第27話 マダムに頼む
俺の衣装はこの際どうでも良い。
そもそも勇者パーティーとして謁見した時は、このローブ姿だったのだ。
これが正装と言っても過言ではない。
問題はクレアだった。
いくら残念さんでも、2年落ちのドレスを着せて恥をかかせるわけにはいかない。
「気乗りはしないが、マダムに頼むか」
マダムとは、俺が勇者パーティーの一員だった頃にパーティー専属で装備他の手入れをしてくれた衣料管理士だった。
あの事件後、王都で服飾店を開き成功していると聞いていた。
俺は公爵家の執事に馬車の手配を頼んだ。
クレアにはとりあえず急ぎなので古いドレスを何着か持たせている。
一から作るよりも古いドレスに手を入れた方が時間的にマシだろうからだ。
さすが公爵令嬢、デザインが古いとはいえ材質は極上なのだ。
「マダム・ミレーネの店まで頼む」
「え? マダム・ミレーネの店ですか?」
御者を買って出た執事が変な反応を示す。
マダム、何かやって評判を落としたのか?
「ああ、そうだ」
俺はそれでも頼れる者がマダムしかいないので、馬車をマダムの店に向かわせた。
◇
店に着くと、執事が先触れとして店に入って行った。
すると店内から図太いマダムの声が聞こえて来た。
「だから、公爵家といえども予約の無い客はお断りよ!」
どうやら執事とマダムが揉めているらしい。
俺は馬車を降りるとクレアを従えて店内に入った。
そこには困り顔の執事と、久しぶりに会ったマダムが怒り顔で仁王立ちしていた。
身長2mのマッチョ体形にドレスを着込んだその姿、相変わらず優美。
その服飾センスの良さは筋肉美を誇る剣闘士でさえ淑女にするだろう。
「相変わらずだなマダム」
俺が声をかけると、マダムがこちらにグリっと顔を向けた。
その慌て様が可笑しい。
「あら、ケインちゃんじゃないの?
どうしたのって、まさか公爵家の客ってケインちゃんなの?」
「ああ、そうだ。
正確には嫁のクレアだが」
「嫁?」
マダムの声が低くなる。
そしてクレアを上から下まで舐め回すように見定めた。
それは小姑チェックに匹敵する厳しいものだった。
「ケインちゃんは、公爵家の令嬢と結婚したというわけね。
ふーん、面白そうな娘じゃない。
まあ、合格ってところかしら」
冒険者衣装のままのクレアは、確かに普通の令嬢ではなかった。
それが公爵家の令嬢なのだから異常さが解るというもの。
「マダムのお眼鏡に適って良かったよ」
これならば、話を通し易い。
クレアが嫌われたら、そこで終わりだったからな。
「実は急ぎでドレスを仕立ててもらいたいんだが?
明日、王様に呼ばれていてな」
そう俺が言うとマダムは急に真面目な顔になった。
仕事モードに入ったらしい。
そこらへんがマダムの優秀なところだ。
「ケインちゃん、ドレスの制作にどれだけ時間がかかるか知ってる?」
いつのまにか、予約が無いから門前払いということではなくなっている。
「ああ、そのために古いドレスを持って来た。
2年落ちぐらいらしい」
俺がそう言うと執事がクレアのドレスを目の前に引き出す。
「ケインちゃん、あんた私が今、どれだけ人気か……。
良いわ、やってあげる。
マダム・ミレーネに急ぎでリフォームさせるなんて、ケインちゃんだけなんだからね?」
マダムは怒りながら嬉しそうな顔をして作業を始めた。
助かる。
「さすが公爵家ね。
材質は極上、そこは問題ないわ。
だけど、何このデザイン!
古い、古臭いわ!
ここをああして、ここを切って、マリちゃん、アレ持って来て」
「はい!」
マリちゃんと呼ばれたアシスタントがレース飾りを持って来た。
「アレ」でわかるんだ……。
「だめね。これじゃ見劣りするし誤魔化せないわ」
さすがのマダムでも無理か。
そうだ、昔採取した素材があったな。
「マダム、これを使ってくれ」
「ちょっと、シャインシルクじゃないの!
ああ、こっちは虹輝石!
翡翠蝶の羽まであるじゃないの!
使えるわ」
俺が差し出したレア素材でマダムの作業が進む。
「ちょっと、あんた帰って」
試着室で仮縫いを合わせていた女性がマダムに追い出された。
「そんな、私の予約は?」
「後で埋め合わせするわ! 今日は帰って!」
マダムの剣幕に女性は着がえもせずに仮縫いのまま馬車に乗り込んだ。
本当に申し訳ない。
完全に俺たちのとばっちりだった。
そして、クレアが試着室に連れて行かれ、ドレスを着せられて戻って来た。
「こんなんでどう?」
そのドレスは素晴らしかった。
「完璧だ」
「仮縫いだから、そんなわけないわよ!
明日までに本縫いしとくから明日の朝に取りに来て」
「悪いな、急に」
「もう、ケインちゃんだから特別なんだからね♡」
マダム、相変わらず綺麗だな。
その笑顔、心臓が高鳴るほど魅力的だ。
いかんいかん、俺が落とされかけるなんて……マダム、恐ろしい
だから気乗りしなかったんだよな。
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