第45話 言えないよね?

「協力に感謝する。

聖女の尊い犠牲のおかげで誰も死なずに済んだ」


「真面目な顔して言うな!

あんなことをしておいて……」


 聖女が文句を言おうとして言葉に詰まる。


「あんなこととは?」


「だから、私の……」


 そこで周囲を見て、聖女はその事をこの場では口に出来ないと悟った。


「誰にも知られずに済んで良かったじゃないか」


「この鬼畜!」


「うわーん、ケイン!

恐かったのです」


 安全だと確認し、タマが俺に抱き着いて来た。

俺をケインと呼ぶのは初めてかもしれない。

それほど怖かったということか。

俺は左手で触れないように気を付けてタマを抱き返した。

左手はどうしてだって? それは言うまでもないだろう。


「大丈夫だ。

悪者はこのお姉ちゃんがやっつけてくれたぞ」


 俺が手を出していたらアレスティン侯爵クズどもを殺していた。

そうなると上位貴族殺しで面倒なことになっていただろう。

だが、アレスティン侯爵クズジェイコブバカ息子を殴ったのは聖女だ。

俺は危害を加えていないので、完全な被害者の立場になるのだ。


「ありがとなのです」


「くっ!」


 無垢な子供の笑顔攻撃に聖女がよろける。

そして、自分がやらかしてしまったことに気付いた。


「大丈夫だ。

こいつらが悪いことは俺が証言してやろう」


「元はといえば、あなたが……」


「それは言えないよな?」


「うわーん、天罰が下れば良いんだ!」


 聖女の貞操の秘密は俺が守ろう。


 ◇


 勇者パーティー実力考査がハーフオークの暴走で中止になった。

だが、その目的は充分に達成することが出来た。

ジェイコブパーティーが不正により勝とうとしていた事実が発覚したからだ。

さらに、聖女を盾にして逃げるジェイコブの無様な姿が多数の貴族に目撃されていた。

あれで勇者になろうだなんて不可能だった。

ジェイコブは貴族として恥を晒し、もう社交界に顔を出すことも出来ないだろう。


 ハーフオーク暴走の責任を俺に取らせようという動きもアレスティン侯爵クズの取り巻き貴族からあったが、クレアたち誘拐の事実が露見し、逆にアレスティン侯爵クズの関与を問われることとなった。

捕まった実行犯の所属先が侯爵家であり、アレスティン侯爵クズ当人の失言を聞いていた者もおり、言い逃れは不可能だった。


 この誘拐の事実により、聖女によるアレスティン侯爵クズジェイコブバカ息子の殴打は正義の鉄槌と評価されることになった。

アレスティン侯爵クズと癒着している教会も、さすがに聖女は追求出来なかった。

俺も聖女を過剰に称えてやった。


 こうしてアレスティン侯爵クズは責任を取らされ伯爵に降爵された。

ジェイコブの勇者候補も抹消だ。

2人の命が助かったのは、この事件で1人も死者が出なかったからだそうだ。

俺がハーフオークを倒してしまったおかげだった。

そして、俺のブチ切れの機先を制してアレスティン侯爵クズジェイコブバカ息子を殴打した聖女のおかげだった。

俺が手を出していたならば、逆に面倒なことになっていた。

あのまま殺さなくて本当に良かった。


「シュタイナー伯、そなたが勇者として立つ気はないか?」


 王様が冗談を吐く。

こんな欠陥のある勇者などいるものか。


「申し訳ありませんが、私には無理です。

魔王討伐はそんなに甘くはないのです。

私の弱点は早々に看破され、魔力タンクから殺されて行くでしょう。

そうなれば私は無力です」


「そうであったな。

惜しい、実に惜しいものよ」


 王様が本気ともとれる発言をするが、俺はそれをスルーしておいた。



 王城から降る城内の道すがら、豪華なドレスの見覚えのある女性がいた。

俺を待ち伏せしていたのかもというのは買い被りだろうか。

王族との会話は向こうから話しかけられてからというのがマナーだ。

サラーナ姫は一言も発しない。


 俺は会釈しつつその脇を通り抜ける。


わたくしからは見えていたわよ?」


 俺が横を通る瞬間、サラーナ姫が一言発した。

それは聖女にやらかしたことを見たと言っているのだと、俺は確信し冷や汗をかくことになった。

何を要求されるかわかったものではないぞ。

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