第9話 入浴施設

 タマは数日で元気になった。

元々体調が悪かったのは魔力過剰症によるものに加え、劣悪な環境で感染症にかかっていたからだ。

魔力過剰症に感染症が治れば、後は体力を回復出来れば健康には問題がなかった。


 元気になったタマを見て、俺はふと大事なことを忘れていたことに気付いた。

ずっとベッドで寝ていたこともあって、タマの服が下着レベルの薄布1枚だけだと思い至らなかったのだ。

靴も履いていない。

これでは旅に連れ出すなど以ての外だ。


「タマ、新しい服と靴を買いに行くぞ」


「あい。嬉しいのです」


 俺たちはそのまま洋品店と靴屋に向かった。



 旅の間の着替えも必要なので、服や下着を複数買う。

靴も予備も含めて買っておこう。


「これもお願いしまーす」


 なぜかクレアがタマの服の山の横に自分の服を置く。


「別会計で」


 俺は店の主人に別であることを強調する。


「ぐぬぬ」


 なんで残念さんは自分も買ってもらえると思ったのだろうか?

意味不明だ。


「ありがとうなのです」


「そうだ、今から着ていったらよいぞ」


 会計が終わり、タマにワンピースを着るように促す。

だが、タマは新しい服を着ることを躊躇っている。


「どうした?」


 俺が訊ねるとタマは言いにくそうにしている。


「遠慮なく言ってみろ」


 少し逡巡してからタマが口を開く。


「タマは身体が汚れているので、新しい服を汚してしまうのです」


「ん? クリーンをかけているから大丈夫だろ?」


 それに療養中も何回か濡れタオルで身体を拭いたはずだ。

残念さんが。


 ん? まさか残念さんが手抜きをしたのか?


「気持ちの問題じゃなの?

女の子にとって新しい服は特別なんだからね」


 なんだ、おまえのミスじゃなかったのか。

なるほど、それが女の子の矜持ってことか。


「宿にはお風呂がなかったけど、この規模の街ならば入浴施設があるはず」


「そうか、それじゃクレアがタマを風呂に入れてやってくれ」


「任せて!」


 街の中を探すと入浴施設があった。

『湯屋』と書いてある。

俺たちは入口で料金を徴収している湯屋の主人に近寄る。

すると主人は嫌そうな顔をして俺たちに怒鳴りつけて来た。


「駄目だ駄目だ、獣人は大浴場には入れねーよ」


 この国にはまだ獣人差別があったのか?

いや、この街が古い仕来りに縛られているのか。


「毛が他のお客さんについちまうんですわ」


 なるほど、他のお客が嫌がるってことか。

差別じゃないなら、他の例えば個室風呂ならば問題なかろう。


「獣人が使っても良い個室風呂はないのか?」


「特別料金がかかりますぜ?」


「問題ない」


 俺は主人が示した個室使用料を支払った。


「まいど。おい、ご案内しろ」


 主人が薄布1枚の女性を呼んで指示を出す。

薄布は塗れていろいろと透けてしまっている。

どうやらそういう用途の個室に案内されるらしい。


「では、こちらをお使いください。

特別コースをお求めの場合は、そこの呼び鈴を鳴らしてくださいね♡」


 湯屋の女性は俺に色目を使うとしっかり営業してから去って行った。


「ご主人様と入るのです♪」


 あ、ついつい一緒に来てしまった。

案内された脱衣所で、タマは1枚っきりの薄い服をスパーンと脱いでしまっていた。

下着もつけていないので、それで脱衣が完了なのだ。


 もう見えてしまったからにはしょうがない。

俺が洗ってやるとするか。

俺も服を脱ぐと風呂へと向かう。


 タマを石鹸で洗い、綺麗にしてやる。

13歳のはずだが、魔力過剰症のせいか成長が遅れていて10歳ぐらいに見える。

おかげで幼い妹を洗ってやっているような感覚で済んでいる。


「よし、これで良いぞ。入るか」


「あい♪」


 俺はタマと一緒に湯舟に入った。

確かにこういった湯に入る風呂もたまには良いものだ。


「嬉しいのです。タマは水浴びしかしたことがないのです」


「おお、街に寄った時はこれからはいつでも入れてやるからな」


 タマは俺の庇護欲をかきたてるほど愛らしかった。

いや、ロリコンじゃないんだからね?

そうやってくつろいでいると、脱衣所の方から声がした。


「さあ、タマちゃん。私が洗ってあげるからね♪」


 そして入口の暖簾を潜ってすっぽんぽんのクレアが入って来た。

え? 俺が入ったの見てなかったの?

しかも、遅い、遅いよ。

どうやら残念さんは装備していた軽鎧を脱ぐのに手間取って、俺が入ったことに気付いていなかったようだ。


 俺とクレアの目が合う。

まずい。事件になってしまう。

俺は平静を装ってクレアに声をかける。


「何をしている。さっさと入れ」


「あ、はい」


 乗り切ったー!!!

一緒に入るのが当たり前と思わせる手が上手くいった。

クレアは俺に裸身を晒していることに顔を赤くしてモジモジしていたが、素直に身体を洗い、風呂に入って来た。


「失礼します」


「かまわん」


 よし、すこぶる自然な流れだ。

だが、クレアの顔が先程以上に赤くなり頭から湯気が出始めた。

そして、唐突に叫び声を上げた。


「もうお嫁に行けなーい!!!」


 貴族じゃあるまいし、裸ぐらいで何を言っているのだろうか?

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