ショクアンで絡まれた

「お邪魔しまぁす……」


 スキル確認ブースに入ってみると、そこは墨色の壁に囲まれた薄暗い空間だった。簡易テーブルが据え付けてあって、その片隅にはメモ用紙とコードで繋がれたボールペンが置いてある。


(『メモの際にご利用下さい』か……自動で紙に出力されたりはしないのね)


 個々のスキルは大切な個人情報だとキツネ美女が言っていた。確認した本人がメモで残すというのはアナログではあるけど、確かに一番安全なのかもしれない。


 それにしても一体どうすれば鑑定結果を見られるんだろう? カードを差し込む場所でもあるのだろうか? キョロキョロしていると、急にブース内の照明が落ちた。すると握ったままのカードからじんわりとした熱を感じる。


 見れば指の間から淡い光が漏れていて、手を広げるとカードから白い光が立ち上がった。宙にふわりと現れたのは、四角い紙のような画面、それはいわゆるゲームのステータス画面のようである。


 これって一体、どんな仕組みなんだろう。なんだか『異世界感』があるよなあ。……まあそれは置いといて。早速画面を覗き込む。


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名前:テオバルト・オッペンハイマー

レベル:48

【つよつよ】音楽

【そこそこ】飛行・浄化魔法

【おまけ】直感・モテ

【やめとけ】殴り合い

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 えっ、これがスキル鑑定機の? もうちょっとこうゲームっぽい? 数値いっぱい?? 的なのを期待してたんだけど、これまた随分アバウトな。

 でもしかたない。今のところ情報はこれしかないので、ぱっぱとメモを取る。


(――あ! もしかして、どっか押したら別画面が出てくるとか?)


 そうそう、脱出ゲームとかでも隠しボタンってあるじゃない? そう思って手を伸ばしてみたけど、私の指は虚しく画面を突き抜けて宙を突いた。


 思った以上に少ない情報量にがっかりしつつブースを出ると、目の前には先程の待合スペースが広がっている。受付前に大きく掲げられた電光掲示板には、面談待ち人数に『24』と表示されていて、結構な混雑ぶりである。


 そんな中私はずらりと並ぶ席の一番後、その隅っこに腰掛けた。そこは皆との待ち合わせ場所に決めておいたんだけど、他の三人はまだ来てないみたい。


 私は改めてメモを眺めた。『テオバルト』ねえ……普段の呼び名はテオってところかな。あとレベル48って、これまんま年齢じゃんよ、なんかやだぁ。


 それにしてもこの鑑定結果って『就労のための向き不向き』って意味のはずで。それなのにって一体何よ? これじゃあまりにアバウトすぎて、何したらいいのかさっぱりわからない。


 でも【そこそこ】に『飛行』があるね! ちょっと後で飛行にチャレンジしてみよう。あと浄化魔法?……やだ魔法ですってよ!! すっごい嬉しい!! っていうか異世界来たなーって感じ!!

 しかしながら、何をどうできるのか、これだけじゃさっぱりわからない。誰かこういうの詳しい人いないかなぁ……。


 あと殴り合いは【やめとけ】かぁ。まあ無理もない。せっかく美少年になったのはいいけど、なんせ中身が私じゃあねえ。自慢じゃないけど、武道の類は全くの未経験だ。



 メモを眺めながらウンウン唸っていると、隣に誰かが座る気配がした。他の席も空いてるのに、わざわざ隣? 不審に思ってその姿を見れば、頭にケモミミが付いてる……おっさんだ。


 顔は人間のおっさんだけど、頭には犬のような耳がある。椅子の端から見えるのはボサボサの尻尾。いかにもやる気のなさそうな表情は、この場所によく似合ってる。見た目は50歳前後だろうか。疲れに澱んだその黒い目は、まるで私を値踏みするように上から下までジロジロと見ている。


 そしてこいつ、タバコ臭い! 安い紙タバコの匂いが、シワシワの作業着に染み込んでるんだわこれ。あーむりこういうの。ちょっとあまり近寄らないで欲しいんだけど!


「いよう、色男な翼人さんよぉ。今日はべっぴんさんら連れて職探しかい?」


 酒やけしたようなダミ声のあと、周囲にいる同じような風体の男たち数人が冷やかしの口笛を鳴らす。翼人って私だけど、? ってああ、私か。そういや今私、美少年だったのよね。それに『べっぴんさんら連れて』って事は、ゆっきー達と一緒にいる時から見てたんだろう。


「――ああ、そうなんだ。僕らはこういう所は初めてでね」


 意識して男らしく応えつつにっこり微笑んでみせれば、周囲のおばさま達がほぅと溜息をつきながら熱い視線を送ってくる。それを見た犬耳のおっさんは実に面白くなさそうな……いや、あからさまに苛ついた表情を見せた。


「ケッ。そんなナヨナヨしてるんじゃ、ろくな仕事に就けねえぞ」

「そうですかね。同じく職探しに来ている貴方にそう言われても全然響きませんけど」

「俺が職探ししてるって? ははっ! そう見えるか?」


 あ、そうか。もしかしてどっかの会社の総務か人事あたりの人なのかも。職じゃなくて人探ししてるのかな。いやぁ、人は見かけによらないからね。これは少しマズったかな?


 とにかく面倒ごとは御免だ。黙って席を立とうとしたその瞬間、おっさんはずいと私に近づいて、鼻と鼻がくっつきそうな程に顔を寄せてきた。


「俺はなあ、お前みたいなチャラついた連中を引っ叩くためだけにここ来てんだよぉ!」

「……っ!」


 おっさんは突然、私の胸ぐらを掴んだ。他人にこんなことされるなんて、生まれて初めてだわ。怖くはないけど、すっごいムカつく。

 それと同時に、周囲のおばさま方が悲鳴を上げた。一般客がオロオロと見守る中、職員の『やめてください!』って声だけが虚しく響いてる。


 さっきの鑑定では、殴り合いは【やめとけ】だった。でもこの状況では、そうもいってられなそうだ。バカ犬こいつに話し合いなんて選択肢は無いだろう。面倒ごとは避けたいけど、三人が戻ってくる前になんとかこいつを片付けて……。


 すると急におっさんの腕から力が抜けて、首元が楽になった。


「うぐっ……」


 見れば私の胸ぐらを掴んでいたおっさんは、まるで子犬のように首根っこを掴まれて宙に浮いている。私はまだ首元にかかっている手を払い除け、大きく二歩下がった。


「サイラス。またに絡んでるのか? その悪趣味なはやめろって、前にも言ったはずだよな?」


 グルルと低く唸りながら警告するのは、見上げるほど大きな白虎型の獣人。犬耳おっさんの首根っこは、白虎の太い腕によって吊るされていた。

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