人をイビってやがるんだ。……兄ちゃん怪我は無いか? 急に横入りして悪かっ――」
「――ええーっ!? ねえナイジェルぅ! そのイケメン誰っ、誰っ!? ナイジェルのお友達っ!?!?」
甲高い声と同時に白虎獣人の背後から飛び出してきたのは、赤髪ツインテールの女性だった。歳は二十代くらいだろうか。深い翠色の瞳を輝かせて私を見つめている。ちょっとキツめな顔立ちと、男好きしそうな厚めの唇が目を惹く。
彼女の身長は、男子になった私より少し小さい位。ナイジェルとお揃いっぽい、上下とも厚手の生地で仕立てられた作業着を着ているけど、その身体の豊満さが隠しきれていない。
気になるのは細い腰から生えている黒いコウモリのような翼。そしてお尻からは黒い矢印のような尻尾がふわふわと揺れている。――この世界には、悪魔系の種族もいるのかしら?
そんなことを考えていると彼女は遠慮する様子もなく、私の左腕にぎゅっと抱きついてきた。
「あたしアリスっていうの! ねえ、あなた名前は? どこから来たのっ?」
立派なおっぱいをぐいぐいと腕に押し付けつつ、私を上目遣いで見つめるその瞳にはハートマーク……ってすごいなこれ。アニメの演出でしか見たことないハートマークが、本当に瞳に映ってる。っていうかこの演出って、確か
「ここにいるって事は、仕事探してるんだよね? ねえあたし達と一緒に冒け――(むぐぅ」
嫌な予感とその勢いにたじろいでいると、彼女の口が白いふさふさの大きな手で塞がれた。作業着の首根っこを捕まえて、彼女を無理やり私から引き剥がしたのは白虎のナイジェルだ。
「すいませんね。こいつ男……いや、イケメンに目がなくて」
「あっはい。いや、光栄……かな?」
当たり前だけど女の子に抱きつかれるとかイケメン認定とか、そういうの慣れてないから。なんて返したらいいかわかんないのよね。
なんとなーく気まずい空気が流れる中、向こうからゆっきー達が戻ってくるのが見えた。黒豹ハタやんと目が合うと、その金色の瞳がギラッと光った気がする。その途端、驚くほどの素早さで駆けてきて、私とナイジェルの間に割り込んだ。
「――君たち何~? 誰ぇ~? うちの看板む……息子に何してくれてんのかにゃぁ~?」
ハタやんの口調と目付き、そして語尾までが、完全に敵に対する猫になってる。いや豹だけど。長くて黒い尻尾が、ゆらゆらと好戦的に動いてて。
ああそうか。私が彼らに因縁つけられてるように見えたのかもしれないね。なんせ白虎のナイジェルは、体格差はもちろんだけど、私より頭二つ分は大きいから。
そしていつの間にか、
「……離れてろ」
白虎のナイジェルはそう言うと抱き上げていたアリスを床に降ろし、じっと黒豹ハタやんを睨んでいる。
やだーどうしよう、これって一触即発じゃん。しかも
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