第43話 ハーフオーク暴走2

 俺が間に入ると、ジェイコブが後ろの貴賓席の方に逃げた。

ハーフオークの血走った目にロックオンされてビビったのだろう。

ハーフオークが、そのジェイコブを追いかける。

俺は聖女を護るために飛び出したので、その動きに対応出来ない。

いや、する気がない。


「馬鹿! こっちに来るな!」


 貴賓席で慌てている上級貴族は、ジェイコブの父親――アレスティン侯爵だった。

貴賓席には貴族固有のブースがあり、ジェイコブは父親に助けてもらおうとそこに向かったのだ。

その前には伯爵家のブースがあるが、そこもアレスティン侯爵派閥で固められている。


 貴賓席がパニック状態になるのは、あっと言う間だった。

だが、さすがに王家の対応は早かった。

近衛騎士が前に出て王族を逃がしている。

エイベル公爵も王家筋なので一緒だ。

あそこは大丈夫だろう。

近衛騎士は王族の退避を護衛するため、そのまま下がって行く。


「ええい、早く魔物をどうにかしろ!」


 そう叫んだのはアレスティン侯爵だった。

しかも、俺に向かって言っている。


「だから、誰かさんのせいで、テイムする魔力が無いんだよ!

余計なことをしやがって!

死にたくなかったら早くクレアたちを解放しろよ!」


 俺がそう言うと、アレスティン侯爵の目つきが変わった。

別の重大事に気付いたという姑息な目だ。


「まさか、こんな千載一遇の機会が転がり込んで来るとはな。

魔力が無い貴様など虫けら同然、ここで息子の仇を取らせてもらおうか」


「こんな時に、何を馬鹿なことを!

それに他の貴族が見ているぞ!」


「我が派閥の者たちの証言でどうとでもなるわ!

貴様は、魔物討伐の巻き添えで死ぬのだ」


 どうやらアレスティン侯爵は、ハーフオークの対応よりも俺を殺すチャンスだと思ったらしい。


「なんという不埒なことを!」


 そう叫んだのは聖女だった。

自分を盾にしたジェイコブに呆れていたところに、更にその父親のクズ発言だ。

教会からのごり押しでジェイコブパーティに居たが、良くは思っていなかったのだろう。


「そんな不正、私が許しません!」


「ふん、お前の代わりなどいくらでも居る。

一緒に死ぬが良い」


 聖女に証言されるとマズイと判断したのだろう。

既に口から出た台詞は覆らない。

アレスティン侯爵は、悪事の台詞を聞いてしまった聖女にも見切りを付けた。

なんというクズ。


 だが、アレスティン侯爵クズの政治力は侮れない。

俺達が殺されてしまえば、白を黒にしてしまう力があった。


「そんな暇があるのか?」


 だが、アレスティン侯爵クズは忘れていることがあった。

バカ息子ジェイコブが連れて来た怒れるハーフオークの存在だ。

どうやらハーフオークは、ジェイコブに兄弟の血の臭いを嗅ぎ、復讐のためにバーサークしたようだ。

それはオーガの血によるもの。

いまやオークよりもオーガ寄りの力が発揮されていた。


 そのため、ターゲットはバカ息子ジェイコブだけ。

聖女も護衛たちも、ジェイコブの前に居たから攻撃されただけだったのだ。


 ジェイコブが父親の元へと逃げる。

それをハーフオークが追う。

立ち塞がる侯爵家の私兵は尽くハーフオークにやられる。


「ふん、いい気味だ」


 俺はその様を、襲って来る私兵を捌きながら傍観していた。


「よろしいのですか?

魔物のテイムに失敗し暴走させたあげく、上位貴族が亡くなったら、あなた様が責任を取らされるのでは?」


 嫌な事を言う。

そもそもクレアたちが誘拐されたから起きた事件だ。

その誘拐した犯人一味が責任を負うべき事案だろう。

だが、ここまで現場が荒れてしまうと、クレアたちの誘拐にアレスティン侯爵クズが関与していた証拠が残っているのだろうか?

クレアたちが無事に戻ったとしても、確固たる証拠が無ければ、この暴走事件は俺のせいにされかねないか。


「しかし、俺には魔力が無い。

どうにもできないだろ」


「あれだけの剣の腕があって?」


 いや、それは見なかったことにして欲しいところだ。

勇者候補よりも剣の腕が立つとか、あってはならないのだ。


「そんな剣の腕などない」


「え? でもあれは……」


「そんな剣の腕などない!」


「わかりました。

だけど、侯爵を助けないと困りそうですよ?」


 聖女が指差した先にはクレアたち3人がいた。

どうやらアレスティン侯爵クズは彼女たちを盾にする気のようだ。

そこで、俺はある光景を目にした。

俺の中で怒りの炎が燃え盛る。


「タマを泣かしやがったな?」


 俺の目に映ったのは怯えて涙を流すタマの姿だった。

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